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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の図書館デート


しん、と静まり返った、放課後の図書室。

窓から差し込む西日が、本の背表紙と、舞い上がる小さな埃を、キラキラと金色に照らし出している。

期末テストを間近に控え、机に向かう生徒たちの間には、心地よい緊張感が漂っていた。


雫もまた、歴史の教科書の、分厚いページと、にらめっこをしていた。

(うぅ…この、100年前に起こったっていう『大静寂グレート・サイレンス』と、その後の『地球再生期』の年表、覚えることが多すぎるよ…)

彼女は、小さくため息をついた。


「――大丈夫か、雫。疲れてるんじゃないか?」

不意に、隣の席から、優しくて、少しだけ心配そうな声がした。

見ると、朝日くんが、自分の問題集から顔を上げて、こちらを覗き込んでいた。

「う、うん。大丈夫。ちょっと、休憩してただけ」

雫は、慌てて背筋を伸ばす。


二人は、テスト前になると、こうして一緒に、図書館で勉強するのが、いつの間にか、習慣になっていた。

もちろん、その「習慣」が、夏川海ちゃんをはじめとする、クラスの友人たちの「雫と朝日を、二人きりにしてあげようぜ大作戦」という、周到な計画の賜物であることに、雫はまだ気づいていない。


その、あまりにも絵になりすぎる、青春の一ページを、もちろん、三人の「神様保護者」が、見逃すはずもなかった。

彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、「図書館の、一番高い書架の、その上に飾られた、歴代校長先生の肖像画の中」に、魂を宿らせ、固唾をのんで、その様子を見守っていた。


【オペレーション・センター:図書館の書架の上(肖像画の中)】


「…ふむ。『歴史』の勉強か。実に良い心がけだ。過去を知ることは、未来を創造するための、第一歩だからな。…しかし、この教科書に書かれている『月の女神』に関する記述、あまりにも簡素すぎるではないか! 彼女の、あの壮絶な戦いと、気高い決意の、百分の一も伝わっておらん! …私が、こっそりと、この教科書の行間に、真実の歴史を『追記』してやるべきでは…」

ゼノンパパは、初代校長の、厳格な肖像画の中から、娘の教育環境に対して、静かな怒りを燃やしている。


「まあ、善さん。歴史の真実は、いずれ、雫自身が知る日が来るでしょう。それよりも、見てくださいまし。あの子たち、なんて、お似合いなのでしょう。まるで、古の神話に語られる、英雄と女神のようですわ」

二代目校長の、慈愛に満ちた肖像画の中から、アリアおば様は、うっとりとした表情で、二人を見つめている。


「二人とも、ロマンが足りないわねぇ!」

三代目校長の、なぜか快活で、少しだけやんちゃそうな肖-像画の中から、レイおば様が、呆れたように、しかし、その瞳は楽しげに輝きながら、二人を諌めた。

「いい? 図書館っていうのはね、『静かなハプニング』を起こすための、最高の舞台なのよ! 例えば、高いところの本を取ろうとして、ふらついた雫を、朝日くんが、そっと支えてあげて…とかね! 私が、その『ふらつき』を、風の力で、絶妙に演出してあげるわ!」


三者三様の、壮大で、過剰で、そして愛情に満ちた「お節介」が、静寂の図書館で、今まさに、火花を散らそうとしていた。


【ドキドキのハプニング】


「…そうだ、雫。この参考書、使うか? 分かりやすいって、評判なんだ」

朝日くんが、そう言って、席を立った。

彼が向かったのは、一番奥の、天井まで届きそうなほど、高い書架。


(…来たわね!)

肖像画の中で、レイおば様の瞳が、キラリと光った。


朝日くんが、背伸びをして、一番上の棚にある、分厚い参考書に手を伸ばす。

その、バランスが、ほんの少しだけ、崩れた、瞬間。

レイおば様の「風」が、そっと、彼の足元を、かすめた。


「――わっ!」

朝日くんの体が、ぐらり、と傾ぐ。

彼の手から滑り落ちた、数冊の分厚い本が、重力に従って、真下にいた雫の頭上へと、降り注ぐ!


「きゃっ!」

雫が、思わず、目を固く閉じた、その時だった。


ガコンッ!

彼女の頭上で、何かが、頑丈な壁になるような音がした。

おそるおそる目を開けると、そこには、雫を守るように、覆いかぶさった朝日くんの、たくましい背中があった。

彼の腕が、雫の体を、しっかりと、抱きしめるように、守っている。

そして、彼の頭の上には、ゼノンパパが、あまりの心配に、無意識のうちに展開してしまった、ごく薄い、しかし絶対的な「不可視のバリア」が、本を受け止めていた。


「…だ、大丈夫か、雫。…怪我は、ないか?」

耳元で聞こえる、朝日くんの、少しだけ、荒い息遣い。

背中に感じる、彼の、温かくて、頼もしい体温。

シャンプーの、爽やかな匂い。

雫の心臓は、もはや、計測不能なほど、激しく、高鳴っていた。


「う、うん…。大丈夫…。あ、ありがとう、朝日くん…」

顔を、上げられない。

彼の腕の中で、顔が、耳まで、真っ赤になっているのが、自分でも、分かる。


その、あまりにも完璧すぎる、少女漫画のワンシーン。

それを、描き出した張本人である、肖像画の中の、三人の保護者たち。


アリアおば様は、その尊すぎる光景に、胸を押さえ、うっとりと、幸せなため息を漏らしている。

ゼノンパパは、娘を守った朝日くんの行動に、父親として、少しだけ、彼を認めつつも、その「密着度」に対しては、やはり、複雑な表情で、眉間に深い皺を寄せている。


そして、レイおば様は――。

「…いやー、それにしても、今の朝日くん、格好よかったわねぇ! まるで、王子様みたいだったじゃない! …うんうん、あの子なら、雫の相手として、まあ、合格点をあげなくもないわね!」

彼女は、満足げに、うんうんと、一人で頷いているのだった。


図書館の、静かな、静かな一室で。

二人の、甘酸っぱい物語のページは、また一つ、忘れられない思い出と共に、そっと、めくられた。

そして、その裏側で、神々が、壮絶な(そしてコミカルな)攻防を繰り広げていたことを、知る者は、誰もいない。


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