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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
天空のハルマゲドン、そして祝福の光

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【Side Story】星喰らいの起源 (前編)無垢なる器

宇宙の、数多の星々が瞬く銀河の片隅に、かつて「リリアン」と呼ばれる、ひときわ輝かしい蒼い星があった。その空は常に透き通り、大地は生命の歌声に満ち、清らかな水が悠久の時をかけて流れていた。


そこに暮らすリリアン人は、個々の生命が持つ「祈願エネルギー」を統合することで、奇跡を具現化する高度な文明を築き上げていた。彼らの都市は、まるで結晶細工のように繊細で、街路には人々の願いが光の粒子となって舞い踊り、空には祈りの結晶が紡ぐ虹色の橋が架かっていた。彼らは、大地に枯れた生命を蘇らせ、病を癒し、干ばつには慈雨を降らせる術を知っていた。リリアン人の日々の営みは、感謝と調和に満ち、その魂は、星そのものの温もりと深く結びついていた。


だが、その飽くなき探求心は、星の彼方、広大な宇宙へと向かっていた。遥か遠くの星々から届く微かな光に、彼らは無限の可能性を見出したのだ。宇宙進出。それは、リリアン人全ての共通の、純粋で壮大な夢だった。


しかし、星の引力すら振り切る途方もないエネルギー、次元の壁を穿ち、光速を超越するほどの偉業は、個々の祈りが織りなす小さな奇跡の積み重ねでは賄いきれない。そこで、彼らは、より強大な、より純粋な祈願エネルギーを「集約」する方法を模索した。その研究は、倫理の境界線を静かに、しかし確実に侵食し始めていた。


そして、その過程で、彼らは一つの、あまりにも残酷な「奇跡」を発見する。


それは、リリアン人の中で、これまで記録された中で最も純粋で、そして「祈願エネルギー」を際限なく吸収し、大量に保持できる稀有な幼子――「アリア」という、たった三つの、無垢な魂を持つ少女だった。アリアの瞳は、生まれた時から星の光を宿したように輝き、その微笑み一つで、周囲の草花がより鮮やかに咲き誇るとさえ言われた。彼女の存在そのものが、リリアン星の恵みそのものだったのだ。


文明の進歩を盲信する指導者たちと、成果に狂信的な科学者たちは、アリアを「未来の聖女」「星の希望」と称して、人里離れた深淵に築かれた、隔絶された聖域に秘密裏に収容した。だが、その実態は、彼女の純粋な魂を、宇宙進出のための生きたエネルギーストレージとして利用するための、冷酷な「実験」の始まりだった。聖域と銘打たれた場所は、幼い彼女にとって、何の光も届かない、冷たい檻でしかなかった。


アリアは、何も知らず、ただ日々の教育の中で、愛する星の未来を願うよう教えられた。彼女は信じていた。自分の願いが、星の、そして人々の幸せに繋がると。彼女は、まだ、両親の顔すら朧げな幼子だったが、与えられた使命に、その無垢な魂の全てを捧げようとした。


そして、彼女が純粋に星の未来を願うたびに、彼女の体へと、目に見えないエネルギーの奔流が、隔壁の向こうから強制的に流れ込んでいった。最初は、温かい光のように感じられたその力は、次第に、幼い彼女には耐え難いほどの重圧となり、やがては、彼女の無垢な魂を、内側から歪に拡大させ、引き裂くかのような激痛を伴った。


初めて体中に走る、焼けるような痛みに、アリアは小さく「あぁ、うぅぅ、や、めてっ」と嗚咽を漏らした。だが、流入するエネルギーは止まらない。痛みは激しさを増し、幼い喉から「いたい、いたいよ……!」という、か細い悲鳴が漏れた。彼女は、隔壁の向こうにいる白いローブの「先生」たちに向かって、震える小さな手を伸ばした。「おかあさん……おかあさん、たすけて……!あぁ。うぐぅう...」懇願するように、幼い体は隔壁に縋り付いた。


しかし、隔壁の向こうの研究者たちは、彼女の悲鳴に何の反応も示さない。彼らの目には、彼女が漏らす苦痛の呻きは、単なる生体反応を示すモニターの数値に過ぎなかった。


「中核処理装置(コードネーム:アリア)の生体反応に軽微なノイズ発生。エネルギー流入安定性への影響は特に認められません。」


「感情的パラメータの上昇を確認。制御は可能と判断。プロトコルX-7を継続。流入量を20%増強」


幼いアリアの悲鳴は、彼らの冷酷な指令室には届かない。彼女の懇願も、ひび割れた声となって、静かな隔壁に吸い込まれるだけだった。助けを求めても、誰も応えはしない。温かい光を宿していた瞳は、次第に、自分を閉じ込める隔壁のように冷たく、そして虚ろな光を宿すようになっていった。彼女の小さな体は、エネルギーの過飽和によって、常に微かに震えていた。笑顔は消え、代わりに、耐え難い苦痛と、そして、この無限の絶望を受け入れるかのような、諦観を秘めた静かな表情が張り付くようになった。


研究者たちは、その様子を、彼女を納めた隔壁容器の向こう側から、無機質な監視カメラのレンズを通して淡々と観測していた。彼らの白いローブは、まるで感情を覆い隠す仮面のようだった。


「データを確認。中核処理装置(コードネーム:アリア)へのエネルギー流入、順調に推移。安定性は良好」


「現時点でのキャパシティは未だ余裕ありと判断できます。さらなる効率化のため、流入量を20%増強。プロトコルX-7を適用」


彼らの声には、感情の欠片もない。科学の発展という大義の名の下に、彼らの心は凍てつき、目の前の幼子を、人間ではなく、ただの「器」としてしか認識しておらず、アリアの微かな呻き声も、彼らにとっては、単なる「動作音」に過ぎなかった。


「目標達成のためには、現時点での最適解である。倫理委員への報告は、保留。プロトコルに従い、充填を続行せよ」


アリアは、もはや自らの意志で願うことも、訴えることもできなかった。ただ、外部から強制的に押し込められる途方もないエネルギーの奔流に耐えることしかできない。彼女の幼い精神は、愛する星の未来のため、そして見知らぬ人々の夢のため、その身を砕かれるような激痛に耐え、限界を超えて踏ん張り続けていた。


それは、あまりにも美しく、そしてあまりにも残酷な、輝かしい星の裏で静かに進められた、悲劇の序章だった。しかし、彼らはまだ知らない。その無垢なる器が、星の夢を叶えるどころか、星々を喰らい尽くす悪夢へと変貌する、恐るべき存在の誕生に繋がることを。

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