第一話:神の庭園(エデン)と創造の狂宴
「サイレント・ジェネシス」から数ヶ月、そしてルナ・ドミニオンによる「亜」の残渣掃討一次フェーズが完了してから、地球は未曾有の平穏を享受していた。
人々は、ルナ・ドミニオンが提供した「基盤」の上で、懸命に、そして創造的に新しい生活を築き始めていた。
しかし、その全てを「神域」と化した六畳間から見守る月詠朔――ルナ・ドミニオンは、既に次の「お遊び」へと意識を向けていた。
(……ふふん。まあ、地球のお掃除は、とりあえず一次完了ってとこかしらね。あとは、システムに任せておけば、小さな『アビス・スポア』の残党は、適当に処理してくれるでしょ。どうせ、まだ『シェイド・ワープ』みたいな小賢しい真似は、完璧には使えないだろうし)
ルナ・ドミニオンの脳裏には、ルナナンバー348を失った悔しさと怒りが、まだ冷めやらぬ炎として燻っていた。だが、その感情は、彼女を衝動的に動かすだけでなく、より緻密で、より大規模な「創造」への原動力へと昇華されていた。
彼女は、自身の「神域」に深く引きこもり、銀河系全域の「システム」ネットワークから取り寄せた膨大な情報を解析していた。特に、彼女の興味を引いたのは、「システム」が過去に「経験値・レベルアップシステム」を導入し、生命の多様な進化を促してきたという、数々の「ファンタジー要素の強い星」のデータだった。
(……なるほどね。この『ドラゴニア・クロニクル』って星の生態系は、かなり良くできてるわね。特に、魔物たちの『レベル』と『ドロップアイテム』のバランスが絶妙だわ。これを地球向けにアレンジすれば、もっと面白くなるかもしれない。人間たちも、ただ平和なだけじゃ退屈しちゃうでしょ? 特に、あの力が有り余ってる『勇者さん』たちは)
ルナ・ドミニオンの口元に、いつもの「にひひっ」という笑みが浮かんだ。
彼女は、地球上の広大な「空白地」――かつて「亜」の侵攻によって荒廃し、放棄された領域――を利用した、壮大な「箱庭計画」の最終設計に取り掛かっていた。
それは、地球の安定化と、そして人類の「活性化」を目的とした、壮大な「神の庭園」。
そして、その実態は、彼女自身の「創造」の喜びと、「退屈」の解消を満たすための、最高に刺激的な「ゲーム」だった。
「――『システム』。これより、地球の『ファンタジーゾーン』の最終設計を開始する。必要なリソースは、例の『亜』のエネルギー供給装置から、最大限に抽出して。あと、以前検討していた『ポーション』や『エリクサー』の基礎構造データも、地球の生態系に合わせて最適化しておいて。そう、まるで、そこに自然に存在するかのようにね」
ルナ・ドミニオンの言葉は、簡潔だが、有無を言わせぬ絶対性を持っていた。
『…了解しました、ルナ・ドミニオン。指示された全リソースを転送。ただし、この計画は、対象領域のエネルギー収支に、極めて大きな変動をもたらす可能性があります。観測データに基づく予測では、一部地域における『非自然な生物の出現』、及び、『特殊な空間歪み』の発生が…』
「はいはい、分かってるわよ。それは織り込み済み。むしろ、その『歪み』が、人間たちに『冒険』という名の『刺激』を与えるんでしょ? 安全地帯でぬくぬくしてるだけじゃ、つまらないからね。それに、そこから得られる資源は、今後の人類の発展に不可欠なものになるし」
ルナ・ドミニオンは、システムの忠告を意にも介さず、次々と指示を出す。
彼女の意識空間には、地球のホログラムが展開され、その空白地に、新たな生態系が、まるで絵を描くように配置されていく。
荒涼とした大地には、不気味な色彩の植物が芽吹き、暗い森には、ルナがデザインした多種多様なモンスターたちが創造されていく。
初期の雑魚モンスター、特定のダンジョンのボス、そして、特定の環境下でしか発生しないユニークな「ディープ・エコー」(亜神)の片鱗を持つ強敵たち。
彼女は、モンスターのレベル、能力、ドロップアイテム、そして繁殖パターンまで、全てを緻密に設計していく。
それは、彼女の「創造」の喜びが爆発している瞬間だった。
(……ああ、そうだ。この辺りの山脈には、ぜひ『黃龍』の小型版でも置いておこうかしら。ちょうど、あの『ドラゴニア・クロニクル』のデータが手元にあるしね。もちろん、地球環境に合わせて、少しだけ調整するけど。ごく稀に、特別な『宝物』をドロップする隠し要素も…にひひっ)
(そして、『ポーション』や『エリクサー』…ただ薬草として生えてるだけじゃ、面白くないわね。特定の場所にしか生えないレアな素材や、それを組み合わせて生成する錬金術の『理論』も、こっそり散りばめておけば、頭のいい人間たちが、勝手に解明してくれるでしょ。そうすれば、医療の発展にも貢献できるし、一石二鳥よね)
彼女の指先が、空間をなぞるたびに、高次元のエネルギーが凝縮され、物理次元の地球に新たな法則と生命が吹き込まれていく。
それは、まさに神の創造。
だが、その創造の根底にあるのは、深遠な慈愛ではなく、ただひたすらに、「退屈」を憎み、「効率」を愛し、「創造」の快楽に溺れる、孤独な神の「遊び」だった。
そして、その「遊び」の結果として、地球の未来は、全く予測不能な方向へと舵を切ろうとしていた。