宇宙一の文化祭(中学生編)
(11月:文化の秋)
秋風が、銀杏並木を黄金色に染め上げる季節。
市立ひだまり中学校は、年に一度の大学園祭「碧葉祭」の準備で、生徒たちの熱気に満ち溢れていた。廊下のあちこちで、ペンキの匂いや、ステージで練習するバンドの音が混じり合い、どこか浮き足立ったような、キラキラとした空気が流れている。
中学2年生になった天野雫たちのクラス、2年B組の出し物は、「メイド&執事喫茶・時空を超えたおもてなし」と、「クラス全員で描く巨大アート・私たちの未来予想図」の二本立てに決まった。
「よーっしゃ! 雫は、メイド服、絶対似合うから! 私が、最高のデザインで、作ってあげるんだからね!」
すっかり雫の大親友となった夏川海が、目を輝かせながら、デザイン画を広げる。
「え、えぇ…? 私、メイドさんなんて、恥ずかしいよ…」
雫は、顔を赤らめる。
「…天野さん。君の描く『未来予想図』のコンセプト、素晴らしいと思う。…僕も、その、背景の、数式モデルの計算なら、手伝えるけど…どうかな?」
科学部のエースとして、すでにいくつかの特許を申請中だという噂の冬月翔くんが、少しだけ緊張した面持ちで、声をかけてきた。
そして、クラス委員長として、皆をまとめ上げている朝日くんが、少しだけ、困ったような、でも優しい笑顔で、雫に近づいてきた。
「雫、大変だと思うけど、よろしくな。何かあったら、いつでも俺に言ってくれよな」
その、あまりにも自然で、頼りになる一言に、雫の心臓が、きゅん、と音を立てた。
もちろん、その、娘の青春における、最も輝かしい一瞬を、あの三人の「神様保護者」が、ただ静かに、見守っているはずもなかった。
【オペレーション・センター:天野家のリビング(今や、神々の地球本部と化している)】
「…『メイド服』だと…? 我が娘に、そのような、あ、あられもない格好をさせるとは…! 断固として、反対である! 中学校の風紀とは、一体どうなっているのだ!」
ゼノンパパは、娘が、他の男子生徒に「ご主人様」などと言う光景を想像してしまったのか、嫉妬と心配で、その神々しい顔を、真っ赤にして憤慨している。
「まあ、善さん。可愛らしいではございませんか。わたくしの『慈愛の刺繍』を施せば、きっと、銀河一、素敵なメイドさんに、なりますわよ? それよりも、問題は『喫茶』の方です。中学生が作る、平凡なクッキーなどでは、お客様は満足なさいません。わたくしが、この日のために、GG銀河の王室パティシエと共同開発した、新作『ギャラクティック・マカロン』のレシピを、そっと、雫の枕元に…」
アリアおば様は、すでに、文化祭のレベルを、宇宙規模でインフレさせる準備を始めていた。
「二人とも、甘いわねぇ!」
レイおば様が、ニヤリと、悪戯っぽく笑った。
「文化祭の華と言えば、やっぱり『恋のハプニング』じゃない! メイドの雫が、お盆をひっくり返しそうになって、それを執事役の朝日くんが、スマートにキャッチ! そして、二人、見つめ合っちゃう…! 完璧なシナリオよ! 私が、その『偶然』を、風の力で、完璧に演出してあげるわ!」
三者三様の、壮大で、過剰で、そして愛情に満ちた「お節介」が、静かに、しかし確実に、碧葉祭へと、その魔の手を伸ばし始めていた。
【碧葉祭、当日】
そして、運命の文化祭、当日。
2年B組の教室は、開場と同時に、二つの「伝説」を、生み出すことになる。
一つは、教室の後ろに展示された、巨大アート「私たちの未来予想図」。
それは、もはや、中学生の作品ではなかった。
ゼノンパパの、サブリミナル的な「未来技術の刷り込み」を受けた雫が、無意識のうちに描き出した未来都市は、空飛ぶ車が飛び交い、人々は、ファンタジーゾーンの生物と共生し、そして、宇宙の彼方からやってくる異星の友人たちと、笑顔で語り合っている。
その、あまりにも美しく、そして希望に満ちたビジョンは、視察に訪れた地球統合政府の重鎮を「…これは、我々が進むべき、未来の道標そのものだ…」と、涙ながらに感動させた。
そして、もう一つの伝説、「メイド&執事喫茶」。
アリアおば様の「神のレシピ」と、レイおば様の「恋の演出」が、壮絶なコンボを繰り出した。
まず、喫茶店で提供された「ギャラクティック・マカロン」は、そのあまりの美味しさに、食べた客が、次々と「幸福のあまり、一時的な記憶喪失に陥る」という、前代未聞の事態を引き起こした。
そして、クライマックス。
メイド姿の雫が、緊張で、お茶の入ったお盆を持つ手を、震わせた、その瞬間。
レイおば様の「風」が、絶妙なタイミングで、そのお盆を傾かせた。
「きゃっ!」
お盆が、宙を舞う。
その、スローモーションのような光景の中を、執事役の朝日くんが、人間離れした身体能力で、滑り込むように駆けつけ、見事、全てのお茶を、一滴もこぼさずに、キャッチした。
もちろん、彼の身体能力が、ゼノンパパによって、無意識のうちに「我が娘を守るにふさわしいレベルまで」ブーストされていた結果である。
「…大丈夫か、雫」
「…う、うん。ありがとう、朝日くん…」
抱きかかえられるような形で、見つめ合う、二人。
教室にいた全員が、その、あまりにも完璧な「少女漫画的展開」に、息をのむ。
その日の文化祭は、「2年B組に行くと、未来が見えて、記憶が飛んで、恋が始まる」という、謎の都市伝説を、新たに生み出すことになった。
そして、雫と朝日くんの恋の物語も、神々の、過剰な愛情に見守られながら、また一つ、甘酸っぱいページを、書き加えるのだった。