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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の部活動見学


(4月下旬~5月:新入生歓迎期間)


桜の花が散り、まぶしい新緑が目に鮮やかな季節。

ひだまり中学校は、新入生たちを勧誘しようとする、上級生たちの熱気で、放課後の校舎が、お祭りのように賑わっていた。

至る所から、運動部の掛け声や、文化部の楽器の音が聞こえてくる。


「雫ー! どこ行くか、決めたー?」

新しい親友となった夏川海が、目をキラキラさせながら、雫の腕をぐいと引いた。

「私は、もう決めてるの! 絶対、冒険部! ファンタジーゾーンのモンスターと戦うための、実践的な訓練ができるんだって!」

「ぼ、冒険部…?」

雫は、その、あまりにも物騒な響きに、少しだけ、顔を引きつらせた。


「…天野さん。…夏川さん。…もし、興味があるなら、科学部なんて、どうかな…?」

後ろから、ひょこっと顔を出したのは、冬月翔くんだ。彼は、すでに科学部の仮入部を済ませたらしく、その手には、何やら怪しげな液体が入った、ビーカーが握られている。

「僕たち、今、古代文明の『ゴーレム』の動力源の謎に、迫ろうとしていてね…。君たちの、その未知なる『才能』があれば、きっと、世紀の大発見が…」


個性豊かな友人たちからの、熱烈な勧誘。

雫自身は、絵本作家になる、という夢のために、美術部でのんびり絵を描きたいな、なんて、ぼんやり考えていた。


もちろん、その、娘の人生における、重大な「選択」の瞬間を、あの三人の「神様保護者」が、見逃すはずもなかった。

彼らは、今日もまた、校舎の屋上の、給水塔の陰から、固唾をのんで、その様子を見守っていた。


【オペレーション・センター:ひだまり中学校の屋上(給水塔の陰)】


「ふむ…。『部活動』か。人間という種が、特定の技能を、集団で、集中的に研鑽するための、実に合理的なシステムだな。…だが、雫よ。お前が選ぶべきは、ただの『絵』を描く部活などではない。このパパの、宇宙最高の遺伝子を受け継ぐ者として、生徒会の『会長』を目指し、この学校を、いや、いずれは、この地球を導く、リーダーとしての道を歩むべきでは…!」

ゼノンパパは、早くも、娘の将来(という名の、壮大な野望)を、勝手に描き始めている。


「まあ、善さん。リーダーシップも素敵ですけれど、女の子は、やはり、美しい『音』を奏でる方が、魅力的ですわ。見てくださいまし、あちらの『吹奏楽部』。もし、雫が、あの銀色に輝く『フルート』という楽器を手にすれば、わたくしの『慈愛のハーモニー』を、この地上に、再現することができるやもしれません」

アリアおば様は、うっとりとした表情で、音楽室の方角を見つめている。


「二人とも、全然、分かってないわねぇ!」

レイおば様が、呆れたように、しかし、その瞳は、何かを企むように、キラリと輝きながら、二人を制した。

「雫はね、私の姪っ子なのよ!? だったら、選ぶべきは、一つしかないじゃない! そう! 『女子バスケットボール部』よ! あの、スピーディーな試合展開! 仲間との、熱いパスワーク! そして、ゴールを決めた時の、あの快感! 私の『風の祝福』があれば、雫は、コートを舞う、無敵のポイントガードになれるわ! スラムダンクよ! スラムダンク!」

彼女は、なぜか、地球の、とある伝説的なバスケットボール漫画に、どハマりしていたらしい。


三者三様の、あまりにも個人的で、そして過保護すぎる「推薦」が、飛び交う。

そして、彼らは、娘(姪)が、自分たちの望む部活を選ぶように、それぞれ、こっそりと「神の御業おせっかい」を発動させ始めた。


【雫の、波乱万丈な部活動見学】


美術室にて:

雫が、美術部の見学に行くと、イーゼルに立てかけられた、一枚の、描きかけの油絵が、なぜか、後光が差すかのように、神々しく輝き始めた。

「こ、これは…!? なんだ、この圧倒的なオーラは…!」

美術部の顧問の先生が、その絵の前に、ひれ伏すように、崩れ落ちる。

(…善さん。やりすぎですわ…)

屋上から、アリアおば様の、静かなため息が漏れた。


音楽室にて:

次に、吹奏楽部の見学へ。

先輩が、見本として、フルートを吹いてくれる。すると、その、少しだけ掠れた音色が、突然、天上の音楽のように、美しく、そして荘厳なハーモニーとなって、音楽室全体に響き渡った。

聞いた生徒たちは、皆、そのあまりの美しさに、涙を流し、心を浄化されていく。

(…アリアちゃん。だから、やりすぎだって…)

屋上から、レイおば様の、呆れたツッコミが飛んだ。


体育館にて:

最後に、海ちゃんに引っ張られて、女子バスケ部の見学へ。

雫が、ボールを手に取った、その瞬間。

体育館に、突風が吹き荒れた。

彼女が、何気なく放ったシュートは、ありえないほどのバックスピンがかかり、コートの端から、吸い込まれるように、リングの真ん中を、スパァァァンッ!と、音を立てて通過した。

体育館にいた全員が、その、物理法則を無視した「神業ゴッド・スキル」に、完全に、静まり返る。

(…レイ。…あなたも、人のことは、言えませんわね)

屋上から、アリアおば様の、冷ややかな視線が、レイに突き刺さった。


結局、その日の部活動見学。

雫は、行く先々で、謎の「超常現象」を巻き起こし、「歩くパワースポット」「奇跡の天才少女」として、学校中の、あらゆる部活動から、熱烈な、そして少しだけ、恐怖のこもった勧誘を受けることになるのだった。

本人は、ただ、首を傾げるばかり。


家に帰った雫は、リビングで、何食わぬ顔で、しかし、どこか誇らしげな顔で出迎えた三人の保護者に、今日こそは、という顔で、じとーっとした視線を向けた。

「……ねえ、お父さんたち。今日の部活動見学、なんだか、私、すっごく、モテモテだったんだけど…」

「さあ? 知らんな。それは、君の、秘められたる才能が、ようやく、世界に見つかった、ということではないかな?」(ゼノン)

「まあ、素晴らしいことですわ。あなたには、芸術も、音楽も、全てを極める才能がおありですもの」(アリア)

「いやー、やっぱり、バスケだったわね! 明日から、特訓よ、雫!」(レイ)


その、あまりにも白々しい(そして、バスケ推しが激しい)三人の態度に、雫は、今日、何度目か分からない、深いため息をつくしかなかった。

彼女の、普通で、平穏な部活動生活への道は、どうやら、宇宙一、遠くて、険しい道のりのようである。


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