表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
190/197

宇宙一のヨーロッパ家族旅行


中学卒業と高校入学の間の、夢のように自由な春休み。

そのクライマックスとして、天野家は、満を持して、初の「海外家族旅行」へと、旅立つことになった。

目的地は、アルプスの麓に広がる、中世の美しい街並みを、奇跡のように残している(もちろん、ルナ・サクヤが、寸分の狂いもなく、完璧に「再建・保存」した)古都、「オアシス・ローテンブルク」。


「すっごーい! まるで、絵本の中の世界みたい!」

石畳の道を、カラン、コロンと音を立てながら、雫は、目をキラキラさせて、周囲を見渡した。木組みの家々、窓辺に咲き乱れる花、そして、街のシンボルである、壮麗な大聖堂。

その、あまりにもロマンチックな光景に、彼女の心は、完全に、おとぎ話のお姫様気分だ。


「ふむ。確かに、美しい街だ。…だが、雫。油断は禁物だぞ。ヨーロッパのスリや置き引きは、実に巧妙だと聞く。このお父さんの半径5メートル以内から、決して離れないように」

ゼノンパパは、娘の安全を心配するあまり、すでに、半径5メートル以内に、不可視の「絶対防衛フィールド」を展開していた。


「まあ、善さん。心配しすぎですわ。こんなに、平和で、美しい街で…。それよりも、雫。あちらのカフェの『ザッハトルテ』、絶品ですわよ。さ、参りましょう」

アリアおば様は、すでに、現地のスイーツ情報を、完璧にリサーチ済みだ。


「二人とも、のんきねぇ! ヨーロッパと言えば、やっぱり『古城探検』じゃない! あの丘の上に建ってる、ドラキュラでも出てきそうな古城、面白そうじゃないの! きっと、隠し通路とか、謎の財宝とかが、ザクザクよ!」

レイおば様は、観光よりも、スリリングな「冒険」に、胸を躍らせている。


三者三様の、全く噛み合っていない目的を抱えながら、天野家の、波乱万丈なヨーロッパ旅行が、始まった。


【第一の悲劇:大聖堂のステンドグラス】


一行が、街のシンボルである大聖堂を訪れた、その時。

雫は、その、あまりにも美しく、荘厳なステンドグラスに、言葉を失った。

「きれい…」

彼女が、その神々しい光に見とれていた、まさにその瞬間。

ゼノンパパが、娘を、さらに感動させようと、良かれと思って、ほんの少しだけ、そのステンドグラスに「神の祝福」の光を、上乗せしてしまった。


――ピキッ…パリーン!!!!

過剰なエネルギーに耐えきれず、数百年もの歴史を誇る(という設定の)ステンドグラスが、一枚、見事に、粉々に砕け散った。

「「「……………」」」

静まり返る、大聖堂。観光客と、神父様の、冷ややかな視線が、一斉に、天野家へと突き刺さる。


「…ち、違う! 私では、ない…!」

ゼノンパパは、必死に首を横に振るが、時すでに遅し。

彼は、その日、人生で初めて、神父様に、こっぴどく説教される、という屈辱を味わうことになった。


【第二の悲劇:古城の幽霊騒動】


次に、レイおば様の強い希望で、一行は、丘の上の古城へと、向かった。

「絶対、何かあるわよ、このお城!」

レイが、壁の隠しスイッチ(に見える、ただのシミ)を押した、その瞬間。

彼女が、場を盛り上げるために、こっそりと呼び出した、半透明の「おちゃめなゴースト(もちろん、彼女の創り出した精霊だ)」たちが、一斉に、城の中に現れた。


「「「ぎゃああああああああああっ!!!」」」

城を見学していた、他の観光客たちが、本物の幽霊の出現に、パニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように、逃げ出していく。

城は、あっという間に、もぬけの殻に。

「…あら? みんな、どこ行っちゃったのかしら?」

レイおば様は、一人、きょとんと、首を傾げるのだった。


【クライマックス:市場での、食いしん坊バトル】


様々なトラブル(その全てが、自業自得である)を経て、心身ともに疲れ果てた一行は、夕暮れのマルクト広場(市場)で、夕食をとることにした。

焼きたての、巨大なソーセージ。チーズがとろける、熱々のプレッツェル。色とりどりの、フルーツタルト。

その、美味しそうな匂いに、ようやく、いつもの平和な雰囲気が、戻ってきた。


「…やっぱり、旅は、美味しいものが一番ねぇ」

レイが、巨大なソーセージを、幸せそうに頬張る。

「そうですわね。この、ハーブの練り込まれたマスタード、絶品ですわ」(アリア)

「ふむ。この、肉汁の凝縮率、我が神域の再現レベルを超えているかもしれん…」(ゼノン)


三人の神々が、地球のB級グルメの、意外な奥深さに、感動している、その時。

彼らの目の前で、雫が、一つの、小さな屋台に、目を輝かせているのに、気づいた。

それは、地元の、優しいおばあさんが、一人で焼いている、素朴な、小さなクレープの屋台だった。


雫は、自分のお小遣いで、一番安い、シュガーバターのクレープを、一つだけ買った。

そして、その、温かくて、甘いクレープを、これまでで、一番、幸せそうな顔で、ぱくり、と頬張った。

その、あまりにも純粋で、満ち足りた笑顔。


それを見た、三人の神々は、ハッとして、顔を見合わせた。

自分たちは、娘(姪)のためにと、宇宙規模の、大げさで、派手な「奇跡」ばかりを、用意しようとしていた。

でも、この子が、本当に求めていたのは、そんなものではなかったのかもしれない。

ただ、家族と一緒に、美味しいものを食べて、笑い合う。

そんな、何でもない、ささやかな時間こそが、彼女にとっての、最高の「幸せ」だったのだ。


三人は、何も言わずに、自分たちが手にしていた、豪華な料理を、そっと置いた。

そして、三人で、一つの、小さなクレープを、分け合って食べる、愛しい娘の姿を、ただ、静かに、そして、心の底から、愛おしそうに、見つめているのだった。


雫の、普通の、しかし、たくさんの愛情と、ちょっぴりのドタバタに満ちたヨーロッパ旅行は、こうして、忘れられない思い出と共に、幕を閉じた。

そして、三人の保護者たちもまた、この旅を通じて、父親として、そして保護者として、最も大切なことを、少しだけ、学んだのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ