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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の夏まつりと、神様たちの盆踊り


八月の夜。

蒸し暑い空気に、どこからともなく聞こえてくる、軽快な太鼓の音。

オアシス・ネオ・トーキョーのはずれにある、古くから地元の人々に親しまれている「ひだまり神社」は、年に一度の夏まつりの熱気に包まれていた。

境内にずらりと並んだ提灯の赤い光が、浴衣姿の人々の顔を、幻想的に照らし出している。


「わー! 射的だ! スーパーボールすくいもある!」

雫は、花火大会の時とは違う、金魚柄の可愛らしい浴衣を着て、目をキラキラさせながら、朝日くんの袖を引っ張った。

「こ、こら、雫、あんまり走ると転ぶぞ!」

朝日くんもまた、少し大人びた紺色の甚平姿で、彼女の手を、今度は、はっきりと、そして優しく握り返している。

二人の間には、もう、あの頃のような、ぎこちない距離はない。


その、微笑ましい二人を、もちろん、三人の「保護者」たちが、見逃すはずもなかった。

彼らは、人混みの中に、完璧な認識阻害を施しながら、紛れ込んでいる。


【オペレーション・センター:神社の境内の巨大な御神木の上(もちろん、誰にも見えていない)】


「ふむ…。この『夏マツリ』という文化、なかなかどうして、興味深い。人々の、素朴な信仰と、娯楽への渇望が、絶妙なバランスで融合している。特に、あの『ベビーカステラ』という食べ物からは、極めて高い幸福エネルギーを観測した。…後で、レシピを解析せねば」

ゼノンパパは、腕を組み、まるで文化人類学者のように、真剣な顔で、出店の様子を分析している。


「まあ、善さん。それよりも、あちらの『盆オドリ』というものをご覧くださいまし。あの、ゆったりとした、しかし統制の取れた動き。わたくしたち、ギャラクシー・ギルドニア銀河の『豊穣の舞』にも、通じるものがあるやもしれませんわ」

アリアおば様は、櫓の上で優雅に踊る人々を、うっとりと見つめている。


「二人とも、真面目ねぇ。お祭りっていうのは、もっとこう、楽しまないと損よ! 見て、あの『型抜き』! 私の、大精霊としての器用さを見せてあげるわ!」

レイおば様は、そう言うと、魂体のまま、こっそりと型抜き屋の屋台に忍び込み、超絶難易度の「龍」の型を、いとも簡単に成功させては、店の主人を「ひぇっ! 幽霊!?」と、恐怖のどん底に突き落としていた。


【第一の試練:射的のヒーロー】


「よし、雫! 俺が、あのでっかいぬいぐるみを、取ってやる!」

射的の屋台の前で、朝日くんが、腕まくりをして、コルク銃を構えた。

だが、お祭りの景品銃は、なかなか、まっすぐには飛ばない。

「くそっ! なんで、当たらないんだ…!」

何度やっても、弾は景品の横を、虚しく通り過ぎていくだけ。しょんぼりする朝日くんと、それを残念そうに見つめる雫。


その光景を、御神木の上から見ていたゼノンパパが、静かに、指を鳴らした。

彼が、ごく微量の「因果律」を操作する。

朝日くんが、次に放った、ふにゃふにゃのコルク弾は、ありえない軌道を描き、まるで吸い込まれるように、巨大なぬいぐるみの、ほんの小さな支え木に、カツン、と命中した。

ガタン!という音と共に、ぬいぐるみが、見事、雫の目の前に落ちてくる。

「やったー! 朝日くん、すごい!」

「え…? お、俺が…?」

朝日くん自身が、一番驚いていた。彼は、自分が、宇宙の法則を超越した「父のアシスト」によって、ヒーローにさせられたことなど、知る由もない。


【第二の試練:迷子の涙】


射的の景品を手に、ご機嫌な二人が、境内の奥へと進んでいくと、小さな女の子が、一人でしくしくと泣いているのを見つけた。

「どうしたの?」

雫が優しく声をかけると、女の子は「…お母さんと、はぐれちゃったの…」と、涙ながらに答えた。

その時、アリアおば様が、そっと、優しく、微笑んだ。

彼女の「慈愛の波動」が、迷子の母親の心に、そっと囁きかける。

『…あなたの大切な宝物は、神社の、古い手水舎の近くで、あなたを待っていますよ…』

数分後。

「この子ったら! 心配したのよ!」

血相を変えた母親が、女の子の元へと駆けつけてきた。二人は、涙ながらに抱きしめ合う。

その、温かい光景に、雫と朝日くんも、自然と笑顔になった。

もちろん、その「奇跡の再会」が、ギャラクシー・ギルドニア銀河の最高神による、ささやかな「お節介」だったことは、誰も知らない。


【クライマックス:ふたりだけの盆踊り】


夜も更け、祭りのクライマックス、盆踊りの時間がやってきた。

櫓を中心に、たくさんの人々が、輪になって、楽しそうに踊っている。

「…雫。俺と、一緒に、踊らないか?」

朝日くんが、少しだけ照れながら、雫の手を取った。

「…うん!」

二人は、手を取り合って、踊りの輪の中へと入っていく。


見よう見まねで、ぎこちなく踊る二人。

時々、足がもつれたり、手の振りを間違えたり。

そのたびに、二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。

周囲の喧騒も、太鼓の音も、だんだんと遠のいていく。

世界に、まるで、二人だけしかいないような、そんな、不思議で、幸せな感覚。


その、完璧な光景を、御神木の上から、三人の保護者たちが、それぞれの想いを胸に、見つめていた。

アリアおば様は、その微笑ましい光景に、うっとりと目を細めている。

ゼノンパパは、娘の幸せそうな顔に、満足げに頷きながらも、朝日くんの、その握られた手だけは、厳しい目つきで、じっと、睨みつけていた。


そして、レイおば様は――。

彼女は、魂体のまま、そっと、踊りの輪の中に紛れ込むと、雫と朝日くんの、すぐ隣で、誰にも見えないのに、誰よりも楽しそうに、そして完璧な振り付けで、一緒に、盆踊りを踊っているのであった。

その姿は、まるで、二人の未来を、祝福するかのようだった。


神社の、小さな、温かい光に包まれて。

雫の、忘れられない夏の夜は、こうして、ゆっくりと、更けていくのだった。


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