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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第一章 孤独な戦域
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第十三話:静寂の後のざわめき


第二次大襲撃の嵐が過ぎ去り、数週間が経過した。

世界は、依然として深い傷跡を抱えながらも、ほんの少しずつだが、落ち着きを取り戻し始めていた。

政府による強権的な統制と、各地で活動を始めた能力者団体、そして何よりも人々の必死の努力によって、最低限の社会機能は維持され、復興への動きも徐々に見られるようになってきた。

もちろん、ラビット・ホーンの脅威が完全に去ったわけではない。散発的な出現は依然として続いており、人々は常に警戒を怠れない生活を強いられている。しかし、あの大規模な絶望の後では、ほんの僅かな日常の回復ですら、貴重なものに感じられた。


さくの日常も、大きな変化はなかった。

相変わらず六畳間に引きこもり、ネットで情報を収集し、時折「システム」から指示される小規模なラビットの群れの「掃除」を、誰にも気づかれずに行う。

改良された装備は、彼女の期待通り、いや、それ以上の性能を発揮した。

静音化されたライフルは、文字通り「囁くような」発射音しか立てず、それでいて弾丸はラビット・ホーンの頭部を的確に貫く。強化されたスーツのステルス機能と機動力は、彼女を真の「見えない狩人」へと変えた。そして、拡張された索敵能力は、事前に危険を察知し、常に有利な状況を作り出すことを可能にした。

もはや、ラビット程度の相手では、彼女の敵ではなかった。作業感はさらに増し、戦闘というよりは、やはり「掃除」か、あるいは面倒な「害虫駆除」に近い感覚だった。


そんなある日、いつものようにネットを巡回していたさくの目に、ある種の「ざわめき」が留まった。

それは、特定の地域に関する、少し奇妙な噂だった。


『なんかさ、〇〇市(朔の住む市)の南々東エリアだけ、今回の被害、異常に少なくないか?』

『え、マジで? うちの地元なんか壊滅状態なのに…』

『データ見てみろよ。ラビットの出現数、他の激戦区と変わらない、むしろ多いくらいなのに、死傷者数が明らかに一桁少ない。建物の損壊も軽微だって』

『嘘だろ…そんな奇跡みたいな話……何か特別な防衛手段でもあったのか?』


最初は、ごく一部のデータマニアや陰謀論者の間で囁かれていただけのその噂は、徐々に信憑性を帯び始め、人々の関心を集め始めていた。

第二次大襲撃の被害があまりにも甚大だったため、当初は誰も個別の地域の被害状況を詳細に比較する余裕などなかった。だが、少しずつ状況が落ち着き、情報が集約されてくるにつれて、その「異常なほど被害の少ないエリア」の存在が、無視できない事実として浮かび上がってきたのだ。


『「奇跡の街〇〇」とか呼ばれ始めてるぞw』

『もしかして、超強力な能力者チームが秘密裏に守ってたとか?』

『いや、それならもっと情報出てるはずだろ。なんか、もっとこう…人知を超えた何かが働いた、みたいな…』

『第一次の時も、あの辺りで「空からラビットが消えた」って噂あったよな? 今回も、なんか空中でラビットが爆発してたって目撃情報あるし…』


「スカイフォール・スナイパー」。

あの、朔にとっては黒歴史になりかねない(と本人は思っている)呼称が、再びネット上で囁かれ始めていた。

前回よりも、ずっと具体的で、ずっと現実味を帯びた形で。


(……やっぱり、バレるか、時間の問題だったか)


朔は、モニターを睨みながら、小さくため息をついた。

いくら隠密行動を徹底しても、結果があまりにも突出していれば、いずれ誰かが気づく。それは道理だ。

だが、今のところ、まだ「誰が」やったのかまでは特定されていない。あくまで「何かすごい現象が起きたらしい」というレベルの噂だ。


しかし、その噂は、人々の行動に具体的な影響を与え始めていた。


『〇〇市の南々東エリア、今なら安全ってこと?引っ越したいんだけど…』

『不動産屋に問い合わせ殺到してるらしいぞ。「奇跡の街」の物件、プレミアついてるとかw』

『能力者も、安全な拠点求めて集まってきてるって話だ。あそこなら、次の襲撃があっても生き残れるかもしれないって』

『逆に、次の襲撃で真っ先に狙われたりしてな…「安全神話」の崩壊、的な』


安全な場所を求めるのは、人間の本能だ。

「奇跡の街」の噂は、瞬く間に広がり、人々をその場所へと引き寄せ始めていた。

それは、新たな希望の光であると同時に、新たな混乱の火種にもなり得る。


(……面倒くさいことになりそうだな、また)

朔は、自分の住むマンションが、その「奇跡の街」の中心に近いことを思い出していた。

この六畳間の平穏も、いつまで続くか分からない。

もし、ここに大量の人間が押し寄せてきたら…考えるだけでうんざりする。


だが、それと同時に、ほんのわずかな、本当に些細な達成感のようなものが、朔の胸の奥でチクリと疼いたのも確かだった。

自分のしたことが、結果的に、誰かの「安全」に繋がったのかもしれない。

それは、彼女のこれまでの人生では、決して味わうことのなかった種類の感情だった。


「……ま、私には関係ないけど」


朔は、そう呟いて、ブラウザを閉じた。

世界のざわめきなど、自分には関係ない。

重要なのは、次の「お告げ」と、それをいかに効率よくクリアするか。

ただ、それだけのはずだ。

だが、その割り切りが、以前よりも少しだけ難しくなっていることに、彼女自身はまだ気づいていなかった。


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