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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の書き初め大会


キンと冷えた冬の空気の中に、墨の、凛とした香りが漂う。

年が明け、新学期が始まったひだまり小学校。その最初の大きな行事は、体育館で行われる、全校一斉の「書き初め大会」だ。

しんと静まり返った体育館に、子供たちが、真新しい半紙に向き合い、真剣な顔つきで、筆を握っている。


4年2組の天野雫もまた、背筋をぴんと伸ばし、硯の中の墨を、ゆっくりと見つめていた。

今年のお題は「希望」。

シンプルで、しかし、とても大きくて、難しい言葉。


(希望、か…)


雫は、筆にたっぷりと墨を含ませながら、考える。

私にとっての、希望って、なんだろう。

お父さんや、おば様たちが、いつも笑顔でいてくれること?

朝日くんと、これからも、ずっと、仲良しでいられること?

世界中のみんなが、平和に暮らせるようになること?

色々な、温かくて、キラキラした光景が、彼女の脳裏に浮かんでくる。


その、純粋で、力強い「願い」の波動を、もちろん、三人の「神様保護者」が、感じ取らないはずもなかった。

彼らは、今日もまた、体育館の、一番後ろの、ステージの緞帳どんちょうの陰に、完璧な認識阻害を施して、固唾をのんで、娘(姪)の晴れ舞台を見守っていた。


【オペレーション・センター:体育館のステージの緞帳の陰】


「ふむ…。『書』、か。我が故郷アーケイディアにも、思考を可視化する、類似の芸術形態は存在したが…この、墨と筆という、アナログなツールで、精神性を表現しようという試み、実に興味深い」

ゼノンパパは、腕を組み、まるで哲学者のように、書き初めという文化を、深く分析している。


「まあ、美しいですわね。一筆一筆に、子供たちの、純粋な魂の形が、現れているかのようです。…あら、あそこの男の子、筆を握りしめすぎて、墨が垂れてしまっていますわ。わたくしの『慈愛の風』で、そっと、乾かしてさしあげましょうか」

アリアおば様は、いつものように、誰かを助けたくて、うずうずしている。


「二人とも、静かにしてなさい!」

レイおば様が、人差し指を口に当て、シーッ、と二人を制した。

「いい? 書き初めっていうのはね、精神統一が、何よりも大事なのよ。その子の、一年間の願いを、一筆に込める、神聖な儀式なんだから。…私たちの出番は、雫が、最高の『一筆』を放つ、その瞬間の、ほんの少しの『後押し』だけでいいの」

彼女は、なぜか、書き初めに関しては、一家言あるようで、その瞳は、いつになく真剣だった。


教室内では、雫が、ついに、意を決した。

彼女は、すぅっ、と、息を吸い込む。

そして、思い描くのは、たった一つの光景。

お父さんも、おば様たちも、朝日くんも、学校の友達も、みんなが、ただ、笑っている。そんな、何でもない、温かい日常。

それが、彼女にとっての「希望」そのものだった。


その、強い、強い想いを、筆の先に込めて。

彼女は、一気に、半紙の上を、その小さな筆で、滑らせた。


「――希望」


それは、まだ、子供の、少しだけ拙い文字だったかもしれない。

でも、その一文字一文字には、彼女の、純粋で、力強い願いが、これ以上ないほどに、込められていた。


その、純粋な「言霊」の輝きに、レイおば様が、呼応した。

(…今よ!)

彼女は、魂体(精霊モード)のまま、そっと、雫が書いた文字の上に、手をかざした。

そして、自らの、大精霊としての「言霊の力」を、ほんの、ほんの少しだけ、その墨の黒に、吹き込んだ。

それは、誰にも気づかれない、精霊の、ささやかな「祝福」。


書き初め大会が終わり、各クラスの優秀作品が、廊下に張り出された。

その中でも、ひときわ、見る者の目を引く一枚があった。

4年2組、天野雫の「希望」。


その文字は、ただ、そこにあるだけなのに、なぜか、見る者の心を、温かく、そして力強く、照らし出すかのようだった。

落ち込んでいる生徒が、その文字を見れば、不思議と、元気が出てくる。

進路に悩んでいる上級生が、その文字を見れば、自分の進むべき道に、光が見えたような気がする。

疲れきった先生が、その文字を見れば、明日もまた、頑張ろう、という気持ちになれる。

いつしか、雫の書き初めは、「ひだまり小学校の、もう一つのパワースポット」として、生徒たちの間で、密かな噂になっていく。


もちろん、雫本人は、自分の書いた文字に、そんな不思議な力が宿っていることなど、全く気づいていない。

ただ、自分の作品が金賞に選ばれて、朝日くんに「雫の字、すごく綺麗で、なんだか元気が出るな」と褒められたことが、何よりも、嬉しかっただけ。


家に帰った雫は、リビングで、何食わぬ顔で出迎えた三人の保護者に、少しだけ、じとーっとした視線を向けた。

「…ねえ、お父さんたち。私の書き初め、なんか、すごくキラキラしてるって、みんなに言われたんだけど…何か、知らない?」

「さあ? 知らんな。それは、君の心が、希望に満ちて、輝いているからではないかな?」(ゼノン)

「まあ、素晴らしいことですわ。あなたの心が、多くの人を照らしているのですもの」(アリア)

「へえー、そうなんだー。雫は、やっぱり、すごい才能があるのね!」(レイ)


その、あまりにも白々しい(そして、どこか誇らしげな)三人の態度に、雫は、またしても、深いため息をつくしかなかった。

彼女の、普通の、しかし、たくさんの奇跡に彩られた学校生活は、今日もまた、新しい「伝説」のページを、一つ、書き加えたのだった。


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