表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第五章 銀河の図書館と変化する主従
85/101

第九話:星々の夜明けと囁かれる救世主(メシア)の名


宇宙の片隅、かつて豊かな緑と水に恵まれていた惑星「エルピス」。

しかし、数世代前に「侵食因子(コードネーム:亜)」の巨大なアビス・スポア(深淵の胞子)が地殻深くに根を張って以来、この星はゆっくりと、しかし確実にその輝きを失っていった。

大地は枯れ、水は濁り、空は常に「亜」が放出する不吉なオーラで薄暗く覆われている。

そして、地表には「亜」が生み出す凶暴な怪異が闊歩し、エルピスの民は、地下深くに築いた小さな隠れ里で、息を潜めるようにして生き長らえていた。

彼らにとって、希望という言葉は、もはや遠い昔の伝説の中にしか存在しないものだった。


「…また、地鳴りがひどくなってきたな…『胞子スポア』の奴め、さらに活動を活発化させているのか…」

隠れ里の長老であるエルドは、天井からパラパラと落ちてくる土塊を見上げ、深いため息をついた。

もう、この隠れ里も限界が近い。食料も水も底を尽きかけており、若い者たちの瞳からは、日に日に生気が失われていく。

「長老…もう、我々には…」

傍らにいた若い女性、リシアが、力なく呟いた。彼女の腕には、栄養失調で痩せ細った幼い弟が、ぐったりと抱かれている。


その時、だった。

これまで経験したことのないような、巨大な振動が、隠れ里全体を襲った。

それは、単なる地鳴りではない。まるで、星そのものが断末魔の叫びを上げているかのような、凄まじいエネルギーの激突音。

ズゥゥン…! ゴゥゥン…!

人々は、身を寄せ合い、ただ恐怖に震えるしかなかった。

「…ああ、ついに、この星も終わりなのか…」

エルドは、静かに目を閉じた。


だが、数時間後。

予想された世界の終末は訪れず、代わりに、信じられないほどの静寂が、隠れ里を包み込んだ。

そして、それまで隠れ里の入り口を固く閉ざしていた岩盤の隙間から、見たこともないほど明るく、そして温かい光が差し込んできたのだ。


「…長老! 外が…外が、大変なことに…!」

見張りの若者が、興奮した様子で駆け込んできた。

エルドは、リシアに支えられながら、おそるおそる地上へと続くトンネルを登っていった。

そして、彼らが目にした光景は――。


空を覆っていた不吉な暗紫色のオーラは完全に消え去り、代わりに、どこまでも澄み渡った青空が広がっている。

そして、その空からは、キラキラと輝く黄金色の光の粒子が、まるで雪のように舞い降り、枯れた大地を優しく照らしていた。

大地からは、ありえないほどの速さで、緑の新芽が力強く芽吹き始めている。

そして何よりも、あれほど地上を闊歩していた凶暴な怪異たちの姿が、一体も見当たらないのだ。

まるで、悪夢から覚めたかのような、信じられないほどの変貌。


「……これは…一体…?」

エルドは、言葉を失い、ただその光景を見つめていた。

リシアの腕の中で、それまでぐったりとしていた幼い弟が、かすかに目を開け、その黄金色の光に手を伸ばそうとしている。その頬には、ほんのりと血の気が戻っているように見えた。


その時、隠れ里の片隅に置かれていた、古びた通信機(それは、もはや何の役にも立たないと思われていた、先祖代々受け継がれてきた遺物だった)が、静かに起動し、そして、一つの短いメッセージを、ホログラムとして投影した。

それは、彼らの知らない言語で書かれていたが、その内容は、なぜか彼らの心に直接、理解できる形で流れ込んできた。


『――恒星系Ω-774、第三惑星エルピスにおける、侵食因子「亜」のエネルギー吸収ユニット(アビス・スポア)、活動停止を確認。当該宙域の脅威レベル、大幅に低下。惑星環境、再生フェーズへ移行。これは、「システム」による観測結果であり、そして、地球の神、ルナ・ドミニオンの分身体ルナ・エコーの介入による結果である――』


「…地球の神…ルナ・ドミニオンの…ルナ・エコー…?」

エルドは、その言葉を反芻した。

誰かが、この星を救ってくれた。それも、遠い地球という星の神の、その力の一端が。

それは、神か、あるいは、星々を渡る伝説の救世主メシアか。


その名は、今、確かにエルピスの民に知らされた。

彼らは、空から舞い降りる黄金色の光の中に、確かにその「ルナ・エコー」の、そしてその本体である「ルナ・ドミニオン」の存在を感じていた。

それは、圧倒的な力と、そして、計り知れないほどの慈悲。

彼らは、自然と大地に膝をつき、天に向かって、深い感謝の祈りを捧げ始めた。

長い、長い冬が終わり、ようやく訪れた春の陽光のように、その黄金色の光は、エルピスの民の心に、新たな希望の種を植え付けていた。


そして、このような「奇跡」は、銀河の各地で、同時多発的に起きていた。

「亜」の支配に苦しんでいた、名もなき星々の、名もなき人々。

彼らは皆、それぞれの場所で、それぞれの形で、この「星々の夜明け」を体験し、そして、その救済をもたらした、ルナ・ドミニオンとそのルナ・エコーたちの存在を、畏敬の念と共に、心に刻み始めていた。

その「神」が、地球という辺境の星で、つい最近まで引きこもっていた一人の少女だとは、夢にも思わずに。

宇宙の歴史は、今、大きな転換点を迎えようとしていた。そして、その中心には、いつも月詠朔がいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ