第八話:揺りかごの完成と、神の新たな興味
月詠朔――ルナ・サクヤが設計した「ファンタジーゾーン」構想は、地球の人類にとって、新たな日常の目標となっていた。
冒険者ギルドは活気に満ち、まだ見ぬフロンティアでの英雄譚を夢見る若者たちが、日々訓練に励んでいる。
彼女は、神域から、その「箱庭」が冒険の始まりに向けて着々と準備を進めている様子を、まるで自分が育てている文明が発展していくのを見るかのように、満足げに眺めていた。
地球の再構築と、その運営基盤の安定化という、当初の「緊急課題」に一応の目処がついたことで、彼女の尽きることのない好奇心は、自然と、より広大な領域へと向けられ始めていた。
それは、地球という小さな舞台を飛び出し、この天の川銀河、そしてその先の未知なる宇宙そのものへの探求だった。
「小野寺さん、最近どう? 地球の運営、ちゃんと回ってる?」
いつものように、草原のテラスカフェに呼び出された小野寺拓海は、彼女の問いかけに、少しだけ誇らしげな表情で頷いた。
「はい、ルナ・サクヤ様のおかげで。各オアシスは自律的な運営を開始し、アークラインはもはや人々の生活に不可欠なものとなっています。冒険者ギルドも順調に機能し、来るべきファンタジーゾーンの開門に向けて、皆、期待に胸を膨らませています」
「ふーん、ならいいわ。あなたなら、ちゃんとやってくれると信じてたけどね」
ルナは、満足げに頷くと、ふと、遠い宇宙の彼方に視線を向けた。その瞳には、もはや地球の出来事だけではない、もっと大きな「何か」が映っているように小野寺には見えた。
「地球の『お庭作り』は、ひとまずこれで一段落かしらね。まあ、細かいバランス調整は、これからも続けるけど。でも、少しだけ、退屈になってきちゃったのよね、この星だけを見ているのも」
その言葉に、小野寺は息を飲んだ。この神は、また何かとんでもないことを考えているのではないか、と。
「だからね、小野寺さん。私はこれから、もう少しだけ『お勉強』に集中しようと思うの。この宇宙のこと、もっともっと知りたいから」
彼女の視線の先には、傍らで静かに浮遊する白金の球体――シロ(システム)がいた。
「ねえ、シロ。あなたたちが持っている『銀河の図書館』、そろそろ私に、その全ての書庫へのアクセス権をくれてもいいんじゃないかしら? あの『亜』の残渣みたいな厄介な虫が、またどこから湧いてくるか分からないし。そのためにも、もっと宇宙の法則とか、歴史とか、色々な星の文明について、知っておく必要があると思うのよね」
その言葉は、一見すると合理的な提案のようだったが、その実、彼女の尽きることのない知的好奇心と、そして何よりも「面白いことをしたい」という純粋な欲求の現れだった。
地球という準備段階が順調に進んでいる間に、次なる、より壮大で難解な「宇宙」に、彼女は挑もうとしていたのだ。
小野寺は、その会話を、ただ静かに見守ることしかできなかった。
彼には、彼女が何をしようとしているのか、その全貌を理解することなど到底できない。
だが、確かなことは一つだけ。
この気まぐれで、しかし絶対的な力を持つ神が、この地球の守護者であり続けてくれる限り、人類の未来は、まだ安泰だろうということだ。たとえ、その神が、時折とんでもない計画をしたとしても。
月詠朔――ルナ・サクヤの興味は、今、地球という「揺りかご」の成長を見守りつつ、広大な銀河の深淵、そしてそこに眠る未知の知識と、新たな物語へと向けられようとしていた。
彼女の「神」としての日常は、新たな章へと、静かに、しかし確実に、そのページをめくり始めていた。
...それと、小野寺さん。あなたになら、きっと......




