宇宙一の中学校入学
(4月:新しい世界の扉)
満開の桜が、別れの花びらを散らし終え、今度は、新しい出会いを祝福するかのように、若葉の緑を輝かせている。
市立ひだまり中学校の、真新しい校門の前。
少しだけぶかぶかな、セーラー服に身を包んだ天野雫は、期待と、それからほんの少しの不安で、胸をいっぱいにしながら、その門をくぐった。
「すごい…! 小学校より、ずっと大きい…!」
校舎も、グラウンドも、何もかもが、小学校とは比べ物にならないほど、広くて、大人びて見える。
すれ違う先輩たちの姿も、どこか、輝いて見えた。
「――雫!」
少しだけ、低くなった、聞き覚えのある声。
振り返ると、そこには、同じく、真新しい学ランに、少しだけ着られている感のある、朝日くんが、照れくさそうに立っていた。
「お、おはよう、朝日くん。…その制服、似合ってるね」
「…雫こそ。…すごく、可愛い」
「え…」
不意打ちの、ストレートな褒め言葉に、雫の顔が、カッと赤くなる。
二人の間に、甘酸っぱくも、どこか懐かしい空気が流れた。
その、初々しい二人を、もちろん、三人の「神様保護者」が、見逃すはずもなかった。
彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、校門の、巨大な桜の木の、その一番高い枝の上から、固唾をのんで、その様子を見守っていた。
【オペレーション・センター:ひだまり中学校の桜の木の上】
「ふむ…。中学校の制服というのも、なかなか、どうして、良いものだな。我が娘の、その純真無垢な魅力を、最大限に引き出している。…しかし、あの朝日という小僧め。入学初日から、我が娘に、あのような、甘い言葉を囁くとは…。やはり、常に、厳重な監視下に置く必要があるな…」
ゼノンパパは、腕を組み、早くも、未来の「娘婿候補(?)」に対して、厳しい評価を下している。
「まあ、善さん。可愛らしいではございませんか。青春ですわ。それよりも、見てくださいまし。あちらに、とても、興味深い魂の輝きを持つ、お子さんたちが、いらっしゃいますわよ?」
アリアおば様の、慈愛に満ちた視線は、雫たちだけでなく、これから彼女の学友となるであろう、新しい顔ぶれへと向けられていた。
「へえー。どの子どの子? なになに…あの子、なんか、妙に運動神経が良さそうじゃない? それから、あっちの子は、すごい本の虫みたいね。将来、有望な魔法使いになるかも!」
レイおば様もまた、魂体(精霊モード)のまま、木の枝から、身を乗り出すようにして、新しい「キャラクター」たちの品定めを、楽しんでいた。
【1-B教室:新しい出会い】
雫と朝日くんは、運良く、同じクラスになることができた。
教室の中は、まだ、互いに様子を窺うような、緊張した空気と、小さなひそひそ話で満ちている。
雫が、自分の席を見つけて座ると、隣の席の女の子が、にこりと、人懐っこい笑顔を向けてきた。
「ねえ、あなた、天野雫さんでしょ? 小学校の時の、あの『伝説の学芸会』、私、見に行ったんだよ! すごかったー!」
太陽のように明るい笑顔で、そう話しかけてきたのは、短いショートカットがよく似合う、活発そうな女の子、夏川 海だった。
「え、あ、うん…。ありがとう」
突然のことに、雫は、少しだけ戸惑いながらも、答えた。
「私、夏川海! 運動大好きで、将来は、ファンタジーゾーンの、最前線で戦う冒険者になるのが夢なんだ! よろしくね、雫!」
海は、ぐっと、親指を立てて見せる。その、裏表のない、真っ直ぐな明るさに、雫も、自然と、笑みがこぼれた。
「…あの…」
今度は、前の席から、小さな声がした。
振り返ると、そこには、大きな丸眼鏡をかけた、少し気弱そうな、しかし、その瞳の奥に、強い探求心の光を宿した男の子が、分厚い本を抱えながら、こちらを見ていた。
「…天野さん、ですよね? 僕、冬月 翔って言います。…あの、学芸会の時の、あなたの『魔法』…あれは、一体、どういう原理で…? もし、古代文明の、失われたエーテル物理学に関連する現象なのであれば、ぜひ、僕に、その一端を、ご教授願えないでしょうか…!」
彼は、早口で、しかし、熱に浮かされたように、そう語った。どうやら、彼は、あの学芸会の「奇跡」を、エンターテイメントではなく、純粋な「科学(魔術)的現象」として捉えている、天才肌の少年らしい。
活発で、明るい、海ちゃん。
知的で、少し変わっている、翔くん。
そして、優しくて、頼りになる、朝日くん。
雫の、新しい中学校生活は、個性豊かで、素敵な仲間たちとの出会いと共に、幕を開けた。
彼女の「ひとりぼっち」だった世界は、もう、どこにもない。
たくさんの、温かい「ひだまり」に囲まれて、彼女の、新しい物語が、今、色鮮やかに、紡がれていこうとしていた。
その、かけがえのない、青春の一ページ一ページを、三人の、宇宙一、過保護な神々が、今日もまた、ハラハラドキドキしながら、見守っている。