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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード

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宇宙一の花火大会と、神様のささやかな応援


夏の夜。

オアシス・ネオ・トーキョーの河川敷は、年に一度の「ルナ・フェスティバル」の花火大会に訪れた人々で、ごった返していた。

色とりどりの浴衣を着た人々が、楽しげに行き交い、リンゴ飴や、たこ焼き、チョコバナナといった、昔ながらの屋台からは、食欲をそそる匂いが立ち上っている。


「わー! すごい人だね!」

真新しい、朝顔柄の浴衣に身を包んだ天野雫は、少しだけ上気した顔で、周囲の喧騒に目を輝かせていた。カラン、コロン、と、慣れない下駄の音が、心地よく響く。


その隣には、少し緊張した面持ちで、しかし、どこか誇らしげに、同じく子供用の甚平を着た朝日くんが立っていた。

「…は、はぐれたら大変だから、ちゃんと、俺のそば、離れるなよ」

彼は、少しだけぶっきらぼうに、でも、その耳は真っ赤になりながら、そう言った。

「…うん!」

雫は、元気いっぱいに頷く。まだ、手を繋ぐのは、二人とも、少しだけ恥ずかしいお年頃。


その、初々しい二人を、少し離れた場所から、三者三様の、複雑な表情で見守る「保護者」たちがいた。


【オペレーション・センター:金魚すくいの屋台の屋根の上(もちろん、誰にも見えていない)】


「…ふむ。あのアサヒという少年、なかなか、良い眼をしている。だが、我が娘の隣に立つには、まだ100万年は早いな…」

ゼノンパパが、腕を組み、父親としての、厳しい(?)値踏みをしている。


「まあまあ、善さん。子供は、子供同士で遊ぶのが一番ですわ。それより、見てくださいまし、あそこの『型抜き』。わたくしの『創造』の力を使えば、宇宙一、複雑で、そして美しい型が作れそうですわね」

アリアおば様は、相変わらず、屋台に夢中だ。


「二人とも、もっと、こう、ロマンチックな視点で見なさいよ!」

レイおば様が、呆れたように、しかしその瞳は楽しげに輝きながら、二人を諌めた。

「いい? あの二人が、最高の思い出を作れるように、私たちが、最高の『舞台』を、こっそり演出してあげるのよ!」

三柱の神々による、壮大な「お節介アシスト作戦」の火蓋が、切って落とされた。


【第一の矢:買い食い大作戦】


「雫、何か食べたいものあるか?」

「うーん、リンゴ飴! それから、たこ焼きも! あ、チョコバナナもいいな!」

目を輝かせる雫。しかし、どこの屋台も、大人たちでいっぱいで、なかなか前に進めない。

しょんぼりする雫の姿を見て、アサヒくんが決意を固めた。

「よし、俺に任せろ!」

彼は、するりと人混みを抜け、見事、リンゴ飴とたこ焼きをゲットして戻ってきた。その額には、汗が光っている。

「はい、雫。お待たせ」

「わー! ありがとう、朝日くん! すごい!」

ヒーローのように見える親友の姿に、雫の瞳が、キラキラと輝いた。

もちろん、彼が通った道筋だけ、レイおば様が、ごく微細な風の力で、ほんの少しだけ「人の壁」を空けてあげていたことは、二人だけの秘密である。


【第二の矢:金魚すくいの奇跡】


次に二人が挑戦したのは、金魚すくい。

しかし、お店のポイは、すぐに破れてしまう、魔の紙。

「あー! また破れちゃった…」

雫が、しょんぼりと肩を落とす。

それを見ていたアリアおば様が、そっと、優しく微笑んだ。

彼女が、指を鳴らすと、雫が次に受け取ったポイの「紙」の部分だけが、アリアの「慈愛の結界」によって、ほんの少しだけ、強化された。

「えいっ!」

雫が、すくったポイは、今度は破れない。それどころか、次々と金魚をすくい上げていく。

「すごい、雫! プロみたいだ!」

「えへへ、なんだか、今日の私、ツイてるかも!」

雫は、得意げに胸を張り、お店のおじさんを、青ざめさせるのだった。


【そして、クライマックスへ】


日が暮れ、いよいよ花火の時間が近づいてきた。

二人は、少しだけ人の少ない、川上の、一本桜が立つ、丘の上へとやってきた。

「ここなら、きっと、一番よく見えるよ」

アサヒくんが、得意げに言う。

もちろん、ゼノンパパが「小僧よ、娘を最高の場所へエスコートするのだ…」と、彼の脳裏に、この場所のビジョンを、サブリミナル効果のように、送り続けていた結果である。


その時、夜空に、ヒュルルルル…という、軽やかな音が響き渡った。

次の瞬間。

ドーーーーーーーンッ!!!!

これまで、誰も見たことのないような、巨大で、そして美しい花火が、夜空いっぱいに、大輪の花を咲かせた。

それは、赤や青、緑といった、ありきたりな色ではない。

銀河の星々を砕いて散りばめたかのような、七色の、そして、キラキラと輝く「星屑」が、火の粉となって、ゆっくりと、二人の上に降り注いでくる。

もちろん、それは、ゼノンパパが、娘の最高の思い出のために、サンクチュアリ・ゼロのエネルギーを、ほんの少しだけ「無駄遣い」して、創り出した、宇宙でただ一つの、特別な花火だった。


「……きれい…」

雫は、その、あまりにも幻想的な光景に、言葉を失い、ただ、夜空を見上げていた。

朝日くんもまた、その隣で、息をのむ。


そして、彼は、少しだけ、勇気を出した。

そっと、雫の、その小さな手の、小指にだけ、自分の小指を、からませた。

雫は、びくりと肩を震わせたが、その指を、振り払うことはなかった。

夜空に、次々と咲き誇る、星屑の花火。

二人の間には、言葉にはできない、でも、とても温かくて、ドキドキするような、特別な時間が、流れていった。


その、完璧な光景を、屋台の屋根の上から、三人の保護者たちが、それぞれの想いを胸に、見つめていた。

レイおば様とアリアおば様は、その微笑ましい光景に、満足げに、うんうんと頷いている。

そして、ゼノンパパは――。


「……………(ギリギリギリギリ…)」

その手の中で、先ほど景品でもらった、プラスチックの仮面が、ミシミシと、音を立てていた。

彼の、父としての、長くて、そして少しだけ、切ない夜は、まだまだ、続きそうである。


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