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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
序章 六畳間の戦場
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第五話:最初のトリガー(後編)


どれほどの時間が経過しただろうか。

さくの指は、機械のように正確にトリガーを引き続けた。

眼下にいたラビットの群れは、いつしかその数を大幅に減らし、残った個体も明らかに統率を失い、散り散りになって逃げ惑うか、あるいは本能的な恐怖からかその場で硬直していた。


パン、パン、と最後の数匹を仕留めると、ついに屋上から見える範囲には、動くラビットの姿はなくなった。

代わりに残されたのは、おびただしい数の黒い亡骸と、呆然と立ち尽くす人々、そして救護活動に奔走する警官たちの姿だった。

サイレンの音が、まだ遠くで鳴り響いている。


ふぅ、とさくは初めて、意識して息を吐いた。

ライフルの銃身が、微かに熱を持っている。肩には、連続した射撃の反動による鈍い痛みが残っていたが、それすらどこか心地よい達成感に変わっていた。

ゴーグルの端に表示されていた、おそらく弾数を示すであろうゲージは、残りわずかとなっていた。


その時、再び脳内にあの「感覚」が流れ込んできた。


『対象領域における脅威レベル低下を確認。初期ミッション、達成』

『戦闘評価を開始します』


朔の目の前に、半透明のウィンドウが再び現れる。そこには、先ほどまでの戦闘に関する様々なデータが、目まぐるしく表示されては消えていく。

撃破数、命中率、所要時間、被害抑制貢献度……。

まるで、最新鋭のゲームのリザルト画面のようだ。


そして、最後に表示されたのは、総合評価だった。


『総合評価:S』

『ボーナスとして、装備創造における自由度拡張が付与されます。次回以降、より高度な…カスタマイズが可能となります』


「カスタマイズ……」

朔は無意識にその言葉を呟いた。より高度な。それはつまり、自分の理想とする、より隠密で、より強力な装備を作り出せるということだろうか。

わずかに口角が上がるのを感じた。


続けて、別の情報が流れ込んでくる。


『全世界同時発生事象。初期対応完了。貢献度ランキング(暫定)を表示します』


ウィンドウに、リストのようなものが表示された。そこには、様々な記号や、おそらくはコードネームのようなものが並び、その横に貢献度を示す数値が記載されている。

自分の名前は、そこにはない。当たり前だ。

しかし、リストをスクロールしていくと、かなり上位の方に、


『貢献者:コードネーム未登録(エリア:日本国〇〇市) 貢献度:XXX.XX Sランク』


という一文を見つけた。〇〇市というのは、朔が住む市の名前だ。

(これ……私か)

世界で、上位。その事実に、彼女は少しだけ目を見開いた。自分と同じように、今この瞬間、世界中で戦っていた人間がいる。そして、自分はその中でもかなりの成果を上げた。

それは、奇妙な高揚感と、ほんの少しの優越感を彼女にもたらした。


『コードネームの登録を推奨します。登録されない場合、「Unknown」またはランダムな識別子が割り当てられます。登録名は、公的記録及びネットワーク上のランキングに表示されます。活動地域は市町村レベルまで表示されます』


コードネーム。ヒーローごっこのようだと、朔は鼻で笑いそうになった。

しかし、この不可思議な現象が現実である以上、何らかの識別名は必要になるのかもしれない。

本名で登録する気は毛頭ない。

「Unknown」は、あまりにもありきたりで、逆に特定されそうだ。

かといって、何か気取った名前を考えるのも面倒だった。


彼女は、自分の存在が誰にも知られず、特定されず、ただ「いるのかいないのか分からない謎の存在」であり続けることを望んでいた。

だから、選んだのは――


『コードネーム:「 」(空白)を申請します』


声に出さず、そう念じた。

空白。無名。それがいい。


『申請を受理しました。コードネーム:「 」として登録します』


あっさりと受理されたことに、朔は少し拍子抜けした。

これで、ネット上では「名前のない、〇〇市のヒーロー」として記録されるのだろう。

まあ、どうでもいいことだ。


ふと、下界に目をやると、人々が少しずつ落ち着きを取り戻し始めているのが見えた。何人かは、空を見上げ、何かを探しているようだった。

(もう、私の役目は終わりだ)

朔はライフルを背中に戻し、静かに屋上の出口へと向かう。

風が、先ほどよりも少しだけ冷たく感じられた。


自室に戻り、スーツを脱ぐと、途端にどっと疲労感が押し寄せてきた。

ベッドに倒れ込むように横たわる。

天井のシミを見つめながら、今日の出来事を反芻する。


非現実的な体験。圧倒的な力。そして、人を助けたという、今まで味わったことのない感覚。

(私、何やってるんだろう……)

また、あの虚無感にも似た問いが頭をもたげる。

しかし、その問いには、以前とは少し違う響きが混じっているような気がした。


ノートパソコンを開くと、いくつかのニュースサイトのトップには、すでに「謎の怪物、各地で同時出現」「正体不明の飛行物体からの攻撃か」といった見出しが躍っていた。

そして、とある匿名掲示板には、すでに「〇〇市に謎の狙撃手出現!怪物どもを瞬殺!」といったスレッドが立ち、憶測が飛び交い始めていた。

『仮面の美少女ヒーローに違いない』

『いや、軍の秘密兵器だろ』

『とにかく、助かった……ありがとう、名無しさん』


朔は、その書き込みを無表情で見つめながら、小さく息を吐いた。

彼女の日常は、今日、確実に終わった。

そして、誰も知らない「 」(空白)のヒーローとしての、奇妙な二重生活が始まろうとしていた。


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