第十九話:神託の更新と終わらない戦いの予兆
第三次大襲撃の混乱がようやく収束の兆しを見せ始めた頃、月詠朔の六畳間に、再びあの冷たく無機質な「感覚」が訪れた。
それは、もはや彼女にとって、日常の一部となりつつある「お告げ」だった。
『第三次脅威対処、広域同時作戦完了を確認。各エリアにおける民間人被害、想定以下。総合評価、更新』
その「感覚」と共に、視界の端に半透明のパネルが浮かび上がる。
内容は、もはや見慣れたリザルト画面だ。
【月詠朔 総合戦績評価】
脅威排除貢献度:SSS+ (前回SSS)
隠密行動維持度:S (前回A+)
エネルギー効率:S+ (前回S)
生存性:SSS (前回SSS)
総合ランク:No. 1 (World Ranking) (前回 No. 7)
(……は?)
朔は、思わず動きを止めた。
各項目の評価が軒並み上昇しているのは予想通りだったが、問題は、最後の行だ。
総合ランク:No. 1 (World Ranking)
前回、7位という数字に少なからず驚いたが、今回はそれを遥かに上回る、まさかの「1位」。
世界に数千万人、あるいはそれ以上いると言われる能力者の中で、頂点。
その事実が、しかし、今の朔には奇妙なほど何の感情ももたらさなかった。
前回のような、ゲームのハイスコアを叩き出した時のような高揚感も、あるいは、途方もない現実に直面した時の困惑もない。
ただ、どこか他人事のように、その文字列を眺めているだけだった。
あまりにも現実離れしすぎると、逆に感情が追いつかないのかもしれない。
(……まあ〜...、そう?なるのか。あれだけ効率よく「掃除」すれば、当然の......結果...なのかな?)
むしろ、そんな冷静な分析が頭に浮かぶ。
彼女にとって、ランキングはもはや、自分の「作業効率」を測るための一つの指標でしかないのかもしれない。
『ワールドランキングNo.1達成者に対し、最大級のリソース供給、及び装備カスタマイズの完全自由化を許可。加えて、限定的ながら「空間制御技術」へのアクセス権を付与』
「システム」からの“褒賞”も、予想通り、前回とは比較にならないほど豪華なものだった。
「最大級のリソース」「カスタマイズの完全自由化」――これで、また新しい「オモチャ」を心置きなくいじり倒せる。
そして、気になるのは最後の「空間制御技術へのアクセス権」だ。
これが具体的に何を意味するのかはまだ分からないが、もし、自分の「六畳間要塞」をさらに強化したり、あるいは、もっと神出鬼没な移動を可能にしたりする技術だとしたら…それは非常に魅力的だった。
(……これは、また面白くなってきた)
朔の口元に、ほんのわずかに笑みが浮かんだ。
その時、脳内に流れ込んできた「感覚」は、いつものリザルト報告や褒賞の通知とは、少し毛色が違っていた。
それは、より明確な「警告」の響きを帯びていたのだ。
『――警告。敵性高次元存在の活動、依然として活発。今回の襲撃は、あくまで大規模な威力偵察、あるいは初期侵攻段階の一つに過ぎない可能性が高い』
『敵勢力は、地球環境及び在来種への適応を進めており、今後、より強力で、より知的な戦術を用いる新型怪異を投入してくることが予測される』
『これまでの戦闘で得られたエネルギーにより、こちらの情報解析能力及び予測精度は向上しているが、それでも予期せぬ事態が発生する可能性は排除できない』
『断続的、あるいは波状的な侵略は、今後も継続すると判断される。各員、警戒を怠らず、常時備えを維持することを強く推奨する』
(……そうだよね......これで終わりではない、か)
朔は、静かにその「警告」を受け止めた。
薄々感づいてはいたことだ。こんな理不尽な「ゲーム」が、たった数回のイベントで終わるはずがない。
「敵性高次元存在」――「システム」が初めて明確に「敵」の存在を示唆した。そして、その敵は、まだ本気を出せてはいない、と。
そして、気になるのは「こちらの情報解析能力及び予測精度は向上しているが」という部分だ。まるで、「システム」自身も、戦いを通じて学習し、進化しているかのようだ。
(まあ、いい。どっちみち、やることは変わらないし)
朔は、立ち上がり、アタッシュケースに手を伸ばした。
侵略が続くのなら、こちらもそれに応じて「バージョンアップ」するまでだ。
より静かに、より速く、より確実に。
そして、誰にも気づかれずに、全ての「ノイズ」を排除する。
そのための「ツール」と「情報」は、今、新たに彼女の手に渡されたのだから。
六畳間の窓の外では、復興へと向かう街の喧騒が、微かに聞こえてくる。
だが、その音は、朔の集中を乱すことはなかった。
彼女の意識は、すでに次の「狩り」と、新たなる「装備の魔改造」へと向けられていた。
終わらない戦いの予兆は、彼女にとって、新たな「攻略対象」の出現を意味するに過ぎなかった。
そして、その攻略を、彼女は誰よりも効率的に、そしておそらくは誰よりも楽しんでやってのけるだろう。
ワールドランキングNo.1の「ひとりぼっちの最終防衛線」は、今日も静かに、その牙を研いでいた。




