第四話:狼狽と叱責、そして迫る選択
月詠朔からの第二弾メールは、政府中枢に、前回とは比較にならないほどの衝撃と混乱をもたらした。
「本日をもって防衛活動を縮小」「××県△△市北部周辺エリアのみを防衛」「〇〇市南々東エリアは各自で防衛準備を」――その内容は、彼らが最も恐れていた事態、すなわち「スカイフォール・スナイパー」による防衛の放棄(一部とはいえ)を、明確に宣言するものだったからだ。
災害対策本部の会議室は、再び重苦しい雰囲気に包まれていた。
小野寺拓海は、モニターに映し出されたメールの文面を、厳しい表情で見つめている。
その隣では、先日「ホンモノなのぉ~?」と嘲るように言った課長が、今は顔面蒼白で、額に脂汗を滲ませていた。
「ば、馬鹿な…!本当に、あの『守り人』とやらは、〇〇市の防衛を放棄するというのか!? 人としての良心と言うものを持っていないのかっ!なんてやつだっ!」
課長が、震える声で怒鳴りちらした。
「課長…。文面を見る限り、これは本気でしょう。そして、もしこの宣言通りに事が進めば…次回の襲撃で〇〇市南々東エリアがどうなるか、想像に難くありません」
小野寺は、冷静に、しかし有無を言わせぬ口調で答えた。
彼の脳裏には、あのエリアの異常なまでの安全性を支えていた「何か」が失われた時、そこに群がるラビットやファングキャットの姿が、ありありと浮かんでいた。
「し、しかしだな! 我々にはまだ、アレが本当に『スカイフォール・スナイパー』本人からのメールだという確証がない! もしかしたら、我々を混乱させるための、敵対勢力の巧妙な罠かもしれないじゃないか!」
課長は、なおも往生際悪く言い募る。その言葉は、もはや論理的な反論ではなく、ただ自分の判断ミスから目を背け、責任を回避しようとする、見苦しい自己弁護にしか聞こえなかった。彼の額には脂汗が滲み、その目は不安げに揺れていた。
その時、会議室の扉が勢いよく開き、内閣危機管理監が、まるで怒りのオーラをまとったかのように、鬼のような形相で入ってきた。彼の後ろには、数人の秘書官たちが、緊張した面持ちで、しかし迅速に資料を準備しながら続いている。
「――課長! 君は、一体何をしていたんだ!!」
危機管理監の、腹の底から絞り出すような、しかし雷鳴のように鋭い怒声が、室内に響き渡った。その声の圧力に、課長はびくりと肩を震わせる。
「先日、小野寺君から、この『名無しの守り人』からの最初のコンタクトについて、詳細な報告と緊急対応の進言があったはずだ! なぜ、あの時点で、もっと真摯に対応しなかった!? なぜ、事態がここまで悪化するまで、有効な手を打とうとしなかったんだ!」
危機管理監の目は、血走っているかのようだった。彼は、この数時間、おそらく眠る間もなく情報収集と対応策の検討に追われていたのだろう。その疲労と焦りが、怒りとなって噴出していた。
「そ、それは…その…メールの信憑性が、どうしても確認できませんでしたので…まずは慎重な情報収集を優先すべきかと…」
課長は、しどろもどろに、震える声で弁解しようとする。だが、その言葉は、危機管理監の怒りの火に油を注ぐだけだった。
「信憑性だと!? ふざけるな!」
危機管理監は、机を拳で強く叩きつけた。重々しい音が会議室に響き、出席者たちの背筋が伸びる。
「〇〇市南々東エリアの、あの異常なまでの被害の軽微さ! あのエリアが、我々にとってどれほど重要な戦略拠点となっているか! それを維持し、守り抜くことが、現時点での最優先事項であると、何度言ったら分かるんだ! 君のその『慎重な情報収集』とやらが、どれほどの時間を浪費し、そして今、どれほどの国益を損なおうとしているか、本当に分かっているのかね!?」
その言葉の一つ一つが、鋭い刃のように課長に突き刺さる。
「もし、あのエリアの安全が、このまま完全に失われたらどうなる!? そこに避難している数十万の国民の命が、今まさに危険に晒されているんだぞ! それだけではない! 我々が極秘裏に移設を進めていた、国家の重要機能のバックアップシステムも、全てが水泡に帰すことになる! その責任を、君は、一体どう取るつもりだね!?」
危機管理監の言葉は、もはや怒りを超えて、絶望に近い響きを帯びていた。
課長は、もはや何も言い返せず、ただ俯いて、まるで嵐に打たれたように小さく震えるだけだった。その姿は、哀れというよりも、むしろ滑稽ですらあった。かつての尊大な態度は見る影もなく、ただ無力な男がそこにいるだけだった。
(…まあ、自業自得、か)
小野寺は、その光景を冷めた目で眺めていた。確かに、少しだけ胸のすく思いがしないでもなかった。だが、今はそんな個人的な感情に浸っている場合ではない。問題は、この絶望的な状況を、どうやって打開するかだ。そして、その鍵を握っているのは、おそらく――。
「…危機管理監。今からでも、彼の要求に応じることはできないのでしょうか?」
小野寺が、恐る恐る口を開いた。
「要求だと? ふざけるな! あのような一方的で、国家を恫喝するような要求に、我々が屈するとでも思うのかね!」
危機管理監は、吐き捨てるように言った。だが、その声には、先ほどの怒りとは裏腹に、どこか弱々しさが混じっているのを、小野寺は見逃さなかった。
彼もまた、内心では、この「名無しの守り人」の力を無視できないと理解しているのだろう。だが、国家の体面が、それを許さない。
「…しかし、現実問題として、次回の襲撃は刻一刻と迫っています。〇〇市南々東エリアの防衛体制を、急遽強化する必要があるのでは?」
「もちろんだ。自衛隊及び警察の特殊部隊、そして協力関係にある能力者団体の中から、選りすぐりの精鋭を、直ちに〇〇市へ派遣する。何としても、あのエリアの安全は死守せねばならん」
危機管理監は、そう断言したが、その言葉には、どこか悲壮な覚悟が漂っていた。
小野寺には分かっていた。たとえどれだけの戦力を投入したところで、あの「スカイフォール・スナイパー」一人の穴を埋めることなど、到底不可能だということを。
会議室は、再び重苦しい沈黙に包まれた。
誰もが、これから起こりうる最悪の事態を予感し、そして、自分たちの無力さを噛み締めている。
「名無しの守り人」――そのたった一人の存在が、今や国家の安全保障を根底から揺るがす、巨大なジョーカーとなっていたのだ。
そして、そのジョーカーは、今頃、六畳間の「聖域」で、次の「ゲーム」の展開を、ほくそ笑みながら見守っているのだろうか。
あるいは、全く別の場所で、新たな「狩り」の準備を淡々と進めているのだろうか。
政府の人間たちには、もはやそれを知る術も、そして、それに介入する力も、残されていなかった。
彼らにできるのは、ただ、次なる「審判の時」を、固唾を飲んで待つことだけだった。
「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」
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はいどーも! 皆様、今回のおはなし、いかがでしたでしょうか?
いやー、それにしても政府の皆さん、見事に朔ちゃんの最初のメールをスルー!というか、丁寧にお断り!でしたね!
「信じられないから何もできません。困ってるならちゃんと相談してね(はあと)」って!
朔:「……別に、驚くことじゃないでしょ。匿名の、しかもあんな胡散臭いメールに、いきなり『はい、分かりました。お金振り込みます』なんて返事してくる組織があったら、そっちの方がよっぽど問題だわ」
おっと、朔ちゃん、意外と冷静な分析!
確かに、そうですよねー。正体不明の相手に、いきなり大金払うなんて、普通の組織じゃまず無理! そんなことする上司がいたら、その人の方が「大丈夫か?」って心配になっちゃいますもんね!
朔:「当たり前でしょ。だから、ああいう返事が来るのは、最初から計算済み。むしろ、ああいう『まともな』対応をしてくれたからこそ、次の手が打ちやすかったんだけど?」
な、なんですとー!?
じゃあ、あの最初のメールは、政府がどう出てくるかを見るための、いわば「観測気球」みたいなものだったってこと!?
そして、あのゼロ回答すらも、朔ちゃんのシナリオ通りだったと!?
朔:「……まあ、そんなところね。彼らが『証明しろ』って言うなら、一番分かりやすい方法で『証明』してあげただけだし。おかげで、次の交渉はこっちの言い値で、しかもおまけ(孤児支援)までつけさせられたんだから、結果オーライでしょ? ふひひっ」
(出た! 朔ちゃんの悪い顔「ふひひっ」!)
いやはや、恐れ入りました、朔様!
つまり、あの玉虫色の「ゼロ回答」は、政府としてはある意味「正しい判断」だったけど、それすらも利用して、もっと大きな要求を飲ませるための壮大な前フリだった、と!
読者の皆さん! 政府の対応にヤキモキしたかもしれませんが、あれはあれで、組織としては間違ってなかったんですよー! ただ、相手が悪すぎただけで…!
朔:「……別に、私が悪いわけじゃないし。彼らが勝手に、私の手のひらで踊ってくれただけだから。まあ、おかげで美味しいケーキにもありつけたし、結果的にはwin-win…いや、私の方がちょっとだけ得したかな? にひひっ」
(完全に楽しんでるな、この子…!)
と、いうわけで! 今回は、意外と常識的な政府の皆さんと、それを遥かに上回る朔ちゃんの策略(?)が垣間見えた回でございました!
果たして、この後、政府は朔ちゃんの要求をどう受け止めるのか!? そして、小野寺さんの胃は大丈夫なのか!?
乞うご期待! ……と言いたいところですが、もうこの後の展開は皆様ご存知でしたね!
それでは、また次回のあとがき(があるかは分かりませんが!)でお会いしましょう!
以上、作者の輝夜と!
朔:「……別に、あとがきなんてどうでもいいけど。ちゃんと私の活躍、面白く書きなさいよね」
(はい!肝に銘じます!)
ツンデレ広報担当(兼、超絶策略家)の月詠朔がお送りしました!
まったねー!




