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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第一章 孤独な戦域
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第二話:六畳間の再構築と天啓


ネット上の喧騒から意識を引き剥がし、朔はノートパソコンを閉じた。

部屋の中には、再び空気清浄機の駆動音だけが響く。

世界は昨日とは比べ物にならないほど騒がしくなっているというのに、この六畳間だけは、まるで時間が止まったかのように静かだ。


(とりあえず、状況は分かった)


得体の知れない「何か」――朔は内心でそれを「怪異」と呼ぶことにした――が出現し続け、一部の人間が不思議な力に覚醒し、戦いが始まっている。

そして、自分はその中でも、今のところ「誰にも気づかれていない」その他大勢の一人に過ぎない。

それは、朔にとって悪いことではなかった。むしろ、望ましい状況と言える。


問題は、これからどうするかだ。

昨日の脳内に響いた「声」とも「情報」ともつかない冷たい感覚――『脅威は継続中。備えを推奨』――あれが単なる幻聴や思い過ごしでないのなら、またいつ怪異が現れてもおかしくない。

そして、その時、自分はどうするのか。


朔はベッドから立ち上がり、部屋の隅に置かれた黒いアタッシュケースへと歩み寄った。

革張り(おそらく合成皮革だろうが)のそれは、見た目以上にずっしりとした重みがある。

そっと留め具を外し、蓋を開ける。

中には、昨日目にした黒光りするライフルが、分解された状態で、しかし整然とウレタンフォームに収まっていた。予備のエネルギーパックらしきものも数本セットされている。スーツも、いつの間にか丁寧に折り畳まれ、ケースの隅に収められていた。昨夜の混乱の中で、無意識にそうしたのだろうか。


(これを使えば、また戦える)


その事実は、重くもあり、どこか奇妙な安心感ももたらした。

少なくとも、無力ではない。選択肢がある。


不意に、再び脳裏にあの冷たい「感覚」が流れ込んできた。しかし、今回は警告ではなく、もっと事務的な、情報伝達に近い響きだった。


『初期適合評価:ランクS。エネルギー親和性、極めて高し。リソース配分最適化のため、限定的権限を付与。装備のカスタマイズ、及び強化を許可。使用可能パワー総量に注意』


(……ランクS? 権限付与? カスタマイズ? あの「情報源」……いや、「システム」とでも呼ぶべきか。一方的に情報を送り付けてくるくせに、妙な評価までしているのか)


意味の分からない単語の羅列に、朔は眉をひそめる。

だが、その直後、アタッシュケースの中のライフルとスーツが、淡い光を帯び始めたのに気づいた。まるで、朔の意識に呼応するように。

そして、頭の中に、ふわりと新たな情報が流れ込んでくる。

それは、具体的な言葉ではなく、もっと直感的な「理解」だった。

目の前の装備に、自分のイメージを投影することで、ある程度の範囲で形状や機能を変えられる。そして、どこからか供給される(あるいは自分自身が引き出せる?)謎の「パワー」を注ぎ込むことで、その性能を向上させることができる、と。


(これが……「推奨対処人員一名」への、特別措置ってことか。あの「システム」も、資源が潤沢なわけではないらしい。だから、あとは自分で何とかしろ、と?)


皮肉な考えが浮かんだが、同時に、これは大きなアドバンテージだと朔は理解した。

他人に干渉されず、自分の思うように装備を最適化できる。それは、人間不信の彼女にとって、何よりも重要なことだった。


朔は、まず自分の部屋を見渡した。

六畳一間。ベッド、小さな机、本棚、そして大量の段ボール箱。

引きこもり生活の拠点であり、彼女の世界の全て。

しかし、昨日の出来事を経て、この部屋は新たな意味を持つことになった。

ここは、彼女の「戦場」であり、「司令室」であり、そして唯一の「安全地帯」であると同時に、新たな「工房」にもなり得るのだ。


(もっと、効率的にしないと。そして、この力を最大限に活かせるように)


そう思い至った瞬間、朔の思考はクリアになった。

もし、また戦うことになるのなら――そして、おそらくそうなるだろうという予感が、彼女の奥底にはあった――ならば、この六畳間を、より「戦いやすい」環境に再構築し、装備も自分専用にカスタマイズする必要がある。


まず、部屋のレイアウトだ。

ベッドの位置は、窓からの死角になるように少し動かす。

机は、複数のモニターを置けるように、壁際に移動し、情報収集と分析、そして装備の設計・調整を行うメインステーションとする。現在使っているノートパソコンに加えて、予備のデスクトップPCとモニターも引っ張り出して接続する。


次に、装備の管理と強化。

アタッシュケースは、すぐに取り出せる位置、かつ、目立たない場所に隠す。そして、強化に必要な「パワー」を効率よく運用するための環境――例えば、精神を集中させやすい静かな空間、あるいは、微弱ながらも「システム」からのエネルギー供給を感じ取れるような場所――を部屋の中に作る必要があるかもしれない。


そして、最も重要なのは、「外」との接続だ。

ネットスーパーは引き続き生命線だが、それだけでは足りなくなるかもしれない。

怪異の出現状況をリアルタイムで把握するための情報網も強化したい。ニュースサイトやSNSの監視はもちろん、他の「プレイヤー」たちが利用しているかもしれないアンダーグラウンドな情報掲示板や、あるいは「システム」からの情報を受信しやすい環境設定などを探る必要がある。


(やることは、山積みだ。でも……)


その「やること」は、かつて朔が感じていた、意味もなくネットの海を漂うような虚しい時間潰しとは質が違っていた。

明確な目的があり、具体的な手段があり、そして、それが自分の生存と、あるいは――認めたくはないが――誰かの助けに繋がるかもしれないという、微かな手応え。そして、何よりも、自分の手で「創り出す」という、新しい興奮があった。


朔は、まず部屋の片付けから始めた。

不要なものを分別し、段ボールに詰めていく。その動きは、いつもより少しだけ機敏で、迷いがなかった。

汗をかき、息が弾む。

それは、彼女がここ数年、忘れていた感覚だった。


誰にも知られず、誰とも繋がらず、たった一人で。

月詠朔の、新たな「日常」が、この六畳間で静かに、しかし確実に再構築されようとしていた。

それは、来るべき戦いへの備えであり、彼女自身がこの変化した世界で生き抜くための、孤独な戦略の始まり。そして、正体不明の「システム」の思惑と、彼女自身の才能が、奇妙な形で交差し始める瞬間でもあった。


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