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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
幕間 静寂と喧騒の狭間で

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29/197

六畳間の静寂と微かな予感

統合防衛庁舎ユニオン・シールドの地下会議室で、世界の行く末を左右するような議論が交わされていた頃。

その喧騒とは完全に隔絶された、月詠朔の六畳間は、絶対的な静寂に包まれていた。


魔改造された壁と窓が、外部の音も光も、そしておそらくはあらゆる種類の「ノイズ」をも完璧に遮断し、部屋の中は、まるで宇宙空間のような無音と、薄暗いモニターの光だけが存在する世界となっていた。

朔は、いつものようにベッドの上、背中にクッションをいくつも重ねて身を起こし、膝に乗せたノートパソコンで、意味もなくネットの海を漂っていた。


「システム」からのお告げ(=次の襲撃予告)は、まだない。


戦闘も、カスタマイズ作業も一段落した今、彼女の日常は、再び以前のような、ただ時間が過ぎていくのを待つだけの、静かで、そして少しだけ退屈なものに戻っていた。


画面には、様々な情報が流れていく。

第三次大襲撃後の世界の惨状を伝えるニュース。復興への道筋を議論する専門家たちのコメント。そして、各地で活動を始めた能力者たちの、勇ましい(あるいは無謀な)活躍を伝える記事。

そのどれもが、今の朔にとっては、どこか遠い世界の出来事で、クリック一つで消せる情報ノイズでしかなかった。


ふと、彼女の目に、ある特集記事が留まった。

タイトルは、『希望の灯「奇跡の街」~〇〇市南々東エリアの現状と課題~』。

そこには、多くの人々が安全を求めて集まり、新たなコミュニティを形成し始めている「奇跡の街」の様子が、詳細な写真と共に紹介されていた。避難所で配給の列に並ぶ人々、仮設の学校で学ぶ子供たち、そして、瓦礫の中で行われる小さな市場の賑わい。

朔は、その記事を、特に何の感情も抱かずにスクロールしていく。

自分があの場所の「奇跡」を生み出した張本人であるという自覚は、彼女の中にはほとんどない。ただ、結果としてそうなった、という程度の認識だ。


そして、とあるニュースサイトの、災害孤児に関する特集記事に目を滑らせた時、彼女の視線が、ほんの少しだけ長く留まった。


そこには、避難所の片隅で、数人の孤児たちが、身を寄せ合って眠っている姿が写し出されていた。汚れた服、痩せた頬、そして、その幼い顔に浮かぶ、深い疲労と、どこか諦観にも似た表情。


その写真を見た瞬間、朔の心の奥底に、凍てついた湖の氷が、薄くひび割れるような、微かな痛みが走った。

それは、同情でも、憐憫でもない。もっと根源的な、彼女自身にもよく分からない、そして、深く封じ込めていたはずの、心の傷の疼きだった。


朔の幼少期は、両親に構われることの少ない、孤独なものだった。

だが、彼女には、唯一、心の拠り所と呼べる場所があった。近所にあった、小さな児童養護施設だ。

そこは、彼女にとっての、もう一つの「家」だった。

施設には、自分と同じように、親の愛情に飢え、社会から見放された子供たちがたくさんいた。

彼らは、血の繋がりはないけれど、まるで本当の兄弟のように、一緒に笑い、一緒に泣き、時に些細なことで喧嘩もし、そして、互いの孤独を埋め合うように身を寄せ合った。

優しい先生たちは、分け隔てなく接してくれ、そこで朔は、初めて「家族」という温もりと、他者との「繋がり」を知ったのだ。

そのささやかな幸せは、彼女の心の奥深くに、温かい灯火のように灯り続けていた。


しかし、その灯火は、ある夜、何者かによる放火で孤児院が紅蓮の炎に包まれ、焼け落ちることで、無残にも終わりを迎えた。目の前で、大切な「家族」と「居場所」が、理不尽な暴力によって奪い去られる光景。それは、幼い彼女の心に、決して消えることのない、深い傷跡と、そして人間への絶望を刻みつけた。


その直後に、両親が事故で他界し、遺産を巡って信頼していた家政婦にも裏切られた。

彼女の世界からは、信じられるもの全てが、次々と消えていったのだ。


「……別に、私には関係ない」


朔は、そう呟き、その疼きを振り払うように、すぐに目を逸らし、ブラウザのタブを閉じた。

感傷は、弱さだ。そして、弱さは、この理不尽な世界で生き残るためには、最も不要なものだ。


だが、画面を閉じた後も、写真の中の子供たちの姿と、あの炎に包まれた孤児院の光景は、彼女の脳裏に焼き付いて離れなかった。

それは、彼女自身もまだ気づいていない、心の奥底で燻り続ける、「二度と、あんな思いをさせたくない」という、無意識の強い渇望の表れだったのかもしれない。

気分を変えるように、彼女はパソコンのフォルダから、最近こっそりと集めている「設計図」のデータを開いた。


それは、次に作る「オモチャ」――指向性エネルギーライフルのさらなる改良案や、小型無人偵察機ドローン、あるいは、もっと突拍子もない、空間歪曲を利用したトラップ装置のアイデアなどだった。


「システム」から供給された膨大なリソースと、完全に自由化されたカスタマイズ権限は、彼女の尽きることのない探求心と創造力を刺激してやまない。


複雑な数式や、未知の素材の特性データを眺めていると、先ほどの胸の痛みなど、すぐにどこかへ消え去ってしまう。


(……この新しいエネルギー転換システム、もっと効率を上げられるはずだ。そうすれば、ライフルの出力をさらに上げつつ、チャージ時間も短縮できる。ふふ、完璧なステルスアサシンには、完璧なウェポンが必要だものね)


設計図を眺め、指先で空中に何かを描くようにしながら、朔の口元には、いつもの楽しげな笑みが浮かんでいる。


それは、新しいゲームの最強装備をクラフトしている時の、純粋な興奮と期待感に満ちた表情だった。


世界の危機も、人々の苦しみも、今の彼女にとっては、この六畳間で行われる「最高の遊び」の、遠い背景音でしかないのかもしれない。


ただ、それでも。


時折、ふとした瞬間に、あの孤児たちの写真が、脳裏をよぎることがあるのを、彼女自身はまだ自覚していなかった。


そして、その微かな心の揺らぎが、いつか彼女の「ひとりぼっち」の戦いに、何か新しい意味をもたらすことになるのかもしれないということも。


六畳間の静寂の中で、月詠朔は、今日もまた、彼女だけの「日常」を生きていた。


それは、誰にも理解されず、誰とも繋がらない、孤独で、そしてどこか歪んだ日常。


だが、その日常こそが、今の彼女にとって、唯一確かな現実だった。

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