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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一のゴールデンウィーク・キャンプ


風に運ばれてくる、甘い花の香りと、生命力に満ちた新緑の匂い。

5月の大型連休、ゴールデンウィーク。

雫たち2年B組の有志メンバー(もちろん、雫、朝日くん、海ちゃん、翔くんの四人組も参加している)は、クラスマッチの打ち上げと、親睦をさらに深めるため、ファンタジーゾーンの麓に新しく整備された「ひだまりの森キャンプ場」へと、一泊二日のキャンプにやってきていた。


澄み切った空気、小鳥のさえずり、そして、夜には、手が届きそうなほどの、満点の星空。

都会の喧騒を忘れさせてくれる、最高のロケーションだ。

子供たちは、テントを設営したり、カレーを作ったり、川で魚を釣ったりと、思い思いに、初めてのキャンプを楽しんでいる。


もちろん、その、娘(と、そのボーイフレンド候補)が、初めて「外泊」するかもしれない、一大事を、あの三人の「神様保護者」が、見逃すはずもなかった。

彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、「キャンプ場の、一番奥の、一番景色の良い場所に、なぜか、超豪華なグランピング施設を、一夜にして建設してしまった、謎のセレブキャンパー三人組」に扮して、固唾をのんで、その様子を見守っていた。


【オペレーション・センター:森の奥の、超豪華グランピングテント(の中)】


「…ふむ。『キャンプ』か。文明の利器を、あえて限定的に使用し、不便さの中に、自然との一体感を見出す、人間の、実にストイックで、そして理解しがたい精神活動だな。…それにしても、あのテントのペグの打ち方、甘すぎるぞ。夜中に風が吹けば、一瞬で吹き飛んでしまう。…私が、こっそりと、地面の地盤そのものを、ダイヤモンド級の硬度に、強化しておくべきか…」

ゼノンパパは、革張りのソファに深く腰掛け、グラス(中身は、1万年ものの妖精の蜜酒だ)を傾けながら、子供たちの、あまりにも危なっかしいテント設営を、ハラハラしながら見守っている。


「まあ、善さん。失敗も、また、学びですわ。それよりも、見てくださいまし。あの子たち、カレーの具材が、少し足りないようですわね。…可哀想に。わたくしが、この森に生息している、『食べると七色の味がする、幻のレインボー・マッシュルーム』の生息地へと、そっと、彼らを導いてさしあげましょうか」

アリアおば様は、すでに、子供たちの夕食を、宇宙一のグルメへとアップグレードするための、準備を始めていた。


「二人とも、まだるっこしいわねぇ!」

レイおば様が、ハンモックに揺られながら、呆れたように言った。

「キャンプの夜と言えば、やっぱり『キャンプファイヤー』と、その炎の前での『フォークダンス』、そして『伝説の怪談話』じゃない! 私が、この森の精霊たちに、ちょっとだけお願いして、最高の『雰囲気』を、演出してあげるわ! きっと、雫と朝日くんの距離も、急接近よ!」


三者三様の、壮大で、過剰で、そして愛情に満ちた「キャンプ・プロデュース計画」が、静かな森の中で、今まさに、火蓋を切ろうとしていた。


【昼の部:奇跡のカレーライス】


「うわー! ニンジン、切りすぎちゃった!」

「薪に、火がつかないよー!」

カレー作りの班は、悪戦苦闘の連続。

雫たちの班もまた、慣れない飯盒炊爨はんごうすいさんに、四苦八苦していた。


そんな時、食材探しの係だった海ちゃんと翔くんが、目をキラキラさせながら、森の奥から戻ってきた。

「みんな、見て! すっごいキノコ、見つけたんだ!」

彼らの籠の中には、傘が、まるでオーロラのように、七色に輝く、見たこともない、美しいキノコが、山盛りになっていた。

もちろん、それは、アリアおば様が「こっちですわよ、こっちですわよ」と、光の道しるべで、二人を導いた結果である。


その「レインボー・マッシュルーム」を入れた2年B組のカレーは、食べた者の誰もが「…今まで食べてきた、全てのカレーは、何だったのだ…」と、涙を流して感動するほどの、奇跡の味となった。

そして、食べた者全員の頭の上に、ほんのりと、幸せのオーラ(七色)が、一晩中、浮かび続ける、という、不思議な副作用も、もたらしたのだった。


【夜の部:伝説のキャンプファイヤー】


夜。

森の中心の広場では、大きなキャンプファイヤーが、パチパチと音を立てて、燃え盛っていた。

炎の光が、子供たちの顔を、楽しげに照らし出す。


レイおば様の「演出」は、完璧だった。

彼女が、森の精霊たちに「お願い」すると、どこからともなく、優しい音色の、不思議な音楽が流れ始め、ホタルたちが、その音楽に合わせて、幻想的な光のダンスを繰り広げる。

あまりにもロマンチックな雰囲気に、自然と、生徒たちは、手を取り合って、フォークダンスを踊り始めた。


雫と朝日くんもまた、照れながらも、そっと、手を取り合う。

炎の向こう側に見える、お互いの顔。

言葉は、ない。でも、その瞳が、全てを、語っていた。


その、最高の瞬間を、グランピングテントの中から、三人の保護者たちが、それぞれの想いを胸に、見つめていた。

アリアおば様とレイおば様は、その微笑ましい光景に、満足げに、うんうんと頷いている。

そして、ゼノンパパは――。


「……………(ゴゴゴゴゴゴ…)」

彼が、手にしていた、最高級のチタン製のマグカップが、その、父親としての、どうしようもなく複雑な感情のオーラに耐えきれず、ミシミシと、音を立てて、歪んでいく。

彼の、父としての、長くて、そして少しだけ、切ない「娘の青春を見守る」という、崇高な試練は、キャンプの夜も、まだまだ、続きそうである。


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