表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
幕間 忠誠と秘密とケーキの箱
46/56

ひだまりの抜き打ち視察

政府との契約が成立し、賃料問題も活動資金の件も、そして最も重要だと朔が認識していた「怪異災害孤児支援基金」の設立も、全てが滞りなく進み始めていた。小野寺から送られてきた、建設中の孤児院の写真。そこに写し出された、ほんの少しだけれど、確かに安堵と希望を湛えた子供たちの笑顔が、朔の脳裏から離れずにいた。


(……写真だけじゃ、分からないわ。私の目できちんと確認しないと、いけないわね)


それは、合理的、効率的とは、少し異なるとは思われたが、しかし朔の心の奥底で、無視できないほどに強くくすぶる、不思議な感情の萌芽だった。


その日の午後、朔は自室の「聖域」を出た。漆黒の隠密スーツを身に纏い、フードを目深にかぶり、大きなサングラスで顔を覆う。認識阻害をまとうことで、周囲の目も気にせず「堂々と」視察を行う事を決めた。強化された脚力とステルス機能で、人通りの少ない路地を選びながら、〇〇市南々東エリアに建設中の、孤児院「ひだまりの家」へと向かう。


街は、以前の混乱から少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。しかし、それでも、あちこちに残る破壊の爪痕と、人々の心に刻まれた不安の影は、まだ完全に消え去ってはいない。そんな中で、孤児院のある区画は、穏やかな空気が流れているように感じられた。


建設中の孤児院は、まだ真新しい木材の匂いが漂い、壁は柔らかなクリーム色に塗られていた。庭には、小さな遊具がいくつか設置され、まだ少ないながらも、数人の子供たちが駆け回っている。その笑い声は、澄み切った空に吸い込まれるように響き渡り、朔の耳に届いた。


(……あぁ......いいな。)


朔は、孤児院のフェンスに身を寄せ、中を覗き込む。子供たちの無邪気な笑顔。彼らを優しく見守る保育士らしき大人の姿。その全てが、かつての彼女が夢見た、しかし理不尽に奪われた「ひだまり」そのものだった。


あの日の記憶が、鮮明に脳裏に蘇る。紅蓮の炎に包まれ、悲鳴と煙に満ちた孤児院。大切な「家族」と呼べた者たちの、絶望に歪んだ顔。全てを奪われた無力感と、人間への深い不信感。その疼きは、いまだ朔の心の奥底に、くすぶっている。


だが、今、目の前にあるのは、あの時のような絶望ではない。

新しい建物。新しい笑顔。

それは、明るく、あたたかな「光」だった。


(……馬鹿みたい。私がこんな感傷に浸るなんて。無駄だわ)


そう自分に言い聞かせようとしても、心の奥が、じんわりと温かくなるのを感じる。それは、決して不快な痛みではない。むしろ、甘く、そして心地よい熱だった。


その時、孤児院の入り口付近に、見慣れた人影があるのを朔は捉えた。

小野寺拓海だ。今日の予定で、来る事を知っていたから、来るのはわかっていた。

彼は、子供たちの一人と屈み込んで話し込んでいる。その表情は、いつもの政府の官僚としてではない、一人の優しい大人としての、心からの笑みに満ちていた。子供もまた、小野寺になついて、楽しそうに笑っている。


(……小野寺さんも、こんな顔するのね。意外と、子煩悩じゃない)


朔は、思わず、そっと小野寺の方へと近づいた。

彼の耳に届くか届かないかほどの、微かな足音。しかし、警戒心の強い小野寺は、ふと何かを感じ取ったように、子供から視線を外し、朔のいる方向へと顔を向けた。


「ドミニオン…様…?」

小野寺は、目を見開き、朔の姿を見上げた。フードとサングラスで顔は隠されているものの、その独特の装束と、何よりも彼女から発せられる微かながらも圧倒的な「気配」は、紛れもなくあの「名無しの守り人」そのものだった。なぜ彼女がこんな場所に、しかも人目に晒される危険を冒してここにいるのか、小野寺には理解できなかった。


「……小野寺さん。そんなに驚かなくっても。私がここにいても、何もおかしくないでしょ?」

朔は、声のトーンをわずかに変え、感情を読まれないようにしながら、探るように問いかけた。彼女の口調は、どこか皮肉めいていたが、その視線は、隣で小野寺と話している子供へと向けられていた。


「…い、いえ、ただ…このような場所で、お目にかかれるとは…」

小野寺は、言葉を選びながら、居住まいを正した。

「それにしても、随分と熱心ですね、小野寺さん。まさか、あなたがここで、ボランティアをしているとは思いませんでした」

朔は、子供から視線を小野寺に戻し、皮肉めいた口調を続けた。


「…はは、お恥ずかしながら。私も、この基金の設立に関わらせていただいていますので。子供たちの笑顔を見ていると、この仕事の意義を改めて感じますね」

小野寺は、正直に、そして真摯に答えた。彼の言葉には、偽りがなかった。


「……そう。なら、いいわ。まあ、これからもあの子たちを守ってあげてくださいね。約束は、守ってもらうわよ」

朔は、それだけ言うと、小さく息を吐いた。彼の言葉に、嘘はない。その真摯な姿勢が、朔の胸の奥に、確かな信頼感の種を蒔いた。

「……ええ、もちろんです。我々人類の、そしてこの子供たちの未来のために。」

小野寺は、朔の言葉を受けて、力強く頷いた。


朔は、その場を去る前に、ふと、視界の隅に、咲き誇るタンポポの群れを捉えた。

(……あの子たちも、この先、力強く、そして自由に咲き誇れるように)

そんな、純粋な願いが、心の奥に芽生える。


彼女は、子供たちに気づかれないよう、遊具の陰に、小さな透明な袋をそっと置いた。中には、彼女が好んで食べる、色とりどりの、しかし最高級のキャンディが数個入っている。

(……これは、今日の「視察料」とでもしておきましょう。)

朔は、心の中で呟き、その場を音もなく後にした。


孤児院を後にした朔の心には、今までにはない、複雑な感情が渦巻いていた。

それは、かつての自分と重なる子供たちへの、温かい感情。小野寺の真摯な姿勢への信頼。そして、ささやかな、しかし確かな達成感。

その感情は、彼女の人間不信の氷を、ほんの少しだけ溶かしてくれたようだ。


(……悪くないわね、こういうのも。まあ、たまには、ね)


朔の口元に、誰にも見られない、しかし確かに温かい、笑みが浮かんでいた。

彼女の孤独な戦いの道に、ほんの少しだけ、「ひだまり」が差し込んだ。

本日は、この後

15:10 17:00

2話公開予定です。

〜かぐや〜

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ