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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の大掃除


キンコンカンコン、と、一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

冬休みを明日に控え、ひだまり小学校の校舎は、どこか浮き足立ったような、わくわくした空気に包まれていた。

しかし、その前に、乗り越えなければならない、年に二度の大イベントが、子供たちを待ち構えている。

そう、学期末の「大掃除」だ。


「えー! 俺、窓拭きかよー!」

「廊下の雑巾がけ、競争しよーぜ!」

4年2組の教室でも、子供たちが、それぞれ、自分の担当場所の掃除用具を手に、きゃあきゃあと騒いでいる。


そんな中、天野雫は、少しだけ、憂鬱な表情を浮かべていた。

彼女が、くじ引きで引き当ててしまった担当場所。それは、北校舎の、一番奥にある、古くて、少し薄暗い、男子トイレだった。

「うぅ…。なんで、よりにもよって、ここなの…」

古いタイル、独特の匂い、そして、何よりも、男子たちが普段使っている場所、というだけで、思春期に差し掛かった彼女にとっては、少しだけ、抵抗がある。

一緒に担当になった男子たちも、ふざけてばかりで、真面目に掃除をする気配は、まるでない。

雫は、一人、小さなバケツと、固く絞った雑巾を手に、途方に暮れていた。


その、健気で、少しだけ不憫な娘の姿を、もちろん、三人の「神様保護者」が、見過ごすはずもなかった。

彼らは、今日もまた、完璧な認識阻害を施し、教室の、一番後ろのカーテンの陰から、固唾をのんで、その様子を見守っていた。


【オペレーション・センター:4年2重の教室の後ろ(カーテンの陰)】


「…むぅ。我が愛娘に、このような、薄汚れた場所の掃除をさせるとは…。この小学校の衛生観念は、どうなっているのだ。許しがたい。今すぐ、この校舎全体を、分子レベルで分解し、再構築すべきでは…」

ゼノンパパが、本気で、物騒なことを考え始めている。その瞳には、娘を不憫に思うあまり、宇宙の法則を捻じ曲げかねない、危険な光が宿っていた。


「まあまあ、善さん、落ち着いてくださいまし。これも、雫にとっては、社会性を学ぶための、大切な経験ですわ。…でも、確かに、このままでは、あの子が可哀想ですわね。わたくしの『慈愛のオーラ』で、トイレに漂う、全ての不浄な『気』を、そっと、浄化してさしあげましょうか」

アリアおば様は、優雅に微笑みながら、すでに、その神力を、解放する準備を始めていた。


「二人とも、大げさよ! そんなことしたら、逆に騒ぎになるでしょ!」

レイおば様が、呆れたように、しかし、その瞳は「私の出番ね!」と、爛々と輝きながら、二人を制した。

「いい?こういうのはね、もっと、こう、スマートに、そして、誰にも気づかれずに、助けてあげるのが『粋』ってもんよ! 見てなさい。私の、大精霊としての、本当の力を見せてあげるわ!」


彼女は、そう言うと、魂体(精霊モード)のまま、ふわり、と、誰にも気づかれずに、雫が向かった、北校舎の男子トイレへと、先行した。


雫が、意を決して、男子トイレの扉を、おそるおそる開けた、その瞬間。

彼女は、自分の目を、疑った。


「…………え?」


そこに広がっていたのは、彼女が想像していた、古くて、薄暗くて、少し匂うトイレの光景では、全くなかった。

床のタイルは、まるで磨き上げられた大理石のように、輝いている。

壁は、漆喰のように真っ白で、一点の曇りもない。

便器に至っては、新品どころか、まるで高級ホテルのスイートルームに置かれている、芸術品のような、神々しいまでの輝きを放っていた。

そして、トイレ全体が、まるで早朝の高原の森のような、清々しくて、そしてどこか神聖な空気に満ち満ちている。

独特の匂いなど、微塵も感じられない。


「な、なに、これ…?」

雫は、あっけにとられて、立ち尽くす。

一緒に掃除をするはずだった男子たちも、その、あまりにも美しすぎるトイレを前に、ただただ、呆然としている。

「…おい、ここ、本当に、俺たちのトイレか…?」

「なんか、入るの、もったいなくね…?」


もちろん、この「奇跡」の正体は、言うまでもない。

先にトイレに到着したレイおば様が、その大精霊としての「浄化の輝き」を、ほんの少しだけ、しかし全力で、発動させた結果である。

『ふふん、どうかしら! 私にかかれば、こんなものよ! これで、雫も、気持ちよく、お掃除のフリができるでしょ!』

天井の隅で、誰にも見えないレイおば様が、満足げに、仁王立ちで腕を組んでいた。


結局、その日の大掃除。

雫たちの班は、やることが、何もなかった。

あまりにも綺麗すぎるトイレを前に、ただ、雑巾で、申し訳程度に床を撫でるだけ。

そして、掃除が終わる頃には、ひだまり小学校の北校舎の男子トイレは、「なぜか、入るだけで、心が洗われる、パワースポットになっている」という、奇妙な都市伝説が、誕生することになるのだった。


家に帰った雫は、リビングで、何食わぬ顔で出迎えた三人の保護者に、少しだけ、じとーっとした視線を向けた。

「…ねえ、お父さんたち。今日の、学校のトイレ、すっごく、綺麗だったんだけど…何か、知らない?」

「さあ? 知らんな。きっと、日頃の、君の行いが良いから、掃除の神様が、ご褒美をくれたのではないかな?」(ゼノン)

「まあ、不思議なことも、あるものですわねぇ」(アリア)

「へえー、そうなんだー。よかったじゃない、雫!」(レイ)


その、あまりにも白々しい三人の態度に、雫は、深いため息をついた。

(…まあ、いっか)

彼女の、少しだけ、普通じゃない学校生活は、今日もまた、神々の、過剰な愛情によって、ピカピカに、磨き上げられていくのであった。


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