表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
幕間 忠誠と秘密とケーキの箱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/197

星影の救済者と囁かれる名

月詠朔つきよみさくが日本政府との間で、前代未聞の「契約」を勝ち取ってから、まだ数日も経たない頃。

世界は、第四次、第五次と立て続けに襲来する怪異――凶暴化したファングキャット・改と、新たに空から襲い来るスティンガーバットの群れによって、まさに阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とされていた。

日本の〇〇市南々東エリアとその周辺だけが、まるで神の結界に守られたかのように静寂を保っている一方で、それ以外の地域、そして世界の国々は、もはや国家としての体裁を保つことすら困難な状況に陥りつつあった。


その頃、月詠朔つきよみさくの六畳間


「……ふーん、今回は大盤振る舞いね、あの『システム』も」

いつものように、自室で新しい「オモチャ」の設計に没頭していたさくの脳裏に、不意に、あの「システム」からの「感覚」が流れ込んできた。

それは、いつもの襲撃予告とは異なり、まるでオンラインゲームの緊急クエストリストのような形式だった。

画面(もちろん脳内投影だ)には、世界地図上に複数の赤い警告アイコンが点滅し、それぞれの座標、脅威レベル、そして「クリア報酬」として提示される様々な種類の「特別リソースパッケージ」の名称がリストアップされている。


『緊急支援要請:複数座標における高ストレス負荷反応を検知。各座標の脅威排除に成功した場合、指定のリソースパッケージを供与。複数同時遂行、あるいは選択的遂行、いずれも可。詳細は各座標データを参照のこと。なお、一部座標からは、特定の識別コードを持つエージェントへの直接的支援要請が確認されている』


(……特定の識別コード? ああ、私のことね、No.1の。へえ、そんなこともできるんだ、あの『システム』。まあ、手間が省けていいけど)


さくは、リストを眺めながら、まるでレストランのメニューを選ぶかのように、いくつかの座標をピックアップしていく。

北米大陸の、かつて大都市だった場所の、陥落寸前のシェルター。

ヨーロッパの古都で、最後の抵抗を試みている騎士団の生き残り。

南米のジャングル地帯で、未知の怪異に包囲された研究施設。

そして、アフリカの乾燥地帯で、水と食料を求めて移動する難民のキャラバンを襲う、大規模なラビット・ホーンの群れ。


(……まあ、これ迄だったら無理だったけど、今ならリソースも有り余ってるし。新しい『空間制御技術』と、改良した『ステルス機能付き広域殲滅兵器』のテストには、ちょうどいい獲物たちじゃない。それに、名指しで頼られちゃったら、ちょっとは応えてあげないと、後で面倒なことになりそうだしね。報酬も美味しいし)


さくの口元に、いつもの不敵な、そしてどこか楽しげな笑みが浮かんだ。

彼女は、メインコンソールに向かい、ピックアップした複数の座標への「同時介入」プランを、瞬時に構築していく。


そして、その数時間後。世界各地で、ほぼ同時に「不可解な救済」が起きた。


北米の陥落寸前のシェルターでは、リーダーのジャックが、仲間たちに「最後の命令だ!各自、生き残るために全力を尽くせ!」と叫んだ直後、シェルター全体が淡い光のドームのようなものに包まれ、外部からの攻撃が完全に遮断された。そして、シェルター内に侵入していたファングキャットたちが、見えない力によって次々と行動不能に陥り、最後には塵となって消え去った。

生き残った者たちは、何が起きたのか理解できないまま、ただ呆然と顔を見合わせ、そして、堰を切ったように泣き崩れ、互いの無事を喜び合った。神の奇跡か、あるいは幻か。誰もが、その超常的な救済に言葉を失っていた。


ヨーロッパの古都では、老騎士が最後の力を振り絞り、仲間を逃がすために単身突撃しようとした瞬間、彼らを包囲していた怪異の群れが一瞬にして凍りつき、そして粉々に砕け散った。老騎士と若い騎士たちは、目の前で起きた信じられない光景に、ただ立ち尽くすしかなかった。これは一体、何者の仕業なのか?


南米のジャングルでは、研究施設の職員たちが、怪異の鳴き声に怯えながら最後の通信を試みていた。「…こちら、アマゾン第3セクター…応答願ウ…モシ、コレヲ聞イテイル『システム』、あるいは我々を救い得る『上位存在』ガイルナラ…どうか、この絶望的状況カラ…救援ヲ…!」

その言葉を最後に、通信は途絶えた。職員たちは、もはやこれまでかと覚悟を決め、迫りくる怪異の咆哮に身を固くした。数分が永遠のように感じられた、その時だった。突如として、周囲の怪異の気配が、まるで陽炎のように掻き消えたのだ。彼らは、恐る恐る外の様子を伺ったが、そこには静寂だけが広がっていた。


アフリカの乾燥地帯では、難民キャラバンの長老が、天に向かって古の言葉で祈りを捧げていた。「…大いなる星々の調停者よ…もし我らの声が届くなら…どうか、この民に救いの手を…我らのSOSに応えてくれるという、遥か東の『救い主』へと、この祈りを届けてくれたまえ…!」その祈りが終わるか終わらないかのうちに、彼らを襲っていたラビット・ホーンの群れは、巨大な砂嵐に巻き込まれたかのように消滅した。人々は、何が起きたのか理解できないまま、ただ呆然と、その光景を見上げていた。


これらの「不可解な救済」は、ほぼ同じ時間帯に、世界の異なる場所で発生した。

助けられた人々は、その直後はただ茫然とし、生き残った喜びを分かち合うだけだった。

しかし、少しずつ落ち着きを取り戻し、冷静に状況を分析し始めると、その救済があまりにも人知を超えたものであることに気づき、言いようのない畏怖の念を抱き始める。あれは本当に人間の成せる業なのか? それとも、何か別の、高次元の存在による干渉だったのか?


そして、それぞれの場所で、救いを求めて「システム」にSOSを発信した当事者たち――ジャック、老騎士、研究施設の通信担当者、難民の長老――の脳裏にのみ、 あの冷たく無機質な「感覚」が、再び流れ込んできた。


『緊急支援要請、対象座標における脅威排除を確認。ワールドランキングNo.1、識別コード「 」(空白)のエージェントにより、作戦は成功裏に完了。当該エリアの安全は一時的に確保されました。第五次侵攻、一時的終息を確認』


その通知を受け取った当事者たちは、息を飲んだ。

自分たちが発したSOSが、確かに「システム」を通じて、「ワールドランキングNo.1」と称される存在に届き、そして、その結果として、この奇跡がもたらされたのだと。

彼らは、その事実をすぐには信じられなかった。あまりにも突拍子もない話だ。だが、目の前で起きた現実と、脳内に直接響く「システム」からの通知は、それを疑う余地を与えなかった。

感謝の念と共に、彼らの心には、その絶対的な力を持つ「No.1」に対する、深い畏怖の念が刻み込まれた。

「彼が、我々の声に応えてくれた…そして、その力は、まさに神のごとし…」と。

この情報は、彼ら当事者が心から信頼している者たち以外に話されることは無かった。多くの他の生存者たちに話したところで、すぐには信じてもらえないだろうし、下手に広まれば混乱を招くだけだと考えた。彼ら、静かに「No.1」への感謝と畏敬の念を抱き、今、生きていられることを喜び合った。


これらの情報は、世界的な通信網の寸断と混乱、そして何よりもその情報の特異性ゆえに、すぐには他国の中枢機関――例えばユニオン・シールドや、日本の災害対策本部など――には正確には伝わらなかった。

ユニオン・シールドでは、「原因不明だが、いくつかの重要拠点が奇跡的に持ちこたえた。おそらく、我が国の隠れた英雄たちの活躍だろう」という、希望的観測に基づいた報告がなされていた。


そして、その全ての「奇跡」を引き起こした張本人は。


「……ふぅ、まあ、こんなものかな。リソースもたんまり手に入ったし、新しいオモチャのデータも取れたし。それにしても、名指しで頼られるってのも、悪くない気分ね。ちょっとだけだけど」

月詠朔つきよみさくは、六畳間のベッドの上で大きく伸びをしながら、満足げに呟いた。

モニターには、今回の「遠征」で得られた膨大な戦闘データと、そして「システム」から送られてきた、山のような「特別リソースパッケージ」の受領通知が表示されている。


この一件は、世界のパワーバランスと、そして「システム」のさくに対する評価を、さらに大きく揺るがすことになる。

そして、やがて断片的な情報が繋がり始めた時、日本政府は、自分たちが「契約」した相手が、どれほど規格外の存在であるかを改めて思い知り、海外諸国は、日本の「サクヤ」が、実は世界規模で暗躍する「ワールドランキングNo.1」そのものであるという事実に戦慄することになるのだが…それは、もう少し先の話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いきなりサクヤってどこから出てきたのか、世界各地への遠距離攻撃はどうやったのか、説明がほしい。 テレポートの距離が伸びたのか、攻撃自体の射程が伸びたのか。光や砂嵐はどうやって起こして、どうやって敵だ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ