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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第一章 孤独な戦域
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第三話:ノイズの奔流


六畳間の再構築は、思った以上に時間を要した。

数年分の怠惰が積み重なった部屋は、ちょっとやそっとの片付けではどうにもならず、結局、( さく)は丸一日をその作業に費やすことになった。ようやく最低限の「工房」兼「司令室」としての機能が整ったのは、翌日の昼過ぎだった。

肉体的な疲労感はあるものの、どこか清々しい気分でもある。それは、明確な目的を持って体を動かしたことによる、健全な疲労だった。


一息つき、( さく)は新設した情報収集用の大型モニターの前に座った。

昨日から今日にかけて、世界はどれほど変わったのか。

テレビのニュースチャンネルをザッピングし、主要なネットニュース、そしていくつかの匿名掲示板を同時に表示させる。


画面に映し出されるのは、まさに「混乱」の一言だった。


『――本日未明、首都圏XX地区にて、再び謎の生命体、通称「ラビット」とみられる怪異が多数出現。現在、自衛隊および警察が対処にあたっていますが、依然として混乱は続いており……』


アナウンサーが緊張した面持ちで原稿を読み上げる。背景には、黒煙を上げる市街地と、装甲車や警察車両が慌ただしく動き回る映像が流れている。

自衛隊員や警官たちは、小銃や拳銃で応戦している。その銃弾は、確かに何体かの「ラビット」を仕留めているようだが、その俊敏な動きと数の多さに翻弄され、苦戦を強いられているのが見て取れた。単独の個体はそれほど強靭ではないものの、群れで襲いかかってくるため、対処が追いつかないのだ。


『各国政府、緊急声明を相次いで発表。国際的な連携による情報収集と対策を……』

『UN安保理、緊急招集されるも、具体的な対策打ち出せず……』


国際ニュースも、同様の混乱を伝えている。

アメリカ、ヨーロッパ、アジア……程度の差こそあれ、世界中で同時多発的に「ラビット」が出現し、各国がその対応に追われているようだ。軍隊や警察が出動し、一部の都市では戒厳令に近い状況になっている場所もあるらしい。

しかし、そのどれもが後手後手に回っている印象は否めない。未知の脅威に対し、既存の組織やシステムが有効に機能していないのは明らかだった。銃器がある程度通用するとはいえ、ラビットの出現パターンや集団戦術が巧妙化しつつあり、従来の戦術では対応しきれなくなってきているのだろう。


ネット上の情報は、さらに混沌としていた。

公式発表の合間を縫って、信憑性の定からない目撃情報、恐怖を煽るデマ、陰謀論、そして、どこか他人事のような野次馬的なコメントが、滝のように流れ続けている。


『おい、△△市の自衛隊、結構頑張ってるじゃん。でも、ラビットの群れに囲まれてヤバそうだったぞ』

『これ、もう普通の武器じゃジリ貧だろ……やっぱり能力者頼みか?』

『能力者でも、一人で突っ込んでるのは無謀だよな。やっぱり数だよ兄貴!って感じで、チーム組んでるところは結構ラビット押し返してるっぽいぞ』

『政府は何やってんだ!早く能力者をまとめて、ちゃんと指揮しろよ!集団で動けばもっとやれるはずだ!』


政府や自衛隊、警察の対応の遅れや不手際を批判する声は大きい。

確かに、映像を見る限り、現場は相当な混乱状態にあるようだ。指示系統も曖昧で、各部隊が場当たり的な対応に終始しているように見える。市民の避難誘導もスムーズに行われておらず、二次被害も多発しているという情報もある。


朔は、そうした情報を淡々と眺めながら、時折、自分の住む地域のローカルニュースや掲示板もチェックした。

幸い、この数時間、朔のマンション周辺では大きな動きはないようだ。

しかし、いつまた「あれ」が現れるか分からない。


(……結局、どこもかしこも、行き当たりばったりだな)


大国も、国際機関も、そして自国の政府や軍隊も、この未曾有の事態に有効な手立てを打てずにいる。

それはある意味、予想通りではあった。

朔にとって、大人や組織というものは、元々あまり信頼に足るものではなかったからだ。


そんな中、いくつかの情報が朔の目に留まった。

それは、各地で活動する「能力者」たちの断片的な情報だ。

ある者は驚異的な身体能力を発揮し、素手で数匹のラビットを打ち倒している。ある者は弓を巧みに操り、遠距離からラビットの急所を射抜いている。

そして、特に目立っているのは、剣や斧、手作りの盾といった武具を手に、数人で連携して戦っているグループだった。彼らは互いに声を掛け合い、役割分担をして、効率的にラビットの群れを捌いているように見える。単独で行動している能力者よりも、明らかに戦果を上げている印象だ。

ネット上でも、「やはり集団の力は偉大」「ソロプレイヤーは限界がある」といった意見が多く見られる。

朔の持つライフルやスーツほど洗練された装備を持つ者は依然として見当たらないが、それは彼女の特異な素養と、あの「システム」からの集中的なパワー供給の賜物なのだろう、と朔は推測した。他の能力者たちは、まだ手探りで自分の力を理解し、身近なものを武器にしたり、あるいは単純な身体能力の向上に留まっていたりするのかもしれない。そして、その限られた力を最大限に活かすために、自然と集団で連携する道を選んでいるのだろう。


彼らは、メディアによって「現代の戦士団」と持ち上げられたり、その組織力の重要性を説かれたりしていた。


そして、それらの情報に混じって、こんな書き込みもあった。


『うちの近所の剣道場、なんか門下生たちが道着姿で竹刀とか木刀持って、見事な連携でラビットの群れを追い払ってたぞ!あれはもう立派な自警団だ!』

『なんか、新興宗教とかが「これは終末の始まり!我らこそ選ばれし者!」とか言って、信者集めて武装化し、組織的に怪異と戦い始めたらしいぞ。ちょっと怖いけど、強いのは確かみたいだ』


(……なるほど。集団で動く方が有利、か)


朔は、その情報を特に意外だとは思わなかった。

それが今のところの「常識」なのだろう。

自分のような単独行動者は、異端か、あるいは単にまだ見つかっていないだけ。

それでいい。その方が動きやすい。


朔は、モニターに映る無数の情報――ノイズの奔流――を、冷めた目で見つめていた。

誰もが手探りで、誰もがパニック寸前。

そんな中で、自分はどう動くべきか。


いや、そもそも「動くべき」なのだろうか。

この六畳間で、ただ息を潜めていれば、嵐が過ぎ去るのを待てるかもしれない。

だが、あの「システム」は、それを許さないだろうという予感もあった。


朔は、そっと自分の手のひらを見た。

まだ、あのライフルの冷たい感触と、トリガーを引いた瞬間の衝撃が、微かに残っているような気がした。


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