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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の父娘旅行 in ファンタジーゾーン


(秋の連休)


「いいかい、雫。ファンタジーゾーンは、我々が思っている以上に、奥深い世界だ。油断は禁物。常に周囲を警戒し、そして、何よりも、このお父さんのそばから、決して離れないように。分かったな?」


ファンタジーゾーン行きの、豪華なアークライン特急の個室で、ゼノンパ-パは、百回目の注意喚起を、真剣な顔で娘に言い聞かせていた。

彼の格好は、登山用の最新アウトドアウェアに身を包み、背中には、明らかに容量以上の物資が詰め込まれた、巨大なバックパック。その中には、非常食(GG銀河の栄養バー)、救急セット(アリア特製の万能ポーション)、そして熊よけの鈴(の代わりに、鳴らすと半径1キロの魔物が気絶するという『鎮魂のベル』)まで入っている。

完璧なまでの、過保護装備だ。


「もー、お父さん、心配しすぎだよ! 今回行くのは、安全が完全に確保されてる、初心者向けの『ゴブリンの森』と『キラキラ湖』だけなんだから。学校の遠足でも行くような場所だよ?」

雫は、呆れながらも、そんな父親の姿を、微笑ましく見つめていた。

今回、アリアおば様とレイおば様は、それぞれの銀河と異世界での「急用(もちろん、二人が水入らずの旅行を楽しめるように、という、彼女たちの粋な計らいだ)」で、ついてこられなかった。

生まれて初めての、お父さんと、二人きりの旅行。

雫の心は、冒険への期待で、ワクワクと高鳴っていた。


【第一の試練:ゴブリンとの遭遇?】


最初の目的地、「ゴブリンの森」。

鬱蒼とした木々の間から、木漏れ日がキラキラと差し込む、美しい森だ。

「わー、空気がおいしい!」

雫が、深呼吸をして、森の自然を満喫している、その時だった。


ガサガサッ!

茂みの奥から、何かが飛び出してきた。

緑色の肌、尖った耳、そして、粗末な棍棒を握りしめた、一匹のゴブリン。

それは、ギルドの新人冒険者が、最初に戦う、最も弱いモンスターの一種。


「きゃっ!」

雫が、驚いて、小さな悲鳴を上げる。


その瞬間。

雫の前に立っていたゼノンパ-パの背後から、この宇宙の全ての悪意を凝縮したかのような、漆黒の、そして絶対的な「殺意」のオーラが、ゴゴゴゴゴゴ…!と、立ち上った。

「…………ほう」

彼の、地獄の底から響くような、低い声が、森の静寂を切り裂く。

「…我が、愛しい娘に、その薄汚れた牙を剥こうとは。…万死に値するな、塵芥ちりあくたよ」


ゴブリンは、本能的な恐怖に、その場で完全に硬直し、腰を抜かし、情けない声で「ギッ…!?」と悲鳴を上げた。

ゼノンパ-パが、ただ、その指一本を、ゴブリンに向けようとした、まさにその時。


「待って、お父さん!」

雫が、彼の腕を、ぎゅっと掴んだ。

「だめだよ! そのゴブリンさん、よく見て! 震えてるだけじゃない! 怪我してるみたい!」

雫が指さす先、ゴブリンの足には、罠にかかったような、痛々しい傷があった。


「…む?」

娘に言われ、ゼノンは、ようやく、その殺意のオーラを収めた。

雫は、おそるおそる、震えるゴブリンに近づくと、自分のリュックから、アリアおば様に持たされた、救急用のポーションを取り出し、その傷に、優しく振りかけてあげた。

ポーションの光が、ゴブリンの傷を、見る見るうちに癒していく。

傷が癒えたゴブリンは、信じられない、といった顔で、雫と、その背後で、まだ少しだけ不機嫌そうな顔をしているゼノンを、交互に見つめ、そして、ぺこり、と、一度だけ、深々と頭を下げると、森の奥へと、一目散に駆け去っていった。


「…よかった」

雫は、ほっと胸をなでおろした。

ゼノンは、そんな娘の、あまりにも優しすぎる姿に、何も言えず、ただ、その小さな頭を、大きな手で、くしゃくしゃと撫でることしか、できなかった。


【第二の試練:伝説の魚と、父の威厳】


次に二人が訪れたのは、湖面が水晶のように輝く「キラキラ湖」。

ここでは、二人で、のんびりと釣りを楽しむことにした。

雫は、子供用の釣り竿で、小さな魚を何匹か釣り上げ、ご機嫌だ。

一方、ゼノンパ-パは、一匹も釣れず、少しだけ、むくれていた。

(…いかん。このままでは、父親としての威厳が…。雫に、良いところを見せねば…!)


彼は、釣り糸の先に、ごく微量の「因果律操作」の力を込めた。

『この湖で、最も大きく、最も伝説とされ、そして、最も美味しい魚よ。我が娘への、最高の土産となるために、今すぐ、この針にかかるのだ…!』


その、神として、そして父親として、あるまじき「念」が、発動した、その瞬間。

静かだった湖面が、突如として、ゴボゴボゴボッ!と、激しく泡立ち始めた。

そして、水面を割り、巨大な、巨大すぎる「何か」が、姿を現した。


それは、体長10メートルはあろうかという、全身が虹色の鱗に覆われた、伝説の「ぬし」、エンペラー・フィッシュだった。

その口には、しっかりと、ゼノンの釣り針が、かかっている。


「「……………」」

雫とゼノンは、その、あまりにも巨大で、神々しすぎる「釣果」を前に、完全に、固まった。


「…お、お父さん…。これ、どうするの…?」

「…………」

ゼノンパ-パは、答えられない。

彼の、ほんの少しの「見栄」が、湖の生態系の頂点にして、このエリアの守り神とも言える存在を、釣り上げてしまったのだ。


その日の夕食。

天野家の食卓には、エンペラー・フィッシュの、巨大な塩焼きが、テーブルからはみ出さんばかりの勢いで、鎮座していた。

その味は、もちろん、宇宙一、美味だったという。

そして、後日、キラキラ湖の「ぬし」が、忽然と姿を消した、というニュースが、冒険者ギルドを、大騒ぎさせることになるのだが、それはまた、別の話である。


父と娘の、少しだけズレていて、しかし、愛情に満ちたファンタジーゾーン旅行は、たくさんの、忘れられない思い出と共に、幕を閉じたのだった。


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