第三話:アークラインの黎明
ルナ・サクヤによる、半ば強引な「オアシス」創設計画は、混乱と抵抗を生みながらも、着実に進行していた。人々は、故郷を離れる悲しみを抱えながらも、目の前に現れた「奇跡」と、最低限保証された「安全」に、少しずつ希望を見出し始めていた。
しかし、新たな問題がすぐに浮上した。
それは、点在する「オアシス」間の、圧倒的な「断絶」だった。
「大使、北米のオアシス・ノヴァから緊急通信です。医療品が完全に枯渇し、疫病が発生する寸前だと…」
「欧州のオアシス・エデンからは、種籾の不足を訴える声が…」
小野寺の執務室には、世界中のオアシスからの悲痛な報告が殺到していた。インフラが崩壊した地球において、大陸を越えて物資や情報をやり取りすることなど、不可能に近い。それぞれのオアシスは、まるで孤島のように、自給自足の生活を強いられていたのだ。
「このままでは、文化も技術も停滞し、やがては内向きの争いが始まるかもしれない…」
小野寺は、報告書を握りしめ、新たな危機感を募らせていた。
その懸念は、もちろんルナ・サクヤも共有していた。
(……孤立は、停滞と腐敗を生む。人間って、そういう生き物だものね。面倒だけど、ここも私が『道』を作ってあげないと、ダメみたいね)
彼女は、再び「神域」から、地球全土へとその力を及ぼした。
今度の「創造」は、さらに壮大だった。
「――『アークライン(方舟の道)』、構築開始。全オアシスを接続する、超高速物質輸送ネットワークの基盤を敷設する」
その夜、世界中の人々が、空を見上げた。
天から、無数の光の筋が、まるで流星雨のように降り注ぎ、大地を走る。
砂漠のオアシスから見上げる者、雪山のシェルターから見上げる者、廃墟の都市の片隅から見上げる者。それぞれの場所で、人々はその神々しい光景に息を飲んだ。
光は、オアシスとオアシスを結ぶように、一直線に伸びていき、そして、そこには、白く輝くレールのようなものが、一夜にして敷設されていったのだ。
それは、山を貫き、海を渡り、大陸すらも繋ぐ、まさに神の御業としか思えない光景だった。
そして、各オアシスの中心部には、アークラインの「ステーション」となる、未来的なデザインの建造物が、静かに、しかし威厳を持って出現した。
翌朝、人々が恐る恐るステーションに近づくと、そのホームに、流線型の美しいリニアモーターカーのような車両が、音もなく滑り込んできた。
扉が開き、中から現れたのは、別のオアシスから、同じように半信半疑で乗り込んできた、見知らぬ人々だった。
肌の色が違う。話す言葉も違う。最初は戸惑い、警戒しあっていた人々だったが、身振り手振りの交流の中で、互いに同じ「生き残り」であると知ると、次第に打ち解けていった。
日本のオアシスからは高度な精密加工技術が、ヨーロッパのオアシスからは豊かな芸術文化が、アフリカのオアシスからは厳しい自然を生き抜く知恵が、アークラインを通じて世界中へと広まっていく。
ルナ・サクヤが与えたのは、あくまで「道」という基盤。
その道をどう使い、そこで何を運び、そしてどんな未来を築いていくのか。
それは、再び繋がり始めた、人間たちの手に委ねられていた。




