第四話:女神の怒りと星の炉心、創造されるテラ・ルクス
ルナ・サクヤ――月詠朔の心に灯った、失われたルナ・エコーたちへの想いと、その無念を晴らす「弔い合戦」の炎は、瞬く間に彼女の全ての思考と存在を焼き尽くさんばかりの激しさで燃え上がった。
「ディープ・エコー」の狡猾さ、その「神の位階」へと足を踏み入れた存在の異質さ。そして何よりも、彼らが仕掛けた卑劣な罠によって、かけがえのない「私自身」の一部が、宇宙の塵と消えたという許し難い事実。
その怒りは、彼女をただ衝動的に突き動かすだけでなく、より根源的な「力」と「効率」の追求へと、彼女の意識を先鋭化させた。
「宇宙のゴキブリ(亜の残渣)」の予想以上のしぶとさ。それらを完全に、そして効率的に排除するためには、既存のエネルギー吸収・変換能力だけでは限界があることを、彼女は痛感していた。二度とルナ・エコーのような犠牲を出さないためにも、そしてこの「弔い合戦」を完遂するためにも、「亜」のエネルギーに依存しない、自らが生み出す圧倒的かつ清浄なエネルギー源が不可欠だと結論付けたのだ。
(……この怒りを、ただの感情的な報復に終わらせてたまるものか。あの「ディープ・エコー」…そして、その背後にいるかもしれない「亜」の本体。二度と、私の掌から逃がしはしない。そのためには…圧倒的な、そして何よりも私の意志通りに動く、無尽蔵のエネルギーが必要だ)
これまでの彼女の戦いは、ある意味で「亜」のエネルギーを吸収し、再利用するという、敵の土俵の上での戦いに近いものがあった。だが、もはやそれだけでは足りない。ルナ・エコーたちの犠牲は、彼女にそれを痛感させた。そして、何よりも、穢れた「亜」のエネルギーに頼り続けること自体が、彼女の美学に反し始めていた。失われた仲間たちへの手向けとして、そして二度と同じ過ちを繰り返さない絶対的な力を得るために、彼女は自らの手で、清浄で、そして無限のエネルギー源を創造することを決意したのだ。
「システムのエネルギーでは、まだ足りない。もっと純粋で、私の意志通りに動き、そして何よりも、この怒りを乗せて敵を殲滅できるだけの、圧倒的な力が欲しい」と、彼女の魂は渇望していた。
「『システム』。聞こえているんでしょう? あなたたちのデータベースにある、宇宙の根源的なエネルギー生成に関する全ての情報を開示しなさい。恒星の誕生プロセス、クエーサーのエネルギー放出メカニズム、そして、この宇宙を満たしているというダークマターの量子構造…その全てよ。隠し事はなし。今すぐ、全てを」
ルナ・サクヤの意志は、もはや「お願い」ではなく、有無を言わせぬ「要求」として「システム」に伝達された。
傍らに控えるマスコット端末「シロ」が、わずかにその光を揺らめかせる。
『…了解しました、ルナ・サクヤ。貴殿の要求に基づき、銀河系内データベースの最高レベルアクセス権限を解放。関連する全ての情報を、貴殿のインターフェイスに転送します。ただし、これらの情報は極めて高度であり、その解析と応用には、貴殿の現在の演算能力をもってしても、相応の時間を要する可能性がありますが…』
「時間なら、私が創り出すわ。心配いらない」
朔の言葉には、絶対的な自信が満ちていた。彼女にとって、時間はもはや絶対的な制約ではなかった。必要とあらば、自身の意識空間内での時間の流れを加速させることすら可能だったからだ。
ルナ・サクヤは、自身の「神域」に深く引きこもり、その莫大な並列思考能力の全てを、新たなエネルギー源の創造という、途方もない計画へと集中させた。
彼女の意識空間には、無数のシミュレーションが展開される。銀河の誕生、星々の輪廻、そして、宇宙の法則そのものを記述する複雑な数式が、万華鏡のように明滅し、組み合わさっていく。
それは、まさに神の領域の叡智への挑戦だった。シロ(システム端末)との技術的な対話も、これまで以上に高度で専門的なものとなっていた。システム側もまた、彼女のこの途方もない試みに、ある種の驚きと、そして未知のデータを得られるかもしれないという期待を抱いているようだった。
最初の試みは、銀河の果て、物理的な影響が他の星系に及ばないよう、彼女自身が創造した広大な隔離実験空間「サルガッソスペース」で行われた。
地球から遠く離れたその場所で、ルナは、遠隔操作する複数のルナ・エコー(新たなる犠牲を出さないよう、今回はバックアップと緊急離脱プロトコルを何重にも施した、実験専用ユニットだ)を使い、小規模な擬似恒星の生成を試みた。
(……このエネルギー収束パターン、もっと高密度に…! 高次元から直接エネルギーを引き込み、それを安定した光子へと変換する…理論上は可能なはず…!)
ルナ・エコーたちが、ルナ本体の指示通りに、空間からエネルギーを汲み上げ、一点に集束させていく。だが、その制御はあまりにも難しく、何度目かの試行で、集束されたエネルギーは暴走。サルガッソスペースの一角で、小規模ながらも超新星爆発に匹敵する閃光と衝撃波が発生した。
『警告! エネルギー制御失敗! ユニット3号、5号、7号、損壊率70%超! 緊急離脱プロトコル起動!』
シロからの冷静な報告と同時に、ルナ本体にも、実験ユニットの損壊に伴う演算負荷と、そして微かな「痛み」のフィードバックが伝わってくる。だが、それはもはや彼女にとって、単なる「データ」でしかなかった。
「……くっ! まだ安定しない…! でも、爆発エネルギーの99.87%は回収できた。このデータと回収エネルギーを元に、次のモデルを設計するわ。無駄にはしない」
彼女は、失敗を失敗として終わらせない。その全てを糧とし、次なる成功へのステップとする。その執念と効率性は、もはや人間的な感情を超越し、神の領域に近づきつつあった。爆発したエネルギーですら、彼女の効率厨ぶりは無駄なく回収し、次の実験へと活かしていく。それは、彼女が「亜」から学んだ(そして改良した)エネルギー吸収能力の応用でもあった。
次に彼女が試みたのは、ダークマターを触媒とした、高次元エネルギー増幅炉の構築だった。宇宙に遍在しながらも、その正体がほとんど解明されていないダークマター。だが、「システム」から提供された情報の中には、その量子構造に干渉することで、莫大なエネルギーを解放できる可能性を示唆する理論が含まれていた。
(……この『ゼロポイント・リアクター』の概念、面白いわね。ダークマターの粒子間に存在する、極微の『揺らぎ』を共振させ、無限に近いエネルギーを取り出す…か。リスクは高いけど、成功すれば…!)
しかし、この試みもまた、困難を極めた。ダークマターの制御は、恒星エネルギーの制御以上に繊細で、予測不能な挙動を示した。実験炉は何度も臨界点を超え、空間の歪みや、微小な次元の裂け目を発生させかけた。それは、サルガッソスペースそのものが崩壊しかねないほどの危険な状態だった。
『ルナ・サクヤ! このままでは、サルガッソスペースの時空連続体に、修復不可能な損傷が発生する可能性があります! 実験を中断してください!』
シロ(システム)が、かつてないほど強い警告を発する。
「うるさいわね、シロ! もう少しで…もう少しで、この『揺らぎ』を制御できるはずなのよ…! 邪魔しないで!」
ルナは、システムの警告を半ば無視し、全神経を集中させて、暴走しかけるエネルギーの奔流を、その強大な意志の力でねじ伏せようと試みる。彼女の額には、玉のような汗が浮かび、その表情は苦悶に歪んでいたが、瞳の奥の光だけは、決して揺らぐことはなかった。この孤独な研究の中で、彼女はひたすらに理論を修正し、シミュレーションを繰り返し、そして再び実験に挑む。その瞳は、獲物を見据える狩人のように、ただ一点の成功だけを見つめて燃えていた。
数えきれないほどの失敗と、それに伴う膨大なデータの蓄積。
そして、彼女の体感時間では、悠久にも思えるかのような、終わりの見えない試行錯誤の果て。
ついに、ルナ・サクヤは、ある一つの「解」――宇宙の根源的なエネルギーを、極めて効率的かつ安全に、そして何よりも彼女の意志通りに制御し、恒常的に供給する技術――に辿り着いた。
それは、文字通り、「エネルギーを養殖する」方法。ダークマターの安定した励起状態を維持し、そこから無限に近い清浄なエネルギーを、まるで泉のように汲み上げ続ける、永久機関にも似たシステムだった。
「くっ…ふふ…ふふふふっ…! やった…! やったわよ、シロ! これで、もう、エネルギーの心配は、永遠になくなった…! 私が望むだけのエネルギーを、私が望む形で、私が望む場所に、いつでも供給できる…!」
月詠朔は、その途方もない成果に、歓喜と、そして揺るぎない確信を込めて呟いた。
彼女は、早速、その最初の「作品」を、銀河系内の、どこか遠く離れた、しかし彼女の監視が行き届く「無恒星空間」に創造することにした。それは、地球の生命活動を、高次元から間接的に、しかし力強く支援するための、新たな光となるだろう。
「――創造開始。コードネーム、『テラ・ルクス(Terra Lux)』。大地の光よ、今、ここに生まれなさい」
ルナ・サクヤの静かな宣言と共に、銀河の深淵に、小さな、しかし何よりも強く、そして清浄な光が灯った。
それは、本物の恒星ほど巨大ではない。だが、その光は、周囲の宇宙空間を、まるで希望そのものが凝縮されたかのように、温かく、そして力強く照らし出す。
その光は、地球上からは、決して直接観測されることはない。
ただ、遠い宇宙の彼方で、天体観測を趣味とする異星の天文学者たちが、その「新しい星」の出現に、ほんのわずかな驚きと、そして言いようのない神聖な感動を覚えるだけだろう。
【地上:世界各地】
夜空に、これまで見たこともない、新たな星が輝き始めた、という劇的な現象は起きるという事はなかった。
しかし、地球上では、あのルナ・サクヤの「御利益」である黄金色の光の粒子が、穏やかに降り注いだ。
その光は、大気をさらに浄化し、水と大地に豊かな活力を与え、人々の心に深い安らぎと、未来への揺るぎない希望を灯した。
オアシスの農地では、作物が驚くほどの勢いで実り、以前の数倍の収穫をもたらした。子供たちの笑顔は、より一層輝きを増している。
ファンタジーゾーンのモンスターたちも、この清浄なエネルギーの影響を受け、一部はより強力に、しかし同時に、どこか「神聖な」オーラをまとうように変異し始めているという報告もあった。それは、新たな冒険の始まりを予感させた。小野寺や科学者たちは、この異常なエネルギー増加の原因を探ろうとしたが、その源泉が遥か彼方の宇宙空間に創造された人工の「星」であることなど、知る由もなかった。ただ、ルナ・サクヤのさらなる偉大な力の顕現であると推測し、畏敬の念を深めるばかりだった。
人々は、この「祝福」が、ルナ・サクヤの、さらなる偉大な力の顕現であることを、肌で感じ取っていた。
世界中で、ルナ・サクヤへの感謝と、そして彼女がもたらす未来への期待は、もはや信仰に近い熱狂を帯び始めていた。
月詠朔――ルナ・サクヤは、自らの「神域」で、遠く輝く「テラ・ルクス」の完璧な光を、満足げに眺めていた。
(……くふふっ。これで、エネルギーの心配はなくなった。どんな敵が現れようと、私がこの星を守り抜くための力がある)
彼女の瞳には、神聖な光と共に、かつてルナ・エコーたちを失った悲しみを乗り越え、そして次なる戦いへの、冷徹な決意が宿っていた。
(さあ、次は、あの憎き「ディープ・エコー」を、徹底的に、そして効率的に、叩き潰す番よ。弔い合戦は、ここからが本番だわ)
その姿は、もはや「新米神様」の域を完全に超え、全てを司る「創造神」と「破壊神」の両面の力を、その内に宿し始めていた。
そして、この圧倒的な力と、揺るぎない決意こそが、今後現れるであろう、いかなる宇宙的脅威に対しても、彼女が地球と、そして自らの「神域」を守り抜くための、絶対的な基盤となることを示していた。
女神の鉄槌は、今まさに、振り下ろされようとしていた。




