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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の授業参観


「――というわけで、この二次方程式の解は…」

春の柔らかな日差しが差し込む、市立ひだまり小学校、4年2組の教室。

算数の授業の、少しだけ気怠い空気を、先生の穏やかな声が満たしている。

天野雫は、一番後ろの席で、少しだけ眠そうな目をこすりながらも、一生懸命、黒板の数式に視線を向けていた。

教室の後ろでは、たくさんの保護者たちが、我が子の様子を、ビデオカメラを片手に、固唾をのんで見守っている。

その、最後列の、一番目立たない隅っこに、ひときわ異彩を放つ、三人の「保護者」の姿があった。

超絶ダンディなイケオジ(ゼノンパパ)。

銀髪の、神々しいほどの絶世の美女(アリアおば様)。

そして、活発で、快活な雰囲気の黒髪の美女(レイおば様)。

彼らは、完璧な認識阻害フィールドを展開しているため、他の保護者たちには、ただの「少しだけ目立つ、熱心なご家族」くらいにしか見えていない。

「ふむ…。我が娘、雫の、今日のコンディションは、上々のようだな。肌のツヤ、よし。髪の輝き、よし。授業に対する集中力、やや散漫だが、許容範囲内だ。…おお! 今、少しだけ、あくびをこらえたな! なんと、愛らしいことか…!」

ゼノンパパは、娘の一挙手一投足を、その神の眼で、嬉々として観測していた。

教室では、先生が、にこやかに言った。

「はい、じゃあ、この問題、分かる人はいるかなー? 難しいかな? …うーん、じゃあ、天野さん、試しにやってみようか?」

突然の指名に、雫は、びくりと肩を震わせた。

(ど、どうしよう! この問題、まだ、よく分かんないのに…!)

彼女は、おそるおそる立ち上がり、黒板へと向かう。チョークを持つ手が、緊張で、微かに震えていた。

その、健気な姿を見た瞬間、ゼノンパパの、親バカ心に、火がついた。

(…むぅ…! 我が娘が、このような些細な問題で、恥をかくなど、あってはならん! 私が、ほんの少しだけ、その思考を『導いて』やらねば…!)

彼が、その神力で、雫の脳内に、答えを直接「囁きかけよう」とした、まさにその時だった。

「――待ちなさい、善さん」

隣から、アリアおば様の、静かだが、有無を言わせぬ声がした。彼女の、慈愛に満ちた瞳が、ゼノンを、優しく、しかし、きっぱりと諌めている。

「雫は、今、自分の力で、考えようとしています。あなたが、ここで手を出してしまっては、あの子の『成長』という、かけがえのない機会を、奪うことになりますわ」

「そうよ、そうよ! 善さん!」

反対側の席から、レイおば様も、呆れたように、しかし真剣な顔で、言葉を続けた。

「失敗したっていいじゃない! 間違えたっていいじゃない! それが、子供ってもんでしょ! 転んで、泣いて、それでも自分で立ち上がるから、人は強くなるの! あなた、それでも『父親』なの!?」

二人の、あまりにも正論な「叔母たち」からのダブルパンチに、ゼノンパパは「ぐっ…!」と、言葉を詰まらせた。

「し、しかしだ! 我が娘が、衆目の前で、答えられずに、しょんぼりとする姿など、私には…!」

「それを見守るのが、親の『愛』ですわ」(アリア)

「それに、あんたが手出ししたら、面白くないじゃない!」(レイ)

結局、ゼノンパパは、二人の叔母に説得(物理的に羽交い締めにされながら)され、娘の「ずる」を、断念せざるを得なかった。

黒板の前で、雫は、うーん、と、必死に頭を悩ませていた。

そして、いくつかの間違った数式を書いては、消し、書いては、消し、を繰り返す。

クラスメイトたちが、少しだけ、くすくすと笑い始める。

雫の顔が、恥ずかしさで、真っ赤に染まった。

だが、彼女は、諦めなかった。

アサヒくんが、心配そうな顔で、でも「頑張れ」と、無言のエールを送ってくれているのが、視界の端に見えたから。

(…大丈夫。私なら、できる!)

彼女は、もう一度、問題文をよく読み、そして、授業で習ったことを、一つ一つ、丁寧に、思い出した。

そして、ついに、一つの「答え」に、たどり着いた。

「…で、できました…!」

彼女が、震える声で書いた答え。

それは、完璧な、正解だった。

「――はい! 大正解! すごいじゃないか、天野さん! 途中で諦めずに、よく頑張ったね!」

先生の、心からの称賛の言葉。

クラスメイトたちから、今度は、尊敬の「おー!」という、温かい拍手が送られた。

雫は、ほっと胸をなでおろし、そして、最高の笑顔で、自分の席に戻った。

その顔は、自信と、達成感で、キラキラと輝いていた。

保護者席の隅で、ゼノンパパは、その光景を、ただ、呆然と見つめていた。

そして、やがて、その瞳から、一筋の、熱い涙が、こぼれ落ちた。

「……ああ。そうか。…私が、間違っていたようだ」

彼は、自分の過保護が、娘から、この、かけがえのない「輝き」を奪うところだったのだと、心の底から、理解した。

「ありがとう、アリア、レイ。君たちが、私を止めてくれなければ…」

「うふふ。父親として、あなたも、少しだけ『成長』なさいましたわね、善さん」(アリア)

「まあ、たまには、良いこと言うじゃない、あんたも」(レイ)

三人の保護者たちは、顔を見合わせ、そして、我が子の、そして「父親」の、その尊い成長を、心からの笑顔で、見守るのだった。

雫の、普通の、しかし、たくさんの愛情に見守られた学校生活は、こうして、また一つ、大切な思い出のページを、増やしていくのであった。

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