宇宙一の記念写真
オアシス・ローテンブルクでの、ドタバタながらも楽しい家族旅行も、いよいよ最終日。
石畳の街並みを、名残惜しそうに散策していた一行の目に、ふと、一軒の、古風で、趣のある写真館が留まった。
ショーウィンドウには、アンティーク調のドレスを着た少女や、凛々しい騎士の甲冑を纏った青年の、セピア色の写真が飾られている。
「わあ…! すごい! まるで、昔の時代にタイムスリップしたみたい!」
雫は、その、不思議な魅力に、すっかり心を奪われていた。
その、娘の、キラキラとした瞳を見た瞬間、三人の「神様保護者」の心は、一つになった。
(…撮らねば!)
【第一幕:衣装選びと、神々の趣味全開】
写真館に足を踏み入れると、そこは、夢のような空間だった。
壁一面に、様々な時代や、ファンタジーの世界をモチーフにした、豪華絢爛な衣装が、ずらりと並んでいる。
「まあ、雫! あなたには、やはり、この、純白のシルクでできた、天使の羽がついたドレスが、お似合いですわ! さあ、これを着て、わたくしと『慈愛の親子ショット』を撮りましょう!」
アリアおば様は、娘を、天界のプリンセスに仕立て上げようと、目を輝かせている。
「いや、待ちなさい、アリアちゃん! 雫の、その活発な魅力を引き出すなら、こっちの、黒い革の、女勇者のコスチュームに決まってるじゃない! 私が、この『聖剣レイブレード(もちろん、本物のレプリカよ!)』も貸してあげるから! 伝説の魔竜を討伐した後の、凱旋記念写真を撮るわよ!」
レイおば様は、娘を、異世界の英雄にしようと、興奮を隠せない。
「二人とも、落ち着きたまえ。雫の、その知的な美しさを表現するには、やはり、古の賢者が纏ったという、この、星々を刺繍した、深紫のローブこそが、ふさわしい。そして、背景は、我が『深淵の図書館』の、ホログラムを投影し…」
ゼノンパパは、娘を、宇宙の真理を探求する、孤高の賢者に仕立て上げようと、壮大なプランを語り始める。
三者三様の、全く噛み合っていない、しかし愛情だけは溢れんばかりの「プロデュース合戦」が、勃発。
雫は、その間で、次から次へと、天使になったり、勇者になったり、賢者になったりさせられ、嬉しいやら、恥ずかしいやらで、目を回していた。
【第二幕:いざ撮影! しかし…】
なんとか、雫が一番気に入った、シンプルな、お姫様風のドレスに衣装が決まり、いよいよ、家族四人での、記念撮影が始まった。
年老いた、白髪のカメラマンが、大きなアンティークカメラの前に立ち、厳かに指示を出す。
「はい、よろしいですかー。では、お父様は、もう少し、肩の力を抜いて…。お嬢様の、晴れ姿ですよ?」
だが、ゼノンパパは、ガチガチに緊張していた。
(…いかん。娘の、このあまりにも眩しすぎる姿を、この目に焼き付けようとすると、つい、神の『観測眼』が、最大出力になってしまう…! このままでは、この写真館ごと、原子レベルでスキャンしてしまう…!)
「はい、では、お母様がたも、もう少し、お嬢様に寄り添って…そう、自然な笑顔で!」
カメラマンの指示に、アリアおば様は、にこりと、完璧な「慈愛の笑み」を浮かべた。
その瞬間、彼女から溢れ出した、あまりにも神々しいオーラに、カメラのレンズが、ぴしり、と音を立てて、ひび割れた。
「ひぃっ!? わ、私の、100年モノの、家宝のレンズが…!」
レイおば様は、そんなトラブルにも、動じない。
「大丈夫、大丈夫! 私が、ちょっとだけ『時間』を巻き戻して、直してあげるから!」
彼女が、指を鳴らすと、ひび割れたレンズは、確かに、元に戻った。
しかし、その副作用で、写真館の壁にかかっていた古時計の針が、ぐるぐると、猛烈な勢いで逆回転を始めてしまった。
【クライマックス:最高の一枚】
神々の、良かれと思っての「お節介」が、大混乱を巻き起こす。
カメラマンは、半泣きになり、雫は、笑うに笑えず、困り果てていた。
その、カオスな状況を見かねた雫は、ついに、意を決して、叫んだ。
「もー! みんな、じっとしてて!」
彼女は、緊張で固まっているゼノンパapaの手を取り、涙目のアリアおば様の背中を優しく撫で、そして、時間を元に戻そうと奮闘しているレイおば様の肩を、ポンと叩いた。
「いい? みんな、笑って!」
彼女が、そう言った、その瞬間。
三人の神々は、ハッとして、顔を見合わせた。
そして、自分たちの、あまりの親バカっぷりに、思わず、ぷっ、と吹き出した。
その笑いは、すぐに、大きな、心の底からの笑い声へと変わっていく。
ゼノンも、アリアも、レイも、神としての威厳など、かなぐり捨てて、ただ、一人の「家族」として、笑い合った。
その、あまりにも自然で、温かくて、幸せに満ちた、一瞬の表情。
それを、雫は、見逃さなかった。
彼女は、カメラマンから、そっと、シャッターのリモコンを受け取ると、最高のタイミングで、そのボタンを、カシャッ、と押した。
後日。
天野家の、リビングの一番、目立つ場所には、一枚の写真が、飾られることになった。
そこには、少しだけ不器用で、でも、世界で一番、幸せそうな顔で笑う、四人の「家族」の姿が、永遠に、焼き付けられていた。
それは、間違いなく、宇宙で一番の、記念写真だった。