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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
天空のハルマゲドン、そして祝福の光

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【Side Story】星喰らいの起源 (後編)絶叫する星屑


リリアン文明の狂信的な科学者たちの手によって、アリアの肉体は、無制限の祈願エネルギーを押し込めるための、生きた「容器」と化していった。

その無垢な魂が捕らえられてから、実に十年の歳月が流れていた。


幼かったアリアは、隔絶された聖域にある隔壁の器の中で、十年の間、毎日、毎時間、毎秒、魂を引き裂くような激痛に耐え続けていた。 彼女の瞳は、もはやその輝きを完全に失い、そこに宿るのは、無限の宇宙の深淵を覗き込むような虚ろな光だけ。絶え間なく体中を奔り続ける苦悶の奔流は、もはや日常となっていた。彼女の途切れることの無い叫び声は、聖域の隔絶された空間で、誰にも届くことなく、冷たい壁に吸い込まれてかき消されていく。


十年の歳月は、アリアの肉体を驚くべき変貌を遂げさせていた。その姿は、まるで彫刻家が精魂込めて削り出したかのような、女神もかくやというほどの完璧なまでに美しい容姿へと成長していた。透き通るような肌は、仄かな光を放ち、銀糸のような髪は、まるで星の輝きを集めたかのように揺らめく。しかし、その神々しいほど美しい容姿とは裏腹に、彼女の表情は常に硬く、喜怒哀楽といった感情の機微は失われていた。そして、時折、その美しい唇から、制御できない苦痛の叫び声が漏れ、まるで氷の像が軋むかのように、間断的にその身を震わせては、苦しみもがいていた。それは、神々しいほどに美しく、しかし、見る者の魂を凍らせるほどに哀しい光景だった。


研究者たちは、その全てを冷徹に、そして淡々とモニター越しに観察し、数値を読み上げていく。彼らの白いローブは、まるで感情を覆い隠す仮面のようだった。


「中核処理装置アリアのエネルギー充填率、98%に到達。中核処理装置アリアの管理システムに異常なし、観測値、許容範囲内で安定状態を維持。」


「隔壁内部にてノイズが継続的に発生中。中枢機能への影響についてはほとんどありません。誤差範囲内と判断される。最終充填プロトコルへ移行せよ。」


彼らは、目の前の彼女を、人間として認識することはなかった。ただ、自分たちが作り上げた「想願機ソウル・ジェネレーター」――リリアン人全ての祈願エネルギーを集約・増幅させる巨大な装置――を完成させることだけが、彼らの絶対的な目的であり、全てだった。その装置は、既に星の心臓部と深く結びつき、その鼓動は、リリアン星そのものの命の脈動を凌駕し始めていた。


アリアの精神は、途方もないエネルギーの奔流と共に、リリアン文明のほぼ全ての「知識」を、結果として強制的に吸収させられていた。それは、言語、歴史、科学、芸術、哲学、果てはリリアン人個々の記憶の断片までもが、無秩序に、そして猛烈な速度で彼女の魂へと押し込められる、終わりのない拷問だった。彼女は、望まぬ形で、その文明の光と闇の全てを、その魂に刻み込まれた状態となっていた。


その頃、リリアンの星では、奇妙で恐ろしい異変が、静かに、しかし確実に進行し始めていた。


街路から、かつて光の粒子となって舞い踊っていた人々の願いが消え、街は活力を失い、創造性や感情が薄れていった。人々は互いに目を合わせなくなり、歌声は途絶え、描かれる絵画から色彩が失われていく。それはまるで、星そのものの魂が、静かに枯れていくようだった。大地は潤いを失い、豊かな緑は色褪せ、植物は生命力を吸い取られたかのように枯れ始め、空気は淀み、清らかな水の流れも濁り、星全体から、生命の輝きが失われつつあった。


それは、想願機がアリアへと祈願エネルギーを充填する過程で、アリア自身の「祈願エネルギー」だけでなく、星そのものが持つ根源的な生命力や、そこに暮らす全ての人々の精神エネルギーまでも、無差別に、そして貪欲に吸い上げ始めていたためだった。想願機は、あまりにも強力になりすぎて、その途方もないエネルギーを、もはや科学力では制御しきれなくなっていたのだ。


だが、文明の指導者たちは、この星の異変を、宇宙進出のための「一時的な犠牲」だと、傲慢なまでに解釈し続けた。彼らは、目の前の現実から目を背け、輝かしい未来の幻想に囚われ、想願機への依存をさらに深めていく。その選択が、星を、そしてアリアを、さらなる深淵へと突き落としていくことに、気づく者はもはや居なかった。


そして、ついに破綻の時が来た。


アリアの魂に、無責任な判断で無理やり詰め込まれ続けた途方もないエネルギー量が、彼女の許容限界を遥かに超え、制御不能な臨界点に達したのだ。彼女の魂は、限界を超えたエネルギーによって内側から膨張し、つれて肉の器が軋み、崩壊の音を立て始める。


アリアの魂は、もはやこれ以上の苦痛と、その圧力に耐えきれず、絶望的な悲鳴を上げた。


「――いやあああああああああああああああああああ!!!!」


その絶叫は、物理次元の限界を超え、高次元にまで響き渡る、魂の、そして星そのものの叫びだった。それは、かつて彼女が宿した星の光が、憎しみと苦痛の炎に燃え上がるかのような、おぞましい輝きを放った。


アリアの肉体は、その途方もないエネルギーの奔流に耐えきれず、まるでガラスのように、微かな音を立てて砕け始め、粉々に崩れていく。


「……お……母……さ……」


彼女の最後の、か細い願いは、途中で途切れた。それは、二度と叶うことのない、宇宙の彼方へと消えゆく魂の、最後の囁きだった。


その瞬間、リリアン星全体が、凄まじい光と轟音に包まれた。


アリアの体内に凝縮されていた、純粋な祈願エネルギーと、リリアン星の人々から吸い上げられた生命力、そして、制御不能な科学技術が融合し、高次元へと変質。それは、物理次元の法則を超越し、宇宙の深淵へと向かって、おぞましくも広大な影となって伸び始めた。リリアン星の空は、その存在の出現と共に、おぞましい暗紫色に染め上げられた。


それは、地球の人類が「亜」と呼称することになる、高次元にその本質を置く、宇宙の深淵から現れた、恐るべき存在の誕生だった。


「亜」は、純粋なエネルギーの捕食者。その行動原理は、ただひたすらに、生命力や精神エネルギーといった「願い」を吸収し、己の存在を拡大すること。それは、かつて幼子アリアが抱いていた、純粋な「願い」が、文明の傲慢さと暴走によって歪められ、悪夢のような、星々を喰らい尽くす存在へと変質した姿だった。


「亜」は、誕生と同時に、その巨大な質量と力でリリアン星そのものから全ての生命エネルギーを吸い尽くし、星は瞬く間に生命の輝きを失い、冷たい抜け殻と化した。そして、その強大すぎる力に耐えきれず、リリアン星は、自壊するかのごとく、宇宙の塵と消えた。その最期は、宇宙の彼方から届く、一つの、哀しい絶叫に似ていた。


「亜」は、その星から得た膨大なエネルギーを糧に、さらに強大化し、高次元の空間を漂う「エネルギー吸収ユニット」として、物理次元の星々に微細な「根」を張り巡らせ、新たな獲物を求めて銀河の深淵へと広がり始めた。その拡散の過程で、無数の「分身」や「種子」が宇宙のあちこちに植え付けられ、様々な星の生命エネルギーを吸い上げ、その文明を滅ぼしていった。


それは、銀河宇宙の人類の歴史における、悲劇的な「侵食因子」の始まりであり、そして、月詠朔が地球で戦うことになる、全ての「怪異」の、遠い遠い、悲しい起源だった。

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