宇宙一のお誕生日会
秋風が心地よい、とある週末の午後。
天野家のリビングは、色とりどりの風船と、手作りの飾り付けで、いつも以上に華やかに彩られていた。
今日は、雫の、14歳の誕生日パーティー。
主催者は、もちろん、大親友の夏川海と、科学部の冬月翔くん、そして、クラスの仲良し女子グループだ。
「よし! サプライズの準備、OK!」
「ケーキの隠し場所も完璧だよ!」
「主役が帰ってくるまで、あと5分…!」
子供たちは、小さな声で囁き合いながら、ドキドキと、主役の帰りを待っている。
そして、今回のパーティーには、もう一つ、大きなサプライズが用意されていた。
それは、スペシャルゲスト――朝日くんの登場だ。
しかし、思春期真っ只中の彼が、一人で女の子だらけの誕生日会に参加するなど、ハードルが高すぎる。
そこで、友人たちは「翔くんが、新しい発明品を見せたいから、どうしても来てほしいって言ってる」という、絶妙な口実を用意し、なんとか、彼を連れ出すことに成功したのだった。
もちろん、その、娘の、人生における、一大イベントを、あの三人の「神様保護者」が、ただ、指をくわえて見ているはずもなかった。
彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、「天野家の、ちょっと立派すぎる、肖像画の中の、風景画の部分」に、魂を宿らせ、固唾をのんで、その様子を見守っていた。
【オペレーション・センター:リビングの壁の肖像画(の中)】
「…ふむ。『サプライズ・パーティー』か。対象の意図を隠蔽し、特定のタイミングでそれを開示することで、感情の振れ幅を最大化させる…。人間の、実に高度で、そして面倒くさいコミュニケーション術だな。…だが、我が娘の、あの驚き、そして喜ぶ顔が見られるのなら、悪くない」
ゼノンパパは、腕を組み、肖像画の中の、遠い山の稜線から、父親としての、温かい眼差しを、リビングに注いでいる。
「まあ、素敵ですわ。友情の、なんと美しいことでしょう。…あら、あの子たちが用意したケーキ、少しだけ、クリームの泡立ちが、足りないようですわね。わたくしの『慈愛の風』で、そっと、究極のふわふわクリームへと、昇華させてさしあげましょうか」
アリアおば様は、肖像画の中の、優雅な白鳥が浮かぶ湖のほとりで、すでに、最高の「おもてなし」の準備を始めていた。
「二人とも、甘いわねぇ!」
レイおば様が、肖像画の中の、吹き荒れる嵐の雲の中から、ニヤリと笑った。
「誕生日のサプライズと言えば、やっぱり『プレゼント』じゃない! 雫が、今、一番欲しがってるもの…それは、朝日くんからの『何か』に決まってるわ! 私が、朝日くんのポケットに、雫が絶対に喜ぶ、最高のプレゼントを、こっそり『転移』させてあげるのよ!」
三者三様の、壮大で、過剰で、そして愛情に満ちた「サプライズの上乗せ計画」が、静かに、そして確実に、進行し始めていた。
【パーティー開始! そして、サプライズの連鎖】
「ただいまー」
何も知らずに帰ってきた雫が、リビングのドアを開けた、その瞬間。
パーン!という、クラッカーの音と共に、友人たちが一斉に飛び出してきた。
「「「雫、お誕生日、おめでとー!!!」」」
「え…! みんな、どうして…!?」
驚きと、嬉しさで、目を丸くする雫。
パーティーは、大盛り上がりで進んだ。
美味しい料理(もちろん、アリアおば様の『祝福』で、全てが三ツ星レストランの味になっている)、楽しいゲーム。
そして、いよいよ、プレゼント交換の時間。
友人たちからの、心のこもったプレゼントに、雫は、何度も「ありがとう」と、顔をほころばせた。
そして、最後に、少しだけ、もじもじと、朝日くんが、一つの小さな箱を、雫に差し出した。
「…あのさ、雫。…誕生日、おめでとう。…これ、俺から」
「え…?」
雫が、その箱を開けると、中には、銀色に輝く、繊細な、星の形をしたネックレスが、入っていた。
それは、雫が、少し前に、雑誌で見つけて「きれいだな…」と、ぽつりと呟いていたものだった。
「なんで、これを…?」
「…いや、その…偶然、見つけたんだ。雫に、似合うかなって…」
朝日くんは、顔を真っ赤にして、俯いてしまう。
もちろん、それは、偶然などではない。
レイおば様が、雫の「欲しいものリスト」を、テレパシーで読み取り、その情報を、朝日くんのスマホの広告に「サジェスト」表示させ、そして、彼が買ったプレゼントを、今日のこの日まで、誰にも見つからないように「精霊の結界」で、守り続けていた、という、壮絶なバックアップの賜物である。
雫は、その、あまりにも嬉しすぎるプレゼントに、言葉を失い、ただ、瞳を潤ませていた。
「…ありがとう、朝日くん。…すっごく、嬉しい…」
その、完璧な、甘酸っぱい光景。
それを見ていた、肖像画の中の、三人の保護者たち。
アリアおば様とレイおば様は、その微笑ましい光景に、満足げに、うんうんと頷いている。
そして、ゼノンパパは――。
「……………(ゴゴゴゴゴゴゴゴ…)」
彼のいる、肖像画の、山の稜線の上だけ、なぜか、局地的な、終末の暗雲が立ち込め、雷鳴が、ゴロゴロと鳴り響いていた。
彼の、父としての、長くて、そして少しだけ、切ない「娘の恋路を見守る」という、胸の引き裂かれるような試練は、まだまだ、まだまだ、続きそうである。