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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第六章 ルナ・サクヤの箱庭(ホシ)

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第五話:銀河の眼と深淵の逃走


テラ・ルクス――ルナ・サクヤが創造した、銀河の深淵に輝く新たな恒星は、彼女に文字通り無限のエネルギーをもたらした。

もう、エネルギーの心配など微塵もない。それは、彼女が「ディープ・エコー」への「弔い合戦」を、効率的かつ徹底的に行うための、揺るぎない基盤となった。

(……これで、エネルギーの心配はなくなった。さあ、次は、あの憎き「ディープ・エコー」…そして、その周辺にたむろしているだろう「アビス・スポア」達を、徹底的に叩き潰す番ね)

ルナ・サクヤは、自身の「神域」で、テラ・ルクスから流れ込む膨大なエネルギーを眺めてたたずんでいた。その唇には、微かな、しかし確かな愉悦の笑みが浮かんでいる。純粋なエネルギーの奔流が彼女の存在そのものを満たし、全能感をさらに増幅させていた。


(くふふっ。ふふふっ。ふー...)


静かに笑い声を漏らして、この先のことに思いを巡らせた。彼女の心は、冷徹な計算と、熱い復讐心がないまぜになった、特異な高揚感に満たされていた。


彼女の次なる焦点は、「システム」のさらなる強化だった。

「システム」は、これまでもルナ・サクヤの最高の「インターフェイス」として機能し、銀河の情報を集め、彼女の演算補助を行ってきた。しかし、その観測能力にはまだ限界があった。特に、「ディープ・エコー」のような巧妙な隠密行動や、異次元を渡る「シェイド・ワープ」を駆使する存在の追跡には、さらなる強化が必要だったのだ。


「――『システム』。これより、あなたのメインコアに、テラ・ルクスから直接エネルギーを供給する。それを使って、あなたの観測・解析能力、そして情報ネットワークの範囲を、最大限に拡張しなさい。特に、あの『ディープ・エコー』の小賢しい動きを完全に捉えられるように、全リソースを注ぎ込みなさい」

ルナ・サクヤの言葉は、かつての無茶振りとは違い、より明確な「指示」となっていた。その声には、揺るぎない自信と、獲物を追い詰める狩人のような冷酷さが滲んでいた。

『…了解しました、ルナ・サクヤ。提案されたエネルギー供給は、当システムの演算効率を飛躍的に向上させ、これまで到達不可能だった観測領域へのアクセスを可能にします。高次元空間における微細なエネルギー変動、因果律の歪み、あらゆる隠蔽工作の痕跡を露見させるための、新たなアルゴリズム構築に着手します』

「システム」の応答は、以前よりもどこか高揚しているようにすら感じられた。彼らもまた、その「存在意義」である「宇宙の調和」を維持するために、自らの能力の限界を超えたいと願っていたのかもしれない。あるいは、創造主たるルナ・サクヤの期待に応えることへの純粋な喜びか。

テラ・ルクスから放射される純粋なエネルギーが、光の奔流となって「システム」のメインコアへと流入していく。それは、まるで神話の鍛冶場のように、宇宙的規模の装置が新たな力を得る瞬間だった。

その瞬間、宇宙を覆う「システム」のネットワークは、まるで巨大な神経網が覚醒したかのように、眩いばかりの光を放ち始めた。銀河の隅々まで張り巡らされたセンサー網が活性化し、これまでノイズに埋もれていた微弱な信号が、意味のある情報として浮かび上がる。

観測範囲は、銀河系とその周辺宙域を遥かに超え、遠く離れた星々の微細なエネルギーの揺らぎ、時空のさざなみ、果ては異次元の境界線に発生する干渉パターンまでをも捉えることができるようになった。

「システム」の「銀河の眼」は、今や、宇宙の深淵に潜む、いかなる秘密をも見透かすかのような、全能の視力を手に入れたのだ。それは、もはや単なる観測装置ではなく、宇宙の真理の一端を覗き見る窓と言っても過言ではなかった。


そして、その強化された「銀河の眼」が、最初に捉えたのは、かつてルナ・エコーたちを打ち破った「ディープ・エコー」の、銀河系内での隠密な動きだった。彼らは、銀河の外縁部に近い、デブリと小惑星が密集する暗黒星雲の深奥に潜んでいた。微弱なエネルギー反応を断続的に放ちながら、まるで深海の生物のように、ゆっくりと、しかし確実に移動を続けている。


『……対象:ディープ・エコー及び「アビス・スポア」の群れの正確な位置を特定。高次元探査網、完全にロックオン。移動パターンを解析…これは…彼らは複数の小集団に分散し、それぞれが高度なステルス技術と短距離シェイド・ワープを駆使し、相互に連携を取りながら、何かを探っているかのような動きを見せています。欺瞞情報の発信源も複数確認。巧妙です…しかし、もはや我々の目からは逃れられません』

「システム」の管制AIの声が、驚きと、そして確信に満ちたものに変わる。ディープ・エコーたちが展開する多層的な隠蔽フィールド、量子的な揺らぎを利用した位置情報の曖昧化、それら全てが、「システム」の新たな解析能力の前には、薄紙のように剥ぎ取られていく。


ルナ・サクヤの圧倒的なエネルギーと、「システム」の強化された観測能力の前では、「ディープ・エコー」の小賢しい「シェイド・ワープ」も、もはや通用しない。その動きは、まるでガラス越しに見るかのように、丸裸にされていた。彼らが放つ微細なエネルギーの軌跡、ワープアウトする際の時空の歪み、仲間同士で交わされると思しき亜空間通信の微弱な波紋までもが、リアルタイムでルナ・サクヤの眼前に投影される。

(……ふふん。ようやく尻尾を出したわね、ディープ・エコー。これで、お前の隠れ蓑も、小賢しい動きも、全部お見通しだわ。さあ、今度こそ、徹底的に弔い合戦をしてあげる。覚悟しなさい)

ルナ・サクヤの瞳に、冷徹な復讐の炎が宿った。それは、過去の屈辱を晴らすための、そして宇宙の秩序を乱す害虫を駆除するための、揺るぎない決意の光だった。彼女の唇が、狩りの始まりを告げるかのように、わずかに吊り上がる。

彼女は、自身のルナ・エコーたちを差し向け、ディープ・エコーを追い詰め始めた。無数のルナ・エコーが、ルナ・サクヤの神域から星々へと散っていく。その動きは迅速かつ正確無比。まるで、蜘蛛が巣を張るように、ディープ・エコーたちの周囲に静かに、しかし確実に包囲網を形成していく。


ディープ・エコー及び「アビス・スポア」の群れの一団は、小惑星帯の深部に潜んでいた。全長数キロに及ぶ歪な形状の岩塊が密集し、天然の遮蔽物となっている宙域だ。彼らは、岩石の影から影へと、まるで幽霊のように音もなく移動し、時折、周囲の宇宙空間に擬態するかのように体表の光学迷彩を変化させる。彼らのうちの一体が、細長い触手のような器官を伸ばし、虚空を探るように微弱なセンサー波を放つ。


《…周囲に異常なし。ルナ・サクヤの追手は感知できない…》

《我々のステルスは完璧だ。奴らに我々を見つける術はない…》

《計画通り、次のポイントへ移動する。あの忌々しい女の目を欺き、我らの目的を果たすのだ…》


彼らは、依然として自分たちの隠密能力に絶対の自信を持っているようだった。強化された「システム」の視線が、自分たちの全てを捉えているなどとは夢にも思っていない。彼らが交わす思念波は、ルナ・サクヤにとってはまるで子供の囁きのように筒抜けだった。


(くすくす…まだ気づいてないわね。)


ルナ・サクヤは、神域で頬杖をつきながら、眼下のホログラムに映し出されるディープ・エコーたちの健気な(そして滑稽な)動きを眺めていた。彼女は指先で軽く宙をなぞると、ルナ・エコーたちに新たな指示を送る。

「第一陣、少しだけプレッシャーをかけてあげなさい。ただし、本気を出していると思わせてはダメよ。あくまで、『あら、見失っちゃったわ』という感じでね」

ルナ・エコーの一群が、ディープ・エコーたちの進行方向から、わざとらしく索敵範囲を広げたように見せかけ、ゆっくりと後退を始める。まるで、獲物を見失い、捜索範囲を広げようとしているかのように。


ディープ・エコーたちは、その動きを敏感に察知した。

《…む? 追手の反応が…消えた?》

《…索敵範囲を広げているようだ。我々を見失ったか…!》

《やはり奴らの索敵能力など、この程度よ! シェイド・ワープの痕跡を完全に消去した我々を捉えられるはずがない!》


ディープ・エコーが、思念波で得意げに宣言する。その姿は、まるで罠にかかった鼠が、一時的に猫の姿が見えなくなっただけで安心しきっているかのようだった。


《よし、今のうちだ! あのデブリ帯の向こう、放棄された旧文明の通信中継ステーション跡地へ向かう! あそこから、さらに浸食を拡大させて行くぞ!》


ディープ・エコーの一団は、ここぞとばかりに速度を上げ、隠密行動中とは思えぬほど大胆に、目標地点へとシェイド・ワープを開始した。彼らの心には油断と、ルナ・サクヤの追手を出し抜いたという微かな高揚感が生まれていた。


(…ディープ・エコー。愚かね...)


ルナ・サクヤは、小さく鼻を鳴らした。


ディープ・エコーたちが、シェイド・ワープを終え、漆黒の宇宙空間にそのおぞましい姿を現した瞬間だった。彼らが目標としていた放棄された通信中継ステーションは、目の前にあった。しかし、その周囲には、彼らが予期していなかったものが待っていた。


ズム!ゴ...ゴゴゴゴゴォォ......


言葉にするなら、そんな音が宇宙に響き渡ったかのような衝撃。ステーションの残骸の影、彼らがワープアウトしてくる座標を寸分の狂いもなく予測していたルナ・エコーたちが、一斉に高エネルギー粒子砲を放ったのだ。眩い光条が虚空を裂き、「アビス・スポア」の群れの数体を直撃する。爆炎とエネルギーの奔流が、彼らの不気味なシルエットを飲み込んだ。


「あら、こんなところで何してらっしゃるのかしら?」


涼やかな、しかし底知れぬ冷たさを帯びた声が、ディープ・エコーたちの思念に直接響き渡る。声の主は、爆炎の中から悠然と姿を現した一体のルナ・エコー。その姿はルナ・サクヤの生き写しのようであり、その唇には上品な、しかし残酷な笑みが浮かんでいた。


《なっ…!? ば、馬鹿な! なぜここに!?》

《ワープ座標を読んでいたというのか!? ありえない!》

《うわあああ! くそっ、囲まれている! 再度シェイド・ワープだ! 分散しろ!》


「アビス・スポア」の群れは、一瞬にしてパニックに陥った。彼らの思念波は恐怖と混乱で乱れ飛ぶ。数体が瞬時に蒸発し、他の個体も大小のダメージを負い、その不気味な体表からは黒い粒子のようなものが霧散していく。生き残った者たちは、蜘蛛の子を散らすように、再びシェイド・ワープを試みようとするが、その動きは先ほどまでの自信に満ちたものではなく、ただただ狼狽し、逃げ惑うものだった。


「逃がさないわ」


ルナ・サクヤが神域で呟くと同時、ルナ・エコーたちは「アビス・スポア」の群れの逃走経路を完全に封鎖するように展開。ある者は重力井戸を発生させてワープを阻害し、ある者は高密度のエネルギーネットを展開して物理的に進路を塞ぐ。


最初の罠は、ほんの小手調べに過ぎなかった。


次なる舞台は、濃密な水素とヘリウムのガスが渦巻く、巨大な星雲だった。ディープ・エコーたちは、その中に紛れ込み、センサーの目を逃れようと必死だった。彼らは体表の温度を周囲のガスと同期させ、エネルギー放出を極限まで抑え、まるでガスの一部になりすまそうとしていた。


《…今度こそ、撒いたはずだ…この星雲の中では、いかに奴らでも我々を探知できまい…》

《静かに…エネルギー反応を消せ…!奴らのセンサーは我々の微細な振動すら捉えるやもしれん…》


彼らは、まるで息を殺すように、星雲の暗黒の中に潜む。しかし、その頭上からは、依然としてルナ・サクヤの冷笑的な視線が注がれていた。


「システム、あのガスの中で蠢いている可愛い害虫さんたちの位置、三次元的にマッピングして頂戴。それから、ルナ・エコーたち、星雲ごと少しお掃除してあげましょうか。派手にね」


『御意。対象群の熱紋、重力異常、空間歪曲パターンを複合解析。正確な位置情報をルナ・エコー各機に転送します』


星雲の外縁部に配置されたルナ・エコーたちが、一斉にその美しい腕を振り上げた。彼女たちの掌から放たれたのは、純粋な衝撃波の奔流。それはガスを吹き飛ばし、星雲の内部構造を根こそぎ薙ぎ払うほどの威力を持っていた。


「ぎゃああああ!」

「ぐおおっ! ガスが…! 隠れ場所が…!」


ディープ・エコーたちは、星雲の嵐の中で木の葉のように翻弄され、次々と白日の下に晒される。衝撃波に巻き込まれてバラバラになるもの、エネルギーの余波で内部構造を破壊されるもの、その末路は悲惨だった。


「あらあら、 星巡りも楽ではございませんわね」


別のルナ・エコーが、今度は優雅にお辞儀をしながら、しかしその瞳は凍るような冷たさで、生き残ったディープ・エコーたちを見下ろす。彼女たちの手からは、追撃のエネルギーランスが寸分の狂いもなく放たれ、逃げ惑う「アビス・スポア」の群れを的確に貫いていく。


《も、もうだめだ…! どこへ逃げても…どこへ隠れても見つかる!》

《あの女…! ルナ・サクヤ…! 我々の全てを知っている! 全てを!》

《これは…これはただの追跡ではない…! 狩りだ! 我々は弄ばれているのだ!》


「アビス・スポア」の群れの間に、絶望的な認識が広がり始める。彼らの自慢だった隠密技術は完全に無力化され、まるで掌の上で転がされているかのような無力感に苛まれる。彼らがかつてルナ・エコーたちを翻弄した狡猾さは、今や恐怖に駆られた無様な逃走劇へと成り下がっていた。


最後の隠れ場所として彼らが選んだのは、かつて繁栄し、そして何らかの理由で放棄された古代文明の宇宙ステーション群だった。迷路のように入り組んだ通路、無数の区画、そして機能停止した機械の残骸が、格好の隠れ蓑になるはずだった。彼らは、シェイド・ワープを細切れに使い、ステーションの奥深くへと潜り込んでいく。


《…ここならば…この複雑な構造の中ならば、奴らも追ってはこれまい…》

《エネルギー反応を完全に遮断しろ! 生体反応もだ! 我々はただの宇宙ゴミになるのだ!》


しかし、ルナ・サクヤは静かに微笑むだけだった。


「システム、あの古い鉄クズの塊の構造データを解析。最短経路で、彼らを袋小路に追い込むルートをルナ・エコーたちに指示なさい。それから…出口は全て封鎖してちょうだい。一匹たりとも逃がさないように」


『了解。構造データをスキャン、内部透視図を作成。最適追跡・封鎖プランを策定、実行します』


ルナ・エコーたちは、古代ステーションの外部装甲をやすやすと貫通し、内部へと侵入。彼女たちは、まるで設計図を熟知しているかのように、迷路のような通路を正確に進み、ディープ・エコーたちを徐々に特定の区画へと追い込んでいく。


ディープ・エコーたちは、壁の向こうから聞こえるルナ・エコーたちの足音(あるいはエネルギー反応)に怯え、狭い通路を逃げ惑う。彼らが進む先々には、必ずルナ・エコーが先回りしており、彼らの選択肢は次第に奪われていった。


「うふふ、どちらへ行かれるのかしら? 」

「そんなに慌てなくても、お茶くらいお出ししますのに」


ルナ・エコーたちの声が、ステーションの金属壁に反響し、ディープ・エコーたちの恐怖をさらに煽る。彼女たちは、まるで鬼ごっこを楽しむ子供のように、しかしその手には致死的な兵器を携えて、獲物を追い詰めていく。


ついに、ディープ・エコーたちの生き残りは、巨大な貨物ベイと思われる広大な区画に追い詰められた。四方八方からの出口は、既にルナ・エコーたちによってエネルギー・バリアで封鎖されている。


《…お、終わりだ…》

《もはや…逃げ場はない…》

《なぜだ…なぜ我々がこのような目に…我々はただ…ディープ・エコー様の…》


彼らの思念は、もはや恐怖と絶望の色に染まりきっていた。かつての狡猾さも、隠密への自信も、跡形もなく消え去っていた。


ルナ・サクヤは、神域のスクリーンに映し出される、絶望に打ちひしがれるディープ・エコーたちの姿を、満足げに見下ろしていた。彼女の瞳に宿る冷徹な復讐の炎は、その目的を達成しつつあることへの確信に、より一層強く燃え盛っていた。


圧倒的なエネルギー差と、もはや隠れる術を持たない状況で、ディープ・エコーは絶望的な状況に追い込まれていく。彼らの周囲には、無数のルナ・エコーが静かに浮遊し、その冷たい視線で彼らを射抜いている。それはまるで、断頭台に送られる罪人を見守る処刑人のようだった。


『……警告! 対象:「ディープ・エコー」、残存している「アビス・スポア」を強制的に吸収を開始!高次元エネルギーの異常な凝縮を開始! これは…これは、予測不能な現象です!』


「システム」の管制AIの声が、再び切迫したものに変わった。


追い詰められたディープ・エコーは、もはや逃げ場がないことを悟り、その存在の全てを賭けた、最後の「異能」を開花させたのだ。彼の身体が、不気味な光を放ち始め、周囲の空間がぐにゃりと歪む。


次の瞬間、ディープ・エコーの周囲の空間が、不規則に歪み、そして、まるで紙を引き裂くような、あるいは宇宙そのものが悲鳴を上げるかのような凄まじい音と共に、突如として暗黒の裂け目が開いた。


それは、「ディメンション・ワームホール(次元ワームホール)」。


自らの身をも犠牲にして、遠く離れた別の銀河へと繋がる、次元の扉を無理やりこじ開けたのだ。彼らの最後のエネルギー、最後の怨念、最後の恐怖が、その裂け目へと注ぎ込まれていく。


(……なっ!? あの程度で、こんなことを…!?)


ルナ・サクヤの予想を超えた、ディープ・エコーの最後の足掻き。彼女の眉がわずかに寄せられる。計算外の事象。


彼女が追撃の指示を出そうとした時には、すでに遅かった。


ディメンション・ワームホールは、ディープ・エコーを吸い込むと、まるで何事もなかったかのように瞬時に収縮し、閉じてしまった。


残されたのは、奇妙な空間の残滓――通常宇宙の物理法則では説明できない微細な粒子と、不安定な時空の揺らぎ――そして、ルナ・サクヤの、ほんの少しだけ驚きと苛立ちが混じった、冷徹な視線だけだった。


(……逃がしたわね。まさか、この銀河の法則を破って、別の銀河にまで繋がるワームホールを開くとは…。厄介なことになったわね)


ルナ・サクヤは、眉をひそめた。彼女の完璧な「弔い合戦」のシナリオに、予期せぬ幕間が挿入されたのだ。


ディープ・エコーは、確かに逃げた。だが、その逃走先は、ルナ・サクヤの観測範囲外。少なくとも、今の「システム」の観測網では、あのワームホールの正確な終着点を特定することは出来なかった。


「システム」のデータによれば、ディメンション・ワームホールの向こう側には、銀河系とは異なる、別の秩序と、そして、ルナ・サクヤもまだその全貌を知らない、新たな高次元存在たちが存在しているはずとのことだった。それは未知の領域、未知の脅威が潜む可能性のある場所。


そして、そこに逃げ込んだディープ・エコーが、一体何をもたらすのか…。彼らが新たな力を得るのか、あるいは、より強大な存在に接触し、この銀河への新たな侵攻の手引きをするのか。可能性は無限にあり、そのどれもがルナ・サクヤにとって好ましいものではなかった。


ルナ・サクヤは、自らの「神域」で、静かに、しかし決然と、次の手を考え始めた。彼女の指先が、玉座の肘掛けを軽く叩く。その音だけが、広大な神域に響いていた。


彼女の「宇宙規模の害虫駆除」は、予期せぬ形で、新たな、そしてより危険なフェーズへと突入したのだ。それはもはや、単なる復讐劇ではない。


銀河系を越えた、真の「宇宙戦争」の兆候が、今、静かに、しかし確実に、ルナ・サクヤの前に姿を現し始めていた。彼女の瞳の奥で、テラ・ルクスの光にも似た、新たな決意の炎が揺らめいた。次の標的は、より遠大で、より困難なものになるだろう。だが、彼女が退くことはあり得ない。

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