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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第二章 家賃上げるんなら出ていくよ

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第一話:青天の霹靂、あるいは理不尽な請求書


絶対的な静寂と安全が保証された、月詠朔の六畳間。

その完璧な「聖域」に、ある日、一通の無粋な郵便物が届けられた。

それは、このマンションの管理会社から送られてきた、何の変哲もない茶封筒だった。

朔は、インターホン越しに配達員と一言二言交わし(もちろん、顔は見せずに)、ポストに投函されたそれを受け取った。


(……なんだろう。また何か、面倒な点検のお知らせとかかな)


特に気にも留めず、朔は封筒を開けた。

中には、一枚の書類と、時候の挨拶から始まる丁寧な、しかしどこか他人行儀な文面が記された手紙が入っていた。

手紙の差出人は、このマンションの所有者、つまり大家だった。

朔は、その手紙を読み進めるうちに、眉間に深い皺が刻まれていくのを自覚した。


『拝啓 月詠 朔 様

時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

さて、昨今の社会情勢の著しい変化、並びに当マンションが位置する〇〇市南々東エリアの不動産価値の急激な高騰を受けまして、誠に恐縮ではございますが、貴殿にご入居いただいております703号室の賃料を、半年後より改定させていただきたく、ここにご通知申し上げる次第でございます。

つきましては、改定後の新賃料は、現行賃料の十倍となりますことを、あらかじめご承知おきください。

何卒、諸般の事情をご賢察の上、ご理解賜りますようお願い申し上げます。

なお、本改定にご同意いただけない場合は、誠に残念ながら、現行契約期間満了をもちまして、ご退去いただくこととなります。

詳細につきましては、同封の書類をご確認ください。 敬具』


(…………は?)


朔は、手紙を持つ手が微かに震えているのに気づいた。

新賃料、現行の十倍。

同意できなければ、退去。

それは、あまりにも一方的で、あまりにも理不尽な通告だった。


確かに、このエリアの不動産価値が異常なまでに高騰していることは、彼女もネットの情報で知っていた。

「奇跡の街」と持て囃され、安全を求める人々が殺到し、物件価格も家賃も、天井知らずで上昇している、と。

その「奇跡」を、誰が、何がもたらしているのか、大家は知る由もないのだろう。

いや、あるいは、知っていても知らなくても、彼らにとっては関係ないのかもしれない。ただ、目の前の「金のなる木」にしがみついているだけなのだから。


(……私が、この街を、このエリアを、結果的に安全にしたのに)


その事実が、朔の胸の奥で、じりじりと黒い炎のように燃え広がっていく。

腹立たしい。

そして、それ以上に、やるせない。

自分の行動が、こんな形で自分自身に跳ね返ってくるとは、想像もしていなかった。


(……十倍の家賃か。払えない金額じゃないけど…)


両親が遺した莫大な遺産を運用している彼女にとって、家賃が十倍になったところで、即座に生活が困窮するわけではない。

だが、問題はそこではない。

この理不尽な要求を、黙って受け入れるのか?

それは、彼女のプライドが許さなかった。


(……だったら、出ていけばいい。こんな馬鹿げた家賃を払うくらいなら、もっと静かで、もっと快適な場所に引っ越した方がマシだ)


そう考えるのは、合理的だ。

実際、彼女にはその選択肢がある。

だが、その瞬間、別の、もっと根源的な怒りがこみ上げてきた。


(……でも、なんで私が? 私が護っているこの場所から、私が追い出されるみたいに出ていくなんて、それこそ馬鹿げてる。それも、ムカつく!)


そうだ、ムカつくのだ。

自分が作り上げた「安全」の恩恵を、何の努力もしていない他人が享受し、あまつさえ、その「安全」を盾に、自分に不当な要求を突きつけてくる。

その構図が、たまらなく不快だった。


朔は、手紙を握りしめ、ギリ、と奥歯を噛んだ。

どうする?

このまま大家の要求を飲むか?

それとも、この「聖域」を捨てて、新たな場所を探すか?

どちらも、彼女にとっては屈辱的な選択に思えた。


(……いや、えっと......何か、引っかかる...)


朔の頭脳が、猛烈な勢いで回転を始める。

この状況を打開し、かつ、自分のプライドを守り、そして何よりも、この快適な六畳間の「聖域」を維持するための方法。

それは、決して簡単なことではないだろう。

だが、ワールドランキングNo.1の頭脳と、それを実現するための「力」と「リソース」が、今の彼女にはある。


(……そうか。本来、この街を守るべき立場にある人に働きかければいい。この「奇跡の街」の安全を、守らなければならないのは、誰なのか)


彼女の視線が、部屋の隅に置かれた、カスタマイズされた装備一式が収められたアタッシュケースへと向けられた。

そして、その口元には、いつもの「錬金術師」の笑みとは少し違う、どこか挑戦的で、そして不敵な笑みが浮かんでいた。


「……家賃十倍ねぇ。面白いじゃない。なら、こっちもそれ相応の『対価』を要求させてもらうとしましょうか。この街の『大家さん』…いえ、『管理人さん』にね」


月詠朔の新たな「ゲーム」が、今、始まろうとしていた。

そのターゲットは、もはや怪異ではない。

この理不尽な世界と、その中で自分の利益だけを追求しようとする、愚かな人間たちだ。

そして、その交渉の切り札は、彼女自身が持つ「ワールドランキングNo.1」という、絶対的な力だった。


「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」

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