【Side Story】救世の仮面と獣の咆哮
「ファングキャット・パンデミック」が世界を覆う中、それぞれ異なる理念と目的を持つ能力者団体は、必死の戦いを続けていた。
その戦いは、決して朔のような圧倒的な力による「掃除」ではなかった。泥臭く、血生臭く、そして多くの犠牲を伴う、絶望と紙一重の闘争だった。
1.新興宗教団体「生命の光教団」・臨時野外礼拝所
「神の御加護があらんことを!」
マリアの透き通るような声が、仮設テントの野外礼拝所に集まった信者たちと負傷者たちの上空に響く。
彼女の足元には、ラビット・ホーンに切り裂かれたであろう腕を抱え、苦痛に呻く男が倒れていた。マリアは優雅に跪き、その額にそっと手をかざす。
淡い光が男の体を包み込み、見る見るうちに傷口が塞がっていく。
「マリア様!奇跡です!神の御業です!」
周囲から、熱狂的な歓声と拍手が巻き起こる。
「生命の光教団」は、この第三次襲撃において、その「回復能力者」の力を存分に発揮していた。
彼らの手によって、多くの瀕死の負傷者が死の淵から救われ、文字通り「命の光」を灯され続けている。
しかし、その活動はかなり厳しいものになっていた。
ヒーラーたちは、能力を使うたびに激しい疲労に襲われ、蒼白な顔で倒れ込む者も少なくない。だが、教団の幹部たちは、彼らを休ませる間もなく、次の負傷者の元へと送り出す。
教祖マリアは、その全てを「神の試練」「信仰の証」としていた。
「この試練を乗り越えれば、我らはより強く、より清らかなる存在へと昇華するのです。さあ、信者たちよ、恐れることなく我々に身を委ねなさい!我々こそが、神に選ばれし、この世界を救う唯一の希望なのです!」
マリアの演説は続く。その瞳は、熱狂的な信者たちの視線を一身に集め、その力をさらに増幅させるかのように輝いていた。
その一方で、礼拝所の外では、教団所属の戦闘系能力者たちが、疲弊した顔でラビット・ホーンやファングキャットの残党と戦っていた。
彼らはヒーラーを守るための盾であり、教団の権威を物理的に示すための存在だった。
個々の戦闘力は並だが、教団の組織力と、ヒーラーの存在を背景に、彼らは必死で教団の活動区域を守り抜こうとする。
しかし、その防衛ラインもまた、いつ破られてもおかしくないほどの限界に達していた。
「くそっ、キリがない!」
「誰か、あの『空から降ってくるラビットを消すなにか』にでも来てもらってくれよ!もう限界だ!」
戦闘能力者の一人が、半ば錯乱状態で叫んだ。
しかし、その叫びは、マリアの声と信者たちの熱狂的な賛美の前に、かき消されていく。
教団の「救済」は、限られた範囲でのみ行われる。そして、その目的は、あくまで教団の勢力拡大とマリアへの信仰心の確立のためだった。
2.ネットカフェの一室・「ワイルドハント」の溜まり場
「ざけんな!このファングキャット、硬すぎんだよ!」
レックスが、吠える。彼の放った渾身のパンチが、ファングキャットの側頭部を捉えるが、致命傷には至らない。獣は、わずかに体勢を崩しただけで、すぐに鋭い牙を剥いて反撃してきた。
ネットカフェの一室は、もはや彼らの「基地」と化していた。散らかったゴミの山、ひび割れたモニター、そしてそこら中に飛び散った血液の痕跡。
彼らは、この数週間、徹底的に「狩り」を続けてきた。
「レックスさん、あれですよ!腹!腹の辺りが柔らかいっす!」
チームメイトの一人が、必死に助言する。
「てめぇらもちゃんと動け!獲物はこの俺が仕留める!お前らはサポートしろ!」
レックスは、怪異の隙を突き、その腹部に肘打ちを叩き込んだ。ようやく、ファングキャットは苦痛の声を上げ、地面に倒れ伏す。
彼らは、政府の言うことなど聞かず、独自の「ルール」で戦っていた。
ラビットやラビット・ホーンの素材は、一部の闇ルートで高値で取引されている。それを元手に、食料や、多少なりとも性能の良い武器(といっても、ただの頑丈な金属バットや改造された銃器程度だ)を手に入れ、日銭を稼いでいた。
彼らの戦い方は、かなり荒削りだった。
政府や組織に属することなく、ただ自分たちの欲望と、この新しい世界での「自由」を求めて戦い続ける。
しかし、その裏には、純粋な「生き残りたい」という本能と、自分たちの手で道を切り開くという、ある種の逞しさがあった。
「今回の襲撃、マジでやべーな…あちこちで街が崩壊しかかってるし、もう食い物もなかなか手に入んねえ。どっか安全なとこねえかな…」
メンバーの一人が、疲弊した声で呟く。
「あの『奇跡の街』の噂、知ってるか? 〇〇市の南々東エリアってとこらしいぜ。マジで被害が少なかったって。なんか空から見えねえ奴が全部ブッ倒したって噂だ。俺たちもあそこに拠点を移すか?」
「ハッ、そんなオカルト話信じるかよ!自分たちの力で掴み取ったもんなら信じるがな!それより次の獲物だ!もっとデカいヤマ当てて、この地獄から抜け出すぞ!」
レックスは、そう言って、荒々しく立ち上がった。
彼の目は、依然として獲物しか見ていない。彼らにとって、世界がどうなろうと、自分たちが生き残るために何をするか。それだけが全てだった。
武皇の血塗られた誓い、生命の光教団の偽りの救世、そしてワイルドハントの獣のような咆哮。
それぞれの場所で、それぞれの理由で、彼らは血を流し、時には仲間を失いながら、この理不尽な世界で足掻き続けていた。
彼らの奮闘がなければ、世界の崩壊はもっと早まっていたことは間違いない。
「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」




