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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第一章 孤独な戦域

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第十七話:静寂の狩場と狩人の微笑


月詠朔の「六畳間要塞化計画」が完了してから、数週間が経過した。

外部の喧騒は完全にシャットアウトされ、部屋の中は、まるで深海のような絶対的な静寂に包まれている。空気清浄機の微かな駆動音だけが、かろうじて時間の流れを感じさせる。

この完璧な「聖域」の中で、朔は以前にも増して自分の「研究」と「準備」に没頭していた。

ネットスーパーの配達は相変わらず遅れがちだが、それも計算済み。食料と生活必需品の備蓄は万全だ。街の治安も、警察や自衛隊、そして一部の能力者団体の尽力により、小康状態を保っているように見える。

朔にとって、これ以上ないほど快適で、集中できる環境だった。


その日も、朔はカスタマイズしたゴーグルを装着し、仮想空間内で新たな装備のシミュレーションを行っていた。

テーマは「指向性エネルギー兵器の小型化と効率化」。ライフルだけでなく、もっと取り回しの良い、サブウェポン的なものが欲しいと考えていたのだ。


その時、だった。

キーン、という鋭い耳鳴りが、彼女の集中を破った。

次いで、脳内に直接響く、あの冷たく無機質な「感覚」。


『警告。高エネルギー反応、広範囲に多数確認。脅威レベル、前回を上回る可能性大。出現予測時刻、10分後。主要出現予測エリア、複数箇所に分散』


(……来たか)


朔は、ゴーグルを外し、静かに息を吐いた。

予測されていた、第三次の襲撃。

今回は、出現エリアが複数に分散しているらしい。より広範囲での対応が求められるということか。

そして、脅威レベルも前回を上回る可能性がある、と。


朔は、慌てることなく、しかし迅速に準備を始めた。

魔改造されたクローゼットの奥から、完璧に調整された漆黒のスーツとアタッシュケースを取り出す。

スーツを装着すると、まるで自分の皮膚の一部になったかのように体に馴染み、動きを全く阻害しない。むしろ、身体能力が数段階引き上げられたような感覚さえある。

ライフルは、前回よりもさらに洗練され、銃口には試作型の指向性エネルギー集束装置が取り付けられていた。これにより、発射音はほぼ無音に近くなり、威力と射程も向上しているはずだ。

そして、腰のベルトには、新たに開発した小型のエネルギーガンと、数種類の特殊カートリッジが装備されている。


(さて、と……今回はどんな「お客様」かな?)


朔は、自室の壁に設置した大型モニターに、リアルタイムの都市情報を表示させた。

「システム」から提供された予測エリアと、各種センサー(これも自作だ)からの情報を統合し、最適な狙撃ポイントと移動経路を瞬時に割り出していく。

複数の出現エリア。それはつまり、複数の「狩場」があるということだ。

そして、そのどれもが、今の彼女にとっては、格好の「実験場」でもあった。


出現予測時刻。

モニターに映し出された、いくつかの監視カメラの映像が、同時に空間の歪みを捉えた。

そして、そこから現れたのは――。


『新規脅威対象を確認:呼称「ファングキャット」。特徴:中型、猫科に類似した俊敏性と跳躍力、鋭い爪と牙による攻撃。集団での連携行動も確認。ラビット・ホーンとの混成部隊として出現』


「システム」からの情報と共に、朔の目の前に、しなやかな体躯を持つ、猫に似た怪異の姿が映し出された。その大きさは大型犬ほどもあり、目つきは凶暴そのもの。そして、その口からは、剃刀のような牙が覗いている。

ラビット・ホーンも、前回同様、多数出現しているようだ。今回は、この二種類の怪異が混成部隊として襲いかかってくるらしい。


(ネコ、ね……ラビットよりは厄介そうだけど、所詮は的が増えただけだ)


朔は、まるで新しいゲームのステージが始まったかのように、冷静に状況を分析する。

彼女の視線は、すでに最初の「狩場」へとロックオンされていた。

それは、複数の出現エリアの中でも、最も民間人の避難が遅れていると思われる場所だった。


音もなく部屋を出て、非常階段を駆け下りる。

強化された脚力が、彼女の体を羽根のように軽く運び、あっという間にマンションの外へ。

街の喧騒は、彼女の耳には届かない。スーツに内蔵されたセンサーが、周囲の人間や車両の動きを正確に捉え、最適な潜入経路をガイドする。

まるで、都市という名のジャングルを駆ける、見えない豹のように。


最初の狙撃ポイント――高層ビルの屋上へと、誰にも気づかれることなく到達した朔は、静かにライフルを構えた。

スコープ越しに見える地上では、すでにファングキャットとラビット・ホーンの群れが暴れ回り、逃げ惑う人々と、応戦する警察官や能力者たちの姿があった。彼らは、新たな敵であるファングキャットの俊敏さと、ラビット・ホーンとの連携攻撃に苦戦を強いられているようだ。


(……さて、大掃除の時間だ)


朔の指が、静かにトリガーにかかる。

次の瞬間、ほぼ無音で放たれたエネルギー弾が、ファングキャットの一体の頭部を正確に貫いた。

悲鳴を上げる間もなく、その巨体が崩れ落ちる。


そこからは、まさに圧巻だった。

音もなく、閃光もなく、ただ、敵だけが次々と倒れていく。

朔は、まるで精密機械のように、ターゲットを切り替え、確実に急所を撃ち抜いていく。

時にはライフルで遠距離の敵を、時には腰のエネルギーガンで死角から襲いかかってくる敵を、冷静沈着に処理していく。

彼女の動きには一切の無駄がなく、その戦闘は、もはや芸術の域に達しているかのようだった。


複数の出現エリアを、まるで瞬間移動でもするかのように転々としながら、朔は淡々と「掃除」を続けていく。

他の能力者たちが一つのエリアで苦戦している間に、彼女はすでに二つ、三つとエリアを制圧していく。

その圧倒的な効率と殲滅力は、もはや人間業とは思えない。


そして、数時間が経過し、最後のファングキャットがその場に崩れ落ちた時。

朔は、ふぅ、と小さく息をつき、ライフルを下ろした。

ゴーグルのUIには、今回の戦闘結果が表示されている。膨大な数の撃破数と、驚くほど低いエネルギー消費率。そして、もちろん、被発見回数はゼロ。


(……うん、上出来。新しいオモチャも、期待通りの性能だったな)


朔の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。

それは、高難易度クエストを完璧にクリアし、最強装備の性能を存分に堪能した、熟練ゲーマーが見せるような、そんな種類の笑みだった。

世界の危機も、人々の悲鳴も、今の彼女にとっては、自分の力を試し、その成果を確認するための、壮大な「実験場」でしかないのかもしれない。

そして、その「実験」は、今回もまた、彼女の圧勝に終わったのだった。


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