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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一のお花見散歩


ヨーロッパでの、ドタバタながらも心温まる旅行から数週間。

オアシス・ネオ・トーキョーには、柔らかな春の光と共に、桜の季節が訪れていた。

街を流れる、清らかな川の両岸には、まるで光のトンネルのように、満開の桜並木が、どこまでも続いている。

風が吹くたびに、薄紅色の花びらが、はらはらと舞い散り、川面を美しく彩っていた。


その、絵画のように美しい河原を、雫は、一人、ゆっくりと散策していた。

もうすぐ始まる、高校生活。新しい友達、難しい勉強。そして、朝日くんとのこと。

期待と、ほんの少しの不安が入り混じった、多感な心を、春の優しい風が、そっと撫でていく。


もちろん、その、娘の、思春期の、物憂げな(と、保護者たちは勝手に解釈している)散歩を、あの三人の「神様保護者」が、見逃すはずもなかった。

彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、「河原で、やたらと本格的な機材で、野鳥観察をしている、謎のアウトドア愛好家三人組」に扮して、少し離れた土手の上から、娘の、一挙手一投足を、愛情深く(そして過保護に)見守っていた。


【オペレーション・センター:桜並木の見える土手の上(超望遠カメラを構えながら)】


「…ふむ。雫の、あの物憂げな表情…。さては、高校生活への、漠然とした不安に、心を悩ませているに違いない。…よし。私が、彼女の進学する『王立中央高等学院』の、今後100年間の、完璧な『人生安泰カリキュラム』を、今すぐ設計し、校長の脳内に、直接、送信しておくべきか…」

ゼノンパパは、双眼鏡(もちろん、魂の状態まで透視できる、超高性能モデルだ)を片手に、早くも、娘の未来への、壮大な介入計画を、練り始めている。


「まあ、善さん。不安もまた、若人の特権ですわ。それも、美しい青春の一ページ。…それよりも、見てくださいまし。この川の、なんと清らかなことでしょう。きっと、美味しいお魚が、たくさんいるはずですわ。…後で、雫に、わたくしの『慈愛の釣り糸(絶対に、一番美味しい魚しか釣れない)』を、プレゼントしてさしあげましょうか」

アリアおば様は、優雅に、水筒(中身はGG銀河の、飲むと心が安らぐハーブティーだ)を傾けながら、のんびりと、川面を眺めている。


「二人とも、ロマンが足りないわねぇ!」

レイおば様が、なぜか、釣り竿(もちろん、ドラゴニア製の、伝説の釣り竿『海神の涙』だ)を、ぶんぶんと振り回しながら、呆れたように言った。

「春の河原と言えば、やっぱり『運命の出会い』じゃない! 例えば、雫が、川に落ちた子猫を助けようとして、自分も落ちそうになったところを、偶然通りかかった、白馬の王子様みたいな、超絶イケメンの先輩が、助けてくれる…とかね! 私が、その『子猫』と『イケメン先輩』を、今すぐ、この辺りに『召喚』してあげるわ!」

彼女は、もはや、ただの保護者ではなく、最高の恋愛ドラマを演出するための、敏腕プロデューサーと化していた。


【川辺の、小さな発見】


雫は、そんな神々の、壮大な(そして迷惑な)計画など、露知らず、ただ、川の流れを、ぼんやりと眺めていた。

キラキラと光る水面の下を、銀色の鱗を輝かせながら、小さな魚の群れが、すいーっと、泳いでいく。

それは、かつてルナ・サクヤが再生させた、この地球の、豊かで、美しい生命の営みそのものだった。


「…きれい…」

雫は、思わず、靴を脱ぎ、冷たい川の水に、そっと、足を浸してみた。

ひんやりとした水の感触が、心地よい。

彼女が、水面を覗き込むと、魚たちが、まるで彼女を怖がらないかのように、その足元に、集まってきた。

そして、その中の一匹、ひときわ大きく、美しい、虹色の鱗を持つ「川のぬし」のような魚が、雫の足先に、こつん、と、甘えるように、その頭を擦り付けてきたのだ。


もちろん、それは、アリアおば様が「まあ、雫。お魚さんたちも、あなたと、お友達になりたいそうですわ」と、全ての魚たちに、優しい「神託」を下した結果である。


【クライマックス:桜吹雪の奇跡】


魚たちと、しばし戯れた後、雫は、土手に上がり、一番大きな桜の木の下に、腰を下ろした。

風が、さわやかに吹き抜け、満開の桜が、まるで祝福するかのように、彼女の頭上に、はらはらと、舞い降りてくる。

その、あまりにも美しい光景に、彼女は、目を閉じ、そっと、両手を広げた。


その瞬間。

レイおば様の、そして、ゼノンパパの、最後の「お節介」が、発動した。


レイおば様が操る「風」は、ただの花びらを運ぶだけではない。それは、この河原に咲く、全ての桜の、最も美しい花びらだけを選び出し、雫の周りにだけ、まるで竜巻のように、しかし、どこまでも優しく、舞い上がらせた。


そして、ゼノンパパが、その桜吹雪に、ほんの少しだけ「祝福」の光を注ぎ込む。

一つ一つの花びらが、内側から、淡い、七色の光を放ち始め、まるで、ダイヤモンドダストのように、キラキラと輝きながら、雫の周りを、旋回し始めたのだ。


その、あまりにも幻想的で、神々しい光景。

偶然、通りかかった人々は、その、桜の女神が舞い降りたかのような光景に、息をのみ、足を止め、ただ、呆然と、見とれるしかなかった。

何人かは、思わず、スマホを取り出し、その「奇跡の瞬間」を、カメラに収めようとした。


だが、その時、アリアおば様が、そっと、優しく、微笑んだ。

彼女の「慈愛の波動」が、人々の心に、そっと、囁きかける。

『…この美しい光景は、誰のためでもない。あの子だけの、ささやかな、宝物。…どうか、そっと、見守ってさしあげて』

人々は、ハッとして、スマホを下ろし、ただ、その美しい光景を、静かに、そして温かく、見守るのだった。


雫は、自分を包む、温かくて、キラキラとした、桜の奇跡の中で、心の底から、思った。

(…私、この世界に生まれてきて、本当によかった)


その、純粋な感謝の気持ちは、時空を超え、宇宙の法則となった、かつての「自分」の元へと、確かに、届いていた。

そして、その想いを受け取った「月の女神」が、この日、宇宙全体に、ほんの少しだけ、いつもより温かい、優しい光を、降り注がせたことを、知る者は、誰もいない。


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