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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
幕間 忠誠と秘密とケーキの箱
45/72

密会と混乱、そして甘い契約 (後編)


「ぽん!」という、まるで子供のいたずらのような効果音と共に、目の前の人物――「名無しの守りドミニオン」は、再び忽然と姿を消した。

残されたのは、先ほどまで相手が座っていたはずの、東屋の冷たいベンチの感触と、そして、自分の右手にしっかりと握らされた、可愛らしいイラストの描かれたケーキの箱だけだった。


小野寺拓海は、しばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていた。

一体、何が起きたというのだ?

ドミニオン…フードとサングラスで顔の大部分は隠されていたが、その声のトーンや、時折見せる仕草から、小野寺は相手がまだあどけなさの残る少女なのではないかと推測できた。しかし、それ以上のことは何も分からない。そうと感じた性別なども、意図的に誤認されているようにも思われた。この存在が、あのワールドランキングNo.1の、神のごとき力を持つ者…。


その時、公園の外周に配置されていたはずの監視チームの人間たちが、慌ただしく東屋に駆けつけてきた。

「小野寺調査官! ご無事でしたか!?」

「一体、何が…!? 途中で目標を見失い、我々も大混乱で…!」


その声に、小野寺はハッと我に返った。そして、次の瞬間、彼の表情は驚愕から憤慨へと変わった。

「……君たちは、なぜここにいるんだ!? ドミニオンからの条件は『私一人で』ということだったはずだ! この約束違反が、どれほど危険なことか分かっているのか!?」

小野寺の普段の冷静な口調からは想像もつかないほどの、厳しい声だった。監視チームの面々は、その剣幕に一瞬怯んだが、リーダーらしき男が弁解するように口を開いた。

「も、申し訳ありません! しかし、これは上層部からの特命でして…小野寺調査官の身の安全と、そして何よりもドミニオンの情報を…」

「情報だと? 君たちのその行動が、ドミニオンとの貴重な接触の機会を、そしてこの国の未来を台無しにしかねなかったんだぞ!」

小野寺は、怒りを抑えきれないといった様子で言い放った。だが、すぐに深呼吸をして冷静さを取り戻す。今、ここで彼らを詰っても仕方がない。問題は、これからどうするかだ。


内閣府地下、災害対策本部の会議室は、異様な緊張感に包まれていた。

東屋から戻った小野寺拓海は、危機管理監をはじめとする上層部からの厳しい尋問を受けていた。彼の右手には、依然としてあの可愛らしいケーキの箱が置かれている。


「で、小野寺君!一体何があったのか、洗いざらい話してもらおうか!なぜ君は三十分も姿を消していたのだ!?例の『名無しの守り人』…『ドミニオン』とは接触できたのか!?あのケーキは何だ!?」

矢継ぎ早に繰り出される質問に、小野寺は一度深く息を吸い込み、そして、まっすぐに彼らの目を見て答えた。

「はい。我々が『ドミニオン』と呼称している、例の『名無しの守り人』と目される人物と、直接会談を行いました。その者が使用したと思われる何らかの能力により、一時的に別の場所へ移動し、そこで話を伺いました」


「なんと…!して、その正体は?能力は?我々への協力の意思は!?」

危機管理監が身を乗り出す。

「正体に関する具体的な情報、及び、その者が使用した能力の詳細については、一切お話しできません」

小野寺は、きっぱりと言い切った。

「その人物と、固く約束を交わしました。『今日、会って得られた、性別や外観などの情報について、それがどんな些細なことであっても、外部に漏らさないこと。もし、その約束が破られたと判断した場合…今後のやり取りは、一切ありません。そうなったら、この国がどうなっても、私は関知しない』と」

その言葉は、会議室に重い沈黙をもたらした。それは、相手の強大な力を背景にした、紛れもない「牽制」だった。


「……では、会談の成果は、何もなかったということかね?」

しばらくして、別の幹部が、おずおずと尋ねた。

「いえ、そうではありません」小野寺は、少しだけ表情を和らげた。「ドミニオンは、今後の防衛体制について、我々の相談に応じる用意があると示唆してくれました。そして…条件次第では、現在の防衛範囲をさらに拡大することも検討すると」

「それは本当かね!?」会議室に、にわかに活気が戻る。

「はい。具体的な条件については、後日改めてメールで提示されるとのことです。ただ…ドミニオンは、相当な『対価』を要求してくるでしょう。そして、その中には、おそらく、例の『孤児支援』に関する、より踏み込んだ内容も含まれるかと」

小野寺は、喫茶店でのドミニオンの「相談料はケーキとパフェ、本契約の報酬は別」という言葉を思い出し、内心で苦笑した。


「…分かった。小野寺君、君には引き続き、ドミニオンとの交渉窓口を任せる。ドミニオンからの要求は、最大限検討する」

危機管理監は、疲れたように、しかしどこか吹っ切れたような表情で言った。「そして…君がドミニオンと交わした『約束』、我々もそれを尊重しよう。ただし、君は、その『秘密』を墓場まで持っていく覚悟があるのだな?」

「……はい。その覚悟は、できております」小野寺は、力強く頷いた。


その翌日。

小野寺の政府支給の業務用端末に、再びドミニオンから暗号化されたメールが届いた。

内容は、先日の一件に関する、極めて事務的かつ、有無を言わせぬ強い意志を感じさせるものだった。

『件名:先日の一件に関する厳重抗議、及び、再発防止の要求。内閣府災害対策本部 小野寺拓海調査官経由 関係各位。先般、当方との会談に際し、貴殿らが当方の指定した条件を著しく逸脱し、大規模な監視活動及び情報収集活動を行っていた事実を、当方は確認している。当該行為は、当方との信頼関係を著しく損なうものであり、極めて遺憾である。今回に限り、貴殿らの「初犯」であること、及び、小野寺調査官個人の誠実な対応に免じて、特段の対抗措置は講じない。しかし、万が一、今後同様の行為、あるいは当方のプライバシーを侵害するいかなる試みも確認された場合、当方は、日本政府との一切の協力関係を即時破棄する。これは、最終通告であると理解されたい。』


メールを読んだ小野寺は、額に冷や汗をかいた。やはり、全てお見通しだったのだ。

彼は、このメールを直ちに危機管理監に報告した。

緊急招集された対策本部の会議室は、ドミニオンからのメールを読み上げられると、水を打ったような静寂に包まれた。幹部たちは顔面蒼白だった。彼らは、ようやく理解したのだ。自分たちが相手にしているのは、もはやコントロール可能な「力」などではなく、気まぐれで、予測不能で、そして圧倒的なまでに強大な、「何か」なのだと。

「……今後、ドミニオンに対する一切の監視活動、及び、その正体を探る行為を、全面的に禁止する。これは、国家としての決定だ」危機管理監が、絞り出すような声で宣言した。「小野寺君、君には引き続き、ドミニオンとの唯一の窓口として、最大限の敬意と誠意をもって対応にあたってほしい。…頼んだぞ」

「……はい。承知いたしました」小野寺は、力強く、しかしどこか複雑な表情で頷いた。


その日の夜。

小野寺が自室で一人、今日の出来事を反芻し、重いため息をついていた時。彼の私用のスマートフォンに、一件の短いメッセージが届いた。彼がドミニオンとの連絡用に(政府には完全に秘匿して)用意していた、特殊なメッセージアプリへの通知だった。差出人は、もちろん「ドミニオン」と我々が呼称している者。


『小野寺さんへ。先日は、美味しいケーキとパフェ、ごちそうさまでした。特に、あの季節のフルーツパフェ、最高でした。また食べたいな。あと、お土産のケーキも、一人で全部食べちゃいました。色々とお手数おかけしましたが、おかげで楽しい「お茶会」になりました。ありがとう。 P.S. あの喫茶店の窓際の席、日当たり良すぎてちょっと眩しかったかも。次回は、もう少し奥の席がいいな。あと、あのウェイトレスさんのエプロン、よく見たら猫の柄だった。可愛かった。 さく

メッセージの最後には、可愛らしい猫の顔文字が一つだけ添えられていた。そして、その「さく」という署名。


小野寺は、そのメッセージを何度も読み返した。国家を相手に冷徹な警告を発した存在と、この無邪気なメッセージを送ってきた少女(?)が、同一人物だとは信じがたい。思わず、喫茶店でケーキを前にした時の、彼女のフードの奥から漏れた「にひひっ」という楽しそうな声が思い出され、ふっと笑みがこぼれた。

(……「さく」さん、か)

小野寺は、その名前を心の中でそっと呟いた。そして、彼女のメッセージに込められた、ほんの少しの「信頼」を感じ、なぜか心が温かくなるのを感じた。

彼の、そして日本の未来は、この掴みどころのない「名無しの守り人」に託されている。その事実に、彼は、もはや絶望ではなく、どこか奇妙な、そしてほんの少しだけワクワクするような予感を抱き始めていた。


本日は、この後

12:10 15:10 17:00

3話公開予定です。

〜かぐや〜

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