宇宙一の高校入学式
満開の桜が、新たな門出を祝福する、うららかな春の日。
王立中央高等学院の、荘厳な校門の前は、真新しい制服に身を包んだ新入生たちの、期待と、少しの緊張感が入り混じった、独特の熱気に包まれていた。
天野雫も、その一人。
少し大人びたデザインのブレザーに、まだ少し慣れない様子で袖を通し、胸を高鳴らせながら、自分のクラスが書かれた掲示板を探していた。
(すごい…。本当に、合格したんだな…)
「――雫!」
懐かしい声に振り返ると、そこには、同じく真新しい制服を着こなした、朝日くんが、少しだけ照れくさそうな、しかし誇らしげな笑顔で立っていた。小学校、中学校と同じ時間を過ごしてきた彼も、高校生となり、身長もぐんと伸びて、どこか頼もしい雰囲気が漂っている。
「朝日くん! おはよう! 同じクラスだといいね!」
「ああ、本当だな」
二人は、自然に並んで歩き出す。その光景は、もはや、誰が見てもお似合いの、ベストカップルそのものだった。
その、あまりにも微笑ましい二人を、もちろん、今日もまた、三人の「神様保護者」が、見逃すはずもなかった。
彼らは、完璧な認識阻害を施し、「入学式に、やたらと気合の入った、海外からの来賓客(とそのSP)」に扮して、校門の脇の、一番見晴らしの良い場所から、その全てを、愛情深く(そして過剰に)見守っていた。
【オペレーション・センター:高校の正門脇(桜の木の下)】
「…ふむ。我が娘、雫の、その晴れやかな制服姿…! 感無量だ…。この日のために、私が、この学院の制服の素材そのものを、ナノマシンレベルで、彼女の肌に最も優しい『銀河シルク』へと、こっそり置換しておいた甲斐があったというものだ…!」
ゼノンパパは、涙ぐみながら、娘の門出を、宇宙規模の「お節介」で、祝福している。
「まあ、善さん。雫の美しさは、素材などではなく、その内面から輝くものですわ。…あら、あちら、新入生代表の挨拶をなさる、凛々しいお方。とても、清らかな魂をお持ちのようですわね」
アリアおば様は、壇上へと向かう、一人の男子生徒に、興味深そうな視線を向けていた。
「二人とも、のんきねぇ!」
レイおば様が、なぜか、応援団のようなハチマキを締め(もちろん、誰にも見えていない)、呆れたように言った。
「高校入学と言えば、波乱の幕開けに決まってるでしょ! 平穏無事なだけの青春なんて、面白くもなんともないわ! 私が、ちょっとだけ、刺激的な『出会い』を、演出してあげないと!」
彼女は、もはや、ただの保護者ではなく、最高の学園ドラマを創り出すための、敏腕プロデューサーと化していた。
【トラブル発生! 運命の出会い】
雫と朝日くんが、体育館へと向かう、その途中だった。
角を曲がった瞬間、猛烈なスピードで走ってきた、一人の男子生徒と、雫が、どん!と、真正面からぶつかってしまったのだ。
「きゃっ!」
「うわっ! すまない!」
教科書や、カバンの中身が、派手に地面に散らばる。少女漫画の、王道とも言える出会いのシチュエーション。
もちろん、それは、レイおば様が、ごく微量の「風の悪戯」で、二人の進行ベクトルを、完璧に交差させた結果である。
「だ、大丈夫か、雫!?」
朝日くんが、慌てて、雫に駆け寄る。
「うん、大丈夫…。でも…」
雫は、散らばった自分の荷物を、拾い集めようとした。
「…本当に、すまなかった。怪我はないか?」
ぶつかってきた男子生徒が、雫の前に跪き、同じように、彼女の荷物を拾い集め始めた。
顔を上げた、その瞬間。
雫は、息をのんだ。
そこにいたのは、燃えるような赤い髪に、少しだけ挑戦的な、しかし、どこか寂しさを宿した、翡翠色の瞳を持つ、息をのむほどの美少年だった。
制服を、少しだけ着崩し、その全身からは、朝日くんとは全く違う種類の、どこか危険で、そして抗いがたいほどのカリスマが、溢れ出している。
彼こそが、先ほどアリアおば様が注目していた、新入生代表の挨拶を務める、特待生の火神 烈火だった。
「…君の、その瞳。…どこかで、会ったことがあるような気がするな…」
烈火は、拾い上げた雫のスケッチブックを、彼女に手渡しながら、不思議そうに、そして、どこか懐かしむような眼差しで、彼女の瞳を、じっと見つめた。
その、あまりにも真っ直ぐで、熱のこもった視線に、雫の心臓が、これまでとは違うリズムで、ドキッと、高鳴った。
「…え?」
「…雫!」
その、微妙な空気の中に、朝日くんの、少しだけ、不機嫌な声が、割って入った。
彼は、雫と烈火の間に、割って入るように立つと、烈火を、鋭い視線で、睨みつけた。
「…彼女は、大丈夫だ。…行くぞ、雫」
朝日くんは、有無を言わさず、雫の手を引くと、その場を足早に立ち去っていく。
残された烈火は、二人の後ろ姿を、興味深そうな、そして、何かを確信したかのような、複雑な笑みを浮かべて、見送っていた。
雫の、新しい高校生活。
それは、穏やかな恋の続きだけではない、波乱に満ちた、新しい「物語」の始まりを、強く、強く、予感させていた。
桜の木の上で、三人の保護者たちは、その、あまりにもドラマチックな展開に、それぞれの想いを、胸に抱く。
ゼノンパapaは、娘に近づく「害虫」が、一匹増えたことに、静かな怒りを燃やし。
アリアおば様は、三人の、魂の交錯に、何か、運命的なものを感じ取り。
そして、レイおば様は――。
「…ふふん。どうよ! 私の演出! これでこそ、学園ドラマじゃない! 面白くなってきたわねぇ!」
彼女は、満足げに、一人、ガッツポーズをするのだった。