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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一のリンゴ狩り


運動会から数週間後、季節はすっかり秋めいていた。

オアシス・ネオ・トーキョー郊外に広がる、ファンタジーゾーンとの境界近くの丘陵地帯。そこには、ルナ・サクヤが地球再生の際に「ついでに」植えておいた、様々な果樹園が、美しい実りの季節を迎えていた。

その中でも、ひときわ人気なのが、蜜がたっぷりで、かじればシャクッと音がする、奇跡のように美味しい「ひだまりリンゴ」の果樹園だ。


その日、天野家は、家族総出で、リンゴ狩りにやってきていた。


「わーい! リンゴだ、リンゴだー!」

天野雫は、頭のてっぺんでポニーテールを揺らしながら、黄金色に色づいたリンゴ畑を、元気いっぱいに駆け回っていた。


「こら、雫! あまり、はしゃいで転ぶんじゃないぞ!」

その後ろを、心配そうな顔で、しかしその目元は完全に緩みきっているゼノンパパが、大きな籠を手に、追いかけていく。彼の今日の服装は、なぜか英国紳士風のツイードジャケットにハンチング帽という、リンゴ狩りには全く不向きな、しかし妙に気合の入った出で立ちだった。


「まあまあ、善さん。雫は、元気なのが一番ですわ。…あら、あそこのリンゴ、ひときわ赤く、そして美味しそうですわね。雫、あれを取りましょう!」

アリアおば様は、優雅なロングスカートの裾を翻しながら、雫の手を引く。彼女の手には、いつの間にか、リンゴの皮を白鳥の形に剥くための、銀細工のナイフが握られていた。


「待ちなさい、アリアちゃん! 高いところのリンゴは、私に任せなさい!」

レイおば様は、そう言うと、魂体(精霊モード)のまま、ふわりと宙に浮かび上がり、一番高い枝になっている、一番大きなリンゴを、いとも簡単に「収穫」して、雫の籠の中へと、そっと入れてあげた。

「えへへ、すごいでしょ?」

「レイおば様、ずるーい!」

雫の、楽しそうな笑い声が、秋空に響き渡る。


四人は、それぞれ、夢中になってリンゴを収穫していった。

雫は、背伸びをしながら、一生懸命、手の届く範囲のリンゴをもぎ取る。

ゼノンパパは、「雫、これが一番、太陽の光を浴びて、甘いはずだ…!」と、神の力で、その果樹園で最も糖度の高いリンゴを「解析」し、娘に差し出す。

アリアおば様は、収穫そっちのけで、雫が取ったリンゴの皮を、次々と芸術的な動物の形に剥いていく。

レイおば様は、空中を飛び回り、一番美味しそうなリンゴを見つけては、雫の籠に「こっそり」追加していく。


その、あまりにも平和で、幸せな光景。

しかし、その穏やかな時間は、唐突に破られた。


「「「「グルルルルルル…」」」」


リンゴ畑の茂みの奥から、低い唸り声と共に、数匹の、巨大な猪のような魔物が姿を現したのだ。

それは、ファンタジーゾーンから、ごく稀に境界を越えて迷い込んでくる、下級モンスター「レイザーボア」。普段は、ギルドの冒険者たちがすぐに駆除するのだが、今日は運悪く、雫たちの前に現れてしまった。


「きゃっ!」

雫は、その凶暴な姿に、思わず小さな悲鳴を上げた。


その瞬間。

それまで、ただの「子煩悩なパパ」と「優しいおば様」だった、三人の保護者の空気が、一変した。


「……ほう。我が娘の、楽しいリンゴ狩りを邪魔するとは。…良い度胸だ、ただの豚め」

ゼノンパパの、穏やかだった瞳が、絶対零度の光を宿す。彼の周囲の空間が、ピシリ、と音を立てて凍てついたかのような、凄まじいプレッシャーが放たれる。


「まあ、雫に、怖い思いをさせた罪、その身をもって、償っていただきましょうか」

アリアおば様の、優雅な微笑みはそのままに、その手から、全ての生命を浄化し、無に還すほどの、純粋な「慈愛」のオーラが、静かに溢れ出す。


「へえ…。あんたたち、運が悪かったわね。今日、たまたま、私(と、私の可愛い姪っ子)の機嫌を損ねちゃったんだから」

レイおば様は、魂体のまま、その両手から、エンシェント・リッチすら一撃で消し飛ばすという「怜ちゃんサンダー!」の、眩いばかりの光を迸らせた。


「え、あ、ちょ、ちょっと待って、みんな!」

雫が、何かを言うよりも早く。


ゼノンパパは、ただ、レイザーボアたちを、指一本で、「睨んだ」。

その、宇宙の法則そのものを支配する「視線」を受けたレイザーボアたちは、一瞬にして、その動きを完全に停止させられ、まるで時間が止まったかのように、その場で硬直した。


次に、アリアおば様が、その硬直したレイザーボアたちに向かって、ふわり、と、優しく微笑みかけた。

「さあ、お帰りなさい。あなたたちの、本当の『お家』へ」

その「慈愛」の波動を浴びたレイザーボアたちは、その凶暴なオーラが、見る見るうちに浄化されていき、やがて、ただの、つぶらな瞳をした、可愛らしい「森のウリ坊」へと、その姿を変えてしまった。


そして、最後に、レイおば様が、そのウリ坊たちに向かって、ぱちん、と指を鳴らした。

「はい、あなたたちは、これから、このリンゴ畑の『番人』よ! 二度と、悪い魔物が、この畑に近づかないように、しっかり見張ってるのよ! 分かった!?」

ウリ坊たちは、まるで言葉を理解したかのように、一斉に「ブヒッ!」と元気よく鳴くと、リンゴ畑の周りを、健気にパトロールし始めた。


「……………」

雫は、その、あまりにも一方的で、あまりにも規格外な「害獣駆除」の一部始終を、ただ、あんぐりと口を開けて、見つめるしかなかった。


「ふぅ。さて、と。邪魔者もいなくなったことだし、リンゴ狩りの続きをしようか、雫」

ゼノンパパが、何事もなかったかのように、にこやかに振り返る。

「そうですわね。さ、雫。今度は、あちらの木のリンゴが、一番甘そうですわよ」

「よーし、雫! 次は、リンゴの早剥き競争よ!」


三人の保護者たちは、すっかりいつもの調子に戻っている。

雫は、その、あまりにも頼もしすぎる(そして、やりすぎな)家族の姿に、深いため息をついた。

(…まあ、いっか)

彼女は、くすっと笑うと、再び、真っ赤なリンゴに、その小さな手を伸ばした。


彼女の、普通の、しかし、宇宙で一番、安全で、そして賑やかな日常は、今日もまた、たくさんのリンゴと、そして、たくさんの愛情に、満ち溢れているのだった。


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