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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の受験勉強


窓の外では、白い雪が、しんしんと降り積もり、街を静寂で包んでいる。

季節は、冬。中学3-年生の雫たちにとっては、友情や恋に胸をときめかせる余裕もないほど、過酷な「受験」の季節が、やってきていた。

天野家の、雫の部屋。その机の上には、これまで見たこともないほどの、参考書や問題集が、山のように積み上げられている。


「うぅ…分からない…。この、古代ルーン文字の、文法活用…」

雫は、ペンを片手に、うんうんと、頭を悩ませていた。

彼女と朝日くんが目指すのは、オアシス・ネオ・トーキ-ョーで最も偏差値が高く、そして、ファンタジーゾーンの古代文明研究において、最先端を行くという、超難関「王立中央高等学院」。

当然、その入試問題は、通常の中学校の学習範囲を、遥かに超えている。


「大丈夫か、雫。休憩も、大事だぞ」

部屋のドアが、そっと開き、マグカップを手に、朝日くんが顔を覗かせた。

彼もまた、同じ高校を目指す「受験仲間」。今日は、二人で、最後の追い込みをかけるため、天野家で、一日中、勉強会を開いているのだ。

「うん、ありがとう。…朝日くんこそ、顔、疲れてるよ?」

「はは、まあな。でも、雫と一緒だから、頑張れるよ」

朝日くんは、少しだけ照れながら、温かいココアの入ったマグカップを、雫の机に、そっと置いた。

その、何気ない優しさが、疲れた心に、じんわりと、染み渡る。


その、あまりにも絵になりすぎる、受験生の一コマを、もちろん、三人の「神様保護者」が、見逃すはずもなかった。

彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、「雫の部屋の本棚に、いつの間にか増えている、見たこともない装丁の、豪華な『世界文学全集』の中」に、魂を宿らせ、固唾を-のんで、その様子を見守っていた。


【オペレーション・センター:雫の部屋の本棚(『カラマーゾフの兄弟』のあたり)】


「…ふむ。我が娘が、自らの未来を、自らの知性で切り開こうとしている。…実に、感無量だ。…だが、あの『古代ルーン文字』の項目、この参考書の記述には、三箇所ほど、致命的な解釈の誤りがあるな。…私が、こっそりと、正しい解釈を、彼女の脳内に、サブリミナル情報として、送り込んでやるべきか…」

ゼノンパパは、『戦争と平和』の、重厚な革張りの背表紙の中から、真剣な顔で、娘の学力向上プランを、練り始めている。


「まあ、善さん。雫の、その真剣な眼差し、なんて美しいのでしょう。知の探求は、魂を、最も気高く輝かせますわ。…あら、でも、少しだけ、肩が凝っているようですわね。わたくしの『慈愛のマッサージ波動』で、そっと、その疲れを、癒してさしあげましょうか」

『若草物語』の、優しい挿絵の中から、アリアおば様は、すでに、娘のリラクゼーション計画を、実行に移そうとしていた。


「二人とも、まだるっこしいわねぇ!」

『シャーロック・ホームズの冒険』の、少しだけ、探偵のような鋭い視線で、レイおば様が、二人を諌めた。

「受験勉強の醍醐味と言えば、やっぱり『夜食』じゃない! 私が、キッチンに忍び込み、二人のために、食べれば記憶力が3倍になり、ついでに恋も成就するという、伝説の『合格カツ丼』を、作ってきてあげるわ!」

彼女は、もはや、ただの保護者ではなく、最高のケータリングサービスを提供する、敏腕シェフと化していた。


【深夜の、奇跡の夜食】


夜も更け、二人の集中力が、切れかかってきた、その頃。

コンコン、と、部屋のドアが、ノックされた。

「…雫。少し、早いかもしれないが、夜食を作ってみた。よかったら、一緒にどうだ?」

ドアを開けると、そこには、少しだけ照れくさそうな顔をした、ゼノンパ-パが、お盆を手に、立っていた。

お盆の上には、湯気の立つ、二つの丼。

ふわりと香る、甘辛い、出汁の匂い。


それは、レイおば様が、そのレシピを、テレパシーでゼノンパパに「伝授」し、アリアおば様が、その調理工程の全てに「祝福」をかけ、そして、ゼノンパ-パが、父親としての愛情を込めて、不器用ながらも、一生懸命に作った、三人の神々の、合作による「合格カツ丼」だった。


「わー! お父さん、ありがとう! すごく、美味しそう!」

「…すみません、善さん。ありがとうございます」

二人は、机を挟んで、その温かいカツ丼を、夢中で、頬張った。

その、あまりにも優しい味は、疲れた心と、体を、芯から、温めてくれた。


カツ丼を食べ終え、少しだけ、眠くなってきた、その時。

朝日くんが、意を決したように、雫に、こう言った。

「…あのさ、雫。…もし、もしも、合格したら…俺と…」

その、告白の、直前。


本棚の『カラマーゾフの兄弟』から、ゴホンッ!と、ゼノンパパの、あまりにもわざとらしい、咳払いが響き渡った。

「「!?」」

二人は、びくりと肩を震わせ、顔を見合わせ、そして、ぷっ、と吹き出した。


結局、その夜、告白の言葉が、交わされることはなかった。

でも、二人の間には、言葉にしなくても分かる、確かな「約束」が、生まれていた。

(…絶対に、合格して、朝日くんと、同じ高校に行くんだ)

雫は、心の中で、強く、強く、誓った。


本棚の中で、三人の保護者たちは、そんな、娘たちの、甘酸っぱくも、真剣な姿を、それぞれの想いを胸に、見守っていた。

ゼノンパパは、少しだけ、寂しそうに。

アリアおば様は、どこまでも、優しく。

そして、レイおば様は、「あー! もう、ちょっとだったのに!」と、一人、悔しがっている。


雫の、人生における、最初の、大きな挑戦。

その結果がどうなろうとも、彼女のそばには、いつも、宇宙一、温かくて、賑やかな、応援団がついている。

その事実が、何よりも、彼女の力になっていることを、彼女自身は、まだ、知らない。


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