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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第二章 家賃上げるんなら出ていくよ

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第五話:証明の代償と見えざる手の温情


数日後、月詠朔の「警告」は、その日、現実のものとなった。

日本各地、そして世界の主要都市に、第四次となる怪異の襲撃が開始された。

今回は、さらに凶暴性を増した「ファングキャット・改」とでも呼ぶべき新型に加え、小型で飛行能力を持つ「スティンガーバット」なる新種の怪異も出現し、地上と空からの同時攻撃という、これまで以上に厄介な戦術で人々を襲い始めた。


そして、朔が事前に宣言した通り、彼女の「守護」は、今回、被害が深刻化している「××県△△市北部周辺エリア」に限定されていた。

その結果――。


〇〇市南々東エリア、かつての「奇跡の街」は、今、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

「スカイフォール・スナイパー」という絶対的な守護者を失ったその場所は、他の都市と同様、いや、むしろこれまで安全だったという油断からか、危険と隣合わせの環境で無かった為か、より一層無防備な状態で怪異の蹂躙を受けていた。

政府が急遽派遣した自衛隊の精鋭部隊や、協力関係にある能力者団体も、確かに奮戦はしている。しかし、空からのスティンガーバットの奇襲と、地上を疾駆するファングキャット・改の猛攻の前に、彼らの防衛ラインは為すすべも無く、街の奥深くまで怪異の侵入を許してしまっていた。

建物は破壊され、火の手が上がりはじめ、逃げ惑う人々の悲鳴が絶え間なく響き渡る。

かつての「奇跡」は、どこにも存在しないかのようだった。


内閣府地下、災害対策本部。

「…厳しい状況になりましたね…。スカイフォール・スナイパーの護りが無くなれば、こうなってしまう...か...」

小野寺は、モニターに映し出される〇〇市の惨状を、唇を噛み締めながら見つめていた。

もっと早く、自分が動けていれば。あるいは、政府が彼女の最初の警告を真摯に受け止めていれば。そんな詮無い後悔が、彼の胸を締め付けた。


彼の隣では、先日まで威勢の良かった課長が、今はただ茫然自失の体で椅子に座り込んでいる。危機管理監も、苦渋に満ちた表情で、現場からの報告を険しい顔で聞き入っていた。

彼らは、自分たちの判断の甘さと、そして「名無しの守り人」の言葉の重さを、今、骨身に染みて理解していた。

このままでは、〇〇市は壊滅する。いや、それだけでは済まない。ここに避難していた数十万の民の命と、政府の威信そのものが、失墜する。


「…総理に、報告を…いや、もはや、あの『守り人』の要求を全面的に受け入れるしかないのでは…」

危機管理監が、絞り出すような声で言った。

プライドも、国家の体面も、もはやどうでもいい。ただ、この悪夢を止めてほしい。それが、その場にいる全員の偽らざる思いだった。


その時、だった。

〇〇市南々東エリアの、まさに怪異の侵攻が最も激しい中心部。

建物の屋上から、あるいは、どこかもっと高次元の場所からか。

突如として、不可視の何かが、空を舞うスティンガーバットの群れを、まるで薙ぎ払うかのように一掃した。

次いで、地上で暴れ回っていたファングキャット・改の群れも、一瞬にしてその動きを止め、次々とその場に崩れ落ちていく。

それは、あまりにも唐突で、あまりにも一方的な「介入」だった。

前回までの、空中で敵を蒸発させるような派手な演出はない。ただ、静かに、しかし確実に、脅威だけが消滅していく。

まるで、熟練の外科医が、悪性の腫瘍だけを的確に摘出していくかのように。


「……な、何が起きているのだ…!?」

対策本部の誰もが、モニターに映し出された光景に息を飲んだ。

混乱は続いている。街は傷つき、人々は怯えている。

だが、明らかに、怪異の勢いは急速に衰え、そして、やがて完全に沈黙した。


(……よかった...彼は…見捨ててはいなかった…)

小野寺は、安堵と、そして形容しがたい畏敬の念を込めて、そう思った。

これは、間違いなく「名無しの守り人」の仕業だ。

彼は、宣言通り、このエリアの直接的な防衛は放棄した。だが、致命的な被害となる前に、その圧倒的な力の一端を見せつけたのだ。

それは、慈悲なのか、それとも計算なのか。


――その数時間後。

混乱がようやく収束し始めた政府中枢に、再び、あの暗号化されたメールが届いた。


『件名:Re:Re: 先日の「証明」について、及び、最終通告


関係各位


本日の出来事をもって、当方の存在及び能力についての「証明」は、十分に果たされたものと判断いたします。

貴殿らが、〇〇市南々東エリアの防衛がいかに脆く、そして当方の不在がいかなる結果を招くかを、身をもってご理解いただけたのであれば幸いです。


さて、改めて申し上げますが、当方の要求は変わりません。

1.指定慈善団体への寄付。

2.全国規模での恒久的な孤児支援施設の設立と運営。

3.当方への活動資金の提供(金額は貴殿らで誠意をもって決定のこと)。


これらの要求に対し、72時間以内に、前向きかつ具体的な回答がない場合、当方は、今後一切、日本のいかなる場所の防衛にも関与いたしません。

今回は、ある程度の「手加減」をいたしましたが、次はございませんので、その点、くれぐれもご留意ください。


賢明なるご判断を期待しております。


名無しの守り人(仮)』


メールを読んだ危機管理監は、深いため息をつき、そして、傍らにいた小野寺に静かに言った。

「……小野寺君。君に、この『名無しの守り人』との交渉の全権を委任する。手段は問わん。何としても、彼の要求を最大限受け入れ、そして、この国を守ってもらうのだ。…いいね?」

「……はっ!承知いたしました!」

小野寺は、緊張と、そしてほんの少しの武者震いを覚えながら、力強く頷いた。

彼の戦いは、まだ始まったばかりだった。


そして、その頃。

〇〇市南々東エリアを見下ろせる、どこかのビルの屋上で、月詠朔は、静かに夜景を眺めていた。

手元のタブレットには、今回の「限定的な介入」による戦闘データと、そして、政府に送ったメールの送信完了通知が表示されている。

彼女の口元には、満足げな、そしてどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。


(……さて、これで少しは静かになるかな。なんとか、亡くなる人も出さなくて済んだみたいだし、家賃問題も、これで解決するといいんだけど)


彼女の視線の先には、まだ傷跡の残る街と、しかし、それでも微かに灯り始めた希望の光が見えていた。

その光を、自分が灯したのだという自覚は、やはり彼女には薄い。

だが、この「ゲーム」が、少しだけ面白くなってきたような気がするのも、また確かだった。


「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」

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