宇宙一のクリスマスと、神様たちの除夜の鐘
12月24日、クリスマスイブ。
オアシス・ネオ・トーキョーの街は、イルミネーションの柔らかな光と、人々の楽しげなざわめきに包まれていた。
天野家のリビングにも、大きな、大きなクリスマスツリーが飾られている。そのツリーは、もちろん、ただのツリーではない。
「ふふん。どうかしら、雫。このオーナメントはね、私が、ギャラクシー・ギルドニア銀河の『願い星』の欠片から、特別に錬成してあげたのよ。一つ一つに、あなたの幸せを願う、私の祈りが込められているんだから」
レイおば様が、得意げに胸を張りながら、ツリーのてっぺんに、ひときわ大きく輝く星を飾り付けている。
「まあ、レイ。あまり、雫を甘やかしてはいけませんわ。…雫、こちらの『ジンジャーブレッドマン』は、わたくしが、GG銀河の神殿で秘伝とされている『生命のクッキー生地』で作りましたの。一つ食べれば、一年は風邪をひかない、という優れものですわよ」
アリアおば様は、優雅に微笑みながら、お皿いっぱいの、可愛らしいクッキーをテーブルに並べる。
「む…。二人とも、出し抜いたな…。雫、お父さんは、君のために、サンタクロースそのものを、この地球に『召喚』しようとしたのだが…残念ながら、地球の伝承におけるサンタクロースは、特定の個体として確立されておらず、集合的無意識の概念体であったため、物理的な顕現は、断念せざるを得なかった…。すまない…」
ゼノンパパは、世界の法則に阻まれた自らの非力さ(?)を、心の底から悔しそうに、しょんぼりと肩を落としていた。
「もー、お父さん、大丈夫だって! プレゼントは、ちゃんと、お父さんと、アリアおば様と、レイおば様がいてくれるだけで、十分だよ!」
雫は、そんな、少しズレているけど、愛情に満ちた家族の姿に、くすくすと笑いながら言った。
その夜。
雫が、自分の部屋のベッドで、サンタさんからのプレゼントを心待ちにしながら、眠りについた頃。
天野家の屋根の上に、三人の「サンタクロース」が、こっそりと集まっていた。
「…いいかい、二人とも。作戦はこうだ。まず、私が『時空間制御』で、この家の時間流を、外部から完全に遮断する。その間に、アリアが『慈愛のオーラ』で、雫の夢を、最高に幸せなものにする。そして、レイ、君が、プレゼントを、そっと、彼女の枕元に置くのだ。絶対に、気づかれてはならない。いいな?」
ゼノンパパが、小声で、しかし真剣な顔で、作戦の最終確認を行う。
「ええ、お任せくださいまし。雫が、お姫様になって、素敵な王子様と踊る夢を、見せてさしあげますわ」
「任せなさい! 私の隠密能力は、エンシェント・ドラゴンの巣に忍び込むより、ずっと得意なんだから!」
三人の神々は、たった一人の愛しい娘のために、宇宙の法則を捻じ曲げ、最高のクリスマスプレゼントを届けるという、壮大なミッションに、全力で挑んでいた。
翌朝。
雫が目を覚ますと、枕元には、彼女がずっと欲しかった、最新モデルのスケッチブックと、色鉛筆のセットが、綺麗にラッピングされて置かれていた。
そして、部屋中が、なぜか、とても優しくて、温かい、ひだまりのような匂いに包まれている。
「…サンタさん、来てくれたんだ…!」
雫は、プレゼントを胸に抱きしめ、最高の笑顔で、リビングへと駆け下りていく。
その姿を、寝不足で、少しだけ目の下にクマを作った三人の保護者たちが、この上なく幸せそうな、そして満足げな顔で、見守っているのだった。
第二部:神様たちの、除夜の鐘
クリスマスが終わり、街は、あっという間に、年末年始の、どこか厳かで、そして華やかな雰囲気に包まれた。
大晦日の夜。
天野家では、家族四人で、こたつに入り、陽菜ママ(時々遊びに来る)が腕によりをかけて作った、豪華な年越しそばを、すすっていた。
「ふむ。この『ソバ』という食べ物、なかなかどうして、奥が深いな。この、噛み応えと、喉越しのバランスが、絶妙だ…」
ゼノンパパが、慣れない箸使いで、真剣な顔で、そばを分析している。
「お父さん、お蕎麦は、もっと、ズズズーって、音を立てて食べるんだよ! こうやって!」
雫が、お手本を見せるように、威勢よくそばをすする。
そんな、他愛のない時間が過ぎていき、やがて、時計の針が、夜の11時半を回った頃。
ゼノンパパが、ふと、真面目な顔で、こう切り出した。
「…さて、雫。そろそろ、我々の、年に一度の『大仕事』の時間だ」
「大仕事?」
きょとんとする雫に、アリアおば様とレイおば様も、神妙な顔で頷く。
三人に連れられて、雫が家の外に出ると、夜空には、満月が煌々と輝いていた。
「いいかい、雫。これから、私たちは、この一年、この宇宙に溜まった、ありとあらゆる『良くないもの』…人々の悲しみや、星々の疲れ、そういうものを、全部、綺麗に『お掃除』するんだ」
ゼノンパパは、そう言うと、天に向かって、その大きな手を、ゆっくりと掲げた。
ゴーーーーーーーーーーン…………。
どこからともなく、荘厳で、そしてどこまでも深く、澄み切った「鐘」の音が、宇宙全体に響き渡った。
それは、ゼノンが、その神力で、宇宙の法則そのものを「叩き」、発した「除夜の鐘」。
その音の波動は、人々の心の澱を洗い流し、星々の歪みを正し、宇宙全体を、清浄なエネルギーで満たしていく。
ゴーーーーーーーーーーン…………。
次に鐘を鳴らしたのは、アリアおば様だった。彼女の鐘の音は、どこまでも優しく、温かく、全ての生命を慈しむかのような、「癒やし」の響きを持っていた。
ゴーーーーーーーーーーン…………。
三番目は、レイおば様。彼女の鐘の音は、力強く、そしてどこまでも真っ直ぐで、新しい年への、力強い希望と、冒険の始まりを予感させる、活気に満ちた音だった。
そして、最後に。
「さあ、雫。君の番だ」
ゼノンパパに促され、雫は、おそるおそる、天に向かって、その小さな手を掲げた。
彼女は、まだ、神様ではない。でも、その魂には、かつての「自分」が残した、温かい光が、確かに宿っている。
彼女は、ただ、心の中で、強く、強く、願った。
(来年も、みんなが、笑顔でいられますように)
ゴーーーーーーーーーーン…………。
彼女の、純粋な願いが、宇宙に響き渡る。
その鐘の音は、誰よりも小さく、か弱かったかもしれない。
でも、その響きは、誰よりも優しく、そして、新しい時代の夜明けを告げる、希望の光そのものとなって、宇宙の隅々まで、どこまでも、どこまでも、広がっていった。
四人の神様(と、その卵)が鳴らす、宇宙一、壮大で、そして温かい除夜の鐘。
その音色に包まれながら、新しい年が、静かに、そして確かに、始まろうとしていた。