宇宙一の小学校卒業式
(3月:旅立ちの季節)
春の光が、体育館の窓から、キラキラと差し込んでいる。
市立ひだまり小学校の、卒業式。
厳かで、しかし、どこか温かい空気が、会場全体を包み込んでいた。
壇上では、校長先生が、卒業生たちへのはなむけの言葉を、少しだけ涙声で、語りかけている。
卒業生席の一番前の列。
天野雫は、少しだけサイズの大きい、真新しい中学校の制服に身を包み、背筋をぴんと伸ばして、その言葉に耳を傾けていた。
隣には、同じく、少しだけ緊張した面持ちの、朝日くんがいる。
(…もう、卒業なんだな…)
雫の脳裏に、この小学校で過ごした、たくさんの思い出が、まるで走馬灯のように、駆け巡る。
初めて、朝日くんと、この校庭で出会った日。
二人で、ドキドキしながら挑んだ、天下一冒-険者大会(という名の、学園祭)。
運動会で、みんなの応援を背に、必死でゴールテープを切った、あの瞬間。
林間学校の、キャンプファイヤーの炎。
そして、何でもない、ただの日常。教室での、他愛ないおしゃべり。帰り道の、夕焼け。
その全てが、キラキラと輝いて、胸の奥を、ぎゅっと締め付ける。
嬉しい。でも、少しだけ、寂しい。
そんな、甘酸っぱい気持ちで、胸がいっぱいだった。
保護者席の、一番後ろの隅。
今日もまた、三人の「神様保護者」が、その光景を、固唾をのんで、見守っていた。
だが、今日の彼らは、いつもとは、少しだけ、様子が違った。
ゼノンパパは、その手にした、超高性能ビデオカメラのファインダーを、何度も、何度も、ハンカチで拭っている。その瞳は、誇らしさと、そして、娘が自分の手から巣立っていくことへの、どうしようもない寂しさで、潤んでいた。
「…むぅ…。あんなに、小さかった雫が…。もう、こんなに、立派になって…。…いかん。レンズが、歪んで見える…」
アリアおば様は、その美しい瞳から、大粒の涙を、ぽろぽろと、こぼしていた。
「…まあ、なんて、感動的なのでしょう…。子供たちの、その輝かしい未来への門出…。わたくしの『慈愛』の心が、共鳴して、止まりませんわ…うぅっ…」
そして、いつもは元気いっぱいのレイおば様も、今日ばかりは、魂体のまま、静かに、そして、どこか寂しげに、その光景を見つめていた。
「……行っちゃうんだねぇ、二人とも。…まあ、めでたいことなんだけどさ。…なんだか、お姉ちゃんとしては、ちょっとだけ、寂しいわねぇ…」
三人の神々は、今日だけは、いつものような「お節介」は、一切しなかった。
ただ、静かに、そして、心からの愛情を込めて、子供たちの、その晴れやかな門出を、見守ることに、徹していた。
それは、彼らが、雫の「成長」を、本当の意味で、認め、そして信頼した、証でもあった。
「――卒業生、退場」
式が終わり、卒業生たちが、在校生たちの拍手と、歌声に送られて、体育館を後にしていく。
雫と朝日くんも、二人並んで、その列の中を歩いていた。
体育館を出て、満開の桜が咲き誇る、校門へと続く道。
「…終わっちゃったね、小学校」
雫が、ぽつりと呟いた。
「…ああ。でも、終わりじゃない。始まりだ」
朝日くんが、力強く、そして、少しだけ照れながら、答えた。
「俺たち、中学生になっても、ずっと、一緒だからな」
彼は、そう言うと、卒業証書の筒を握りしめていない方の手で、雫の、その小さな手を、ぎゅっと、力強く握った。
「…うん!」
雫は、満面の、そして、最高の笑顔で、頷いた。
その、あまりにも眩しく、そして希望に満ちた二人の姿。
それを、物陰から、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、見守る、三人の保護者たち。
「うぅぅ…! 我が娘が…! あんな、男の子と、手を…! …しかし、あの笑顔…! あんなに、幸せそうな顔をするなんて…! …許す! 今日だけは、特別に、許してやろう…!」
ゼノンパパは、父親としての嫉妬と、娘の幸せを願う気持ちの間で、感情がぐちゃぐちゃになっていた。
雫の、人生における、一つの、大きな、大きな節目。
その門出は、宇宙一、過保護で、そして、宇宙一、愛情深い「家族」に見守られながら、最高の形で、祝福されるのだった。
彼女の、新しい「物語」は、今、まさに、始まろうとしていた。