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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第二章 家賃上げるんなら出ていくよ

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第三話:証明と代償


月詠朔つきよみさくが送信した、暗号化された「宣戦布告」メールは、政府中枢に静かな、しかし確実な波紋を広げた。

特に、災害対策本部で情報分析にあたっていた小野寺拓海は、そのメールの内容と、文面に込められた尋常ならざるプレッシャーに、背筋が凍る思いだった。

「名無しの守り人(仮)」――間違いなく、あの「スカイフォール・スナイパー」からのコンタクトだ。そして、その要求は、あまりにも具体的で、かつ切迫していた。


小野寺は、すぐさま上層部に報告し、緊急に対応を協議するよう進言した。〇〇市南々東エリアの異常なまでの安全性が、この「守り人」の存在によって担保されている可能性が高いこと。そして、もし彼(あるいは彼女)が本当にエリアを放棄した場合、その影響は計り知れないことを力説した。


しかし、巨大な官僚組織の壁は、厚く、そして硬直していた。


「……で、小野寺君。その『名無しの守り人』とやらが、本当に例の『スカイフォール・スナイパー』だと、どうやって証明するのかね?」

数日後、対策本部の会議室で、小野寺の上司である課長は、心底うんざりしたような顔で言った。

「匿名のメール一本だぞ? いたずらかもしれないし、あるいは、この混乱に乗じた便乗犯の可能性だってある。そもそも、発信元が特定できない以上、相手が何者なのか、本当に実在するのかすら、我々には確認のしようがないじゃないか」

「しかし、メールの内容は、我々が把握している〇〇市の状況と奇妙に一致します。そして、あのエリアの防衛能力は、明らかに突出しています。偶然とは考えにくいかと…」

小野寺は食い下がったが、他の出席者たちの反応も芳しくなかった。

「仮に、本当にそんな強力な能力者がいるとしてだ。なぜ今まで名乗り出てこなかった? なぜ我々に協力しようとしない? 我々は能力者の登録を呼びかけているというのに」

「それに、要求も一方的すぎる。『家賃を払え、さもなくば出ていく』だと? まるで脅迫じゃないか。そんなものに、国家が易々と応じられるわけがないだろう」


「ホンモノなのぉ~?」

誰かが、嘲るように言った。

結局、会議の結論は「現時点では、当該メールの信憑性は確認できず、具体的な対応は見送る。引き続き情報収集に努めること」という、お役所的な玉虫色のものに落ち着いた。

小野寺は、無力感と焦燥感に唇を噛んだ。彼には分かっていた。この決定が、取り返しのつかない事態を招く可能性を。


――そして、その数日後。

朔の元には、予想通りの「回答」が、やはり暗号化されたメールで届いた。

内容は、丁寧な言葉で糊塗されてはいたものの、要約すれば「あなたの言うことはよく分からないし、信じられないので、現時点では何もできません。でも、もし本当に困っているなら、正式な手続きを踏んで相談してくださいね」という、ゼロ回答に等しいものだった。


(……やっぱり、こう来たか。まあ、想定内だけど)


朔は、そのメールを一瞥すると、特に感情を動かすこともなく削除した。

彼女は、最初から政府が素直に要求を飲むなどとは思っていない。これは、あくまで最初のジャブ。相手の出方を見るための布石だ。

そして、相手が「証明しろ」と言うのなら、その望み通り、分かりやすく「証明」してやればいい。


さくは、再びメインコンソールに向かい、新たなメールを作成し始めた。

送信先は、前回と同じ政府中枢のリスト。


『件名:Re: 先日のご回答について、及び、当方からの最終提案


関係各位


先日は、ご丁寧な「ゼロ回答」をいただき、誠にありがとうございました。

貴殿らが、当方の存在及び能力について懐疑的であることは理解いたしました。

つきましては、誠に遺憾ながら、当方は〇〇市南々東エリア及びその周辺における防衛活動を、本日をもって一時的に縮小させていただきます。


具体的には、今後発生するであろう次回の「脅威」に対し、当方が直接防衛を行うのは、現在最も人的被害が深刻で、かつ、貴殿らの手が十分に回っていないと推察される「××県△△市北部周辺エリア」に限定いたします。

〇〇市南々東エリア及びその周辺につきましては、貴殿らにおいて、万全の自衛準備を整えておかれることを強く推奨いたします。

この行動をもって、当方の存在証明及び能力の一端をご理解いただければ幸いです。


さて、その上で、改めて当方からの要求を提示させていただきます。

前回提示した「居住権の保証」に加え、以下の事項を要求いたします。

1.今回の貴殿らの不誠実な対応に対する「迷惑料」として、当方が指定する複数の慈善団体に対し、総額〇〇億円の寄付を行うこと。寄付先及び金額の内訳は、後日改めて指示いたします。

2.全国の「怪異災害孤児」を対象とした、恒久的な支援施設の設立及び運営基金の創設。その規模及び内容は、当方が納得できるレベルのものであること。

3.当方が、今後も〇〇市南々東エリア及びその周辺(あるいは、当方が任意に指定するエリア)の防衛を継続する場合、その「対価」として、貴殿らが妥当と判断する額の活動資金を、定期的に当方が指定する方法で提供すること。金額については、そちらでご提示ください。当方がその額に納得できない場合、あるいは上記1及び2の要求が満たされない場合は、当方は速やかに〇〇市を離れ、以降、日本のいかなる場所の防衛にも関与いたしません。


回答期限は、次回の「脅威」が終息した後、72時間以内とさせていただきます。

今度こそ、誠意ある、そして具体的なご回答を期待しております。


名無しの守り人(仮)』


(……さて、これでどう出るかな)


メールを送信し終えた朔の口元には、確信に満ちた、そしてどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。

自らの防衛範囲を意図的に変更することで、その力を証明し、かつ、政府に多大なプレッシャーを与える。そして、その上で、さらに強気な要求を突きつける。

それは、まさに「ワールドランキングNo.1」の貫禄と、彼女ならではの計算高さが融合した、鮮やかな一手だった。

彼女は知っていた。次に「脅威」が現れた時、〇〇市南々東エリアがどうなるかを。そして、その時、政府がどれほど慌てふためき、そして、このメールの真の意味を理解するかを。


これは、もはや単なる家賃交渉ではない。

月詠朔という「個」が、国家という「組織」に対して仕掛けた、前代未聞のパワーゲームの始まりだった。


「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」

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