宇宙一のガールズトーク
キンモクセイの甘い香りが、風に乗って漂う、土曜日の午後。
雫は、親友の夏川海、そして、最近すっかり仲良くなった、クラスの女子数人と一緒に、オアシス・ネオ・トーキョーで一番おしゃれなショッピングモールへと、繰り出していた。
今日の目的は、もちろん、ウィンドウショッピングと、そして、ちょっぴり背伸びしたカフェでのおしゃべり。
制服ではない、それぞれがお気に入りの私服に身を包み、その足取りは、弾むように軽い。
「見て見て、雫! このワンピース、超可愛くない!?」
海ちゃんが、流行りのファッションブランドの店先で、目を輝かせる。
「うん、可愛い! 海ちゃんに、すごく似合いそうだよ」
雫もまた、色とりどりの洋服や、キラキラしたアクセサリーを眺めながら、胸をときめかせていた。
もちろん、その、娘の「女子会」という、父親にとっては聖域であり、同時に魔境でもある空間を、あの三人の「神様保護者」が、ただ家で、指をくわえて待っているはずもなかった。
彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、「ショッピングモールに、あまりにも不釣り合いなほど美形で、やたらとオーラのある、謎の三人組」に扮して、少し離れた場所から、娘たちの、キラキラとした一日を、固唾をのんで、見守っていた。
【オペレーション・センター:ショッピングモールの吹き抜け(カフェのテラス席)】
「…ふむ。『ウィンドウ・ショッピング』か。商品を、購入するでもなく、ただ眺めて、仲間とその価値について議論する…。人間という種族の、実に不可解で、しかし興味深い文化的行動だな」
ゼノンパパは、サングラスの奥から、鋭い視線で、娘たちが品定めする洋服の「素材の分子構造」と「縫製の精度」を、神の力で、勝手に分析している。
「まあ、善さん。素敵ではございませんか。女の子は、こうして、美しいものに触れて、その心を、磨いていくのですわ。…あら、あそこのブティックのショーウィンドウ、少しだけ、照明が暗いですわね。わたくしの『慈愛の光』で、雫たちが、最も美しく見えるように、ライティングを、調整してさしあげましょうか」
アリアおば様は、すでに、最高の「インスタ映え」を演出するための、準備を始めていた。
「二人とも、分かってないわねぇ!」
レイおば様が、ストローで、パチパチと音を立てながら、クリームソーダをかき混ぜる。
「女子会のメインイベントは、この後よ! カフェでの『恋バナ』! そこで、いかにして、雫に、朝日くんへの気持ちを、友達に告白させるか! その『雰囲気作り』こそが、私たちの、今日の最重要ミッションなのよ!」
彼女は、もはや、ただの保護者ではなく、最高のガールズトークを演出するための、敏腕プロデューサーと化していた。
【第一の舞台:プリクラコーナーの奇跡】
ウィンドウショッピングを楽しんだ一行が、次に向かったのは、プリクラコーナー。
狭いブースの中に、キャッキャと声を上げながら、ぎゅうぎゅう詰めで入っていく少女たち。
「雫、もっとこっち!」
「はい、撮るよー!」
フラッシュが焚かれ、画面には、少しだけぎこちない、しかし最高の笑顔の、彼女たちの写真が映し出される。
そして、落書きタイム。
雫が、ペンで、自分の写真の隣に、小さなハートマークを描こうとした、まさにその瞬間。
レイおば様が、そのペン先に、ごく微量の「言霊の力」を、そっと、吹き込んだ。
雫が描いた、小さなハートは、次の瞬間、まるで生きているかのように、ピンク色のオーラを放ちながら、脈動し始めた。そして、そのハートの中から、朝日くんの、デフォルメされた、可愛らしい天使のイラストが、ふわり、と飛び出してきたのだ。
「「「きゃああああああああああああっ!!!」」」
ブースの中は、女子たちの、絶叫に近い歓声に包まれた。
「な、何これ!? 雫の、朝日くんへの愛が、具現化したー!?」
「ヒューヒュー! アツいねー!」
雫は、顔を真っ赤にして、首をぶんぶんと横に振るが、もはや、後の祭りだった。
【クライマックス:カフェでの、恋の尋問】
プリクラでの一件で、すっかり「恋する乙女」として認定されてしまった雫。
一行は、少しだけ背伸びをして、テラス席がオシャレな、人気のカフェへと入った。
テーブルには、色とりどりのケーキと、紅茶が並ぶ。
「で? 雫、どうなのよ、朝日くんとは!」
海ちゃんが、ニヤニヤしながら、核心を突く。
「最近、すごく、いい雰囲気じゃない!」
他の友人たちも、興味津々で、身を乗り出してきた。
「ち、違うってば! 私たち、ただの、幼馴染で…!」
雫が、必死に言い訳をしようとした、その時だった。
彼女が飲んでいた、一杯のハーブティー。
その、湯気の中から、ふわり、と、アリアおば様の「慈愛の囁き」が、雫にしか聞こえない声で、語りかけた。
『…大丈夫ですわ、雫。素直な気持ちは、何よりも、美しいものですよ…』
その、あまりにも優しく、そして背中を押してくれる声に、雫の心の中の、最後の「恥ずかしさ」という名の、扉が、ゆっくりと、開かれた。
彼女は、一度、深く息を吸い込むと、観念したように、そして、少しだけ、幸せそうに、呟いた。
「……うん。…私、たぶん、朝日くんのこと、好き、かも…」
その、小さな、しかし、何よりも大きな一言。
それを聞いた友人たちは、再び「きゃー!」と、黄色い歓声を上げた。
カフェのテラス席は、幸せな、恋の話に、花が咲く。
その、完璧な光景を、少し離れた席から、三人の保護者たちが、それぞれの想いを胸に、見つめていた。
アリアおば様とレイおば様は、その微笑ましい光景に、満足げに、うんうんと頷いている。
そして、ゼノンパパは――。
「……………(ゴゴゴゴゴゴ…)」
彼の周りだけ、なぜか、局地的な、絶対零度のブリザードが吹き荒れていた。
彼が手にしていた、精巧なシュガークラフトの白鳥が、ミシミシと、音を立てて、砕け散っていく。
彼の、父としての、長くて、そして少しだけ、切ない「娘の恋路を見守る」という試練は、まだまだ、始まったばかりである。