宇宙一の海水浴と、パパたちの仁義なき戦い
夏、真っ盛り。
空には入道雲がもくもくと湧き上がり、蝉の声が、じりじりと焼けるようなアスファルトに響き渡る。
そんな、絵に描いたような夏休みの一日。
天野家は、地球で最も美しく、そして最も安全だと評判の「エメラルド・コースト」へと、海水浴にやってきていた。
もちろん、このビーチがこれほどまでに完璧なのは、ルナ・サクヤが地球再生の際に「ここの砂、もう少し粒子を細かくして、裸足で歩いても気持ちいいようにしとこ。あと、沖合には、絶対にサメとかが近づけないように、対シャーク用超音波結界も張っておこう。ついでに、クラゲも」と、細かすぎるほどの「お節介」を焼いた結果である。
「わーい! 海だー!」
雫は、可愛らしいフリルのついた水着に着替えるや否や、麦わら帽子を風に飛ばさんばかりの勢いで、真っ白な砂浜を駆け出した。
その後ろを、三人の保護者たちが、それぞれ、全く異なる目的と、尋常ではない気合で、追いかけていく。
【ラウンド1:完璧な砂の城 vs 究極の海の家】
「ふむ。雫。ただの砂遊びでは、君のその類稀なる創造性は満たされまい。見ているがいい。お父さんが、この宇宙の物理法則を応用し、決して崩れることのない、完璧な『砂の城』を、君に献上しよう」
ゼノンパパは、どこからともなく取り出した、精巧な設計図を広げると、その神力(の、ほんの一部)を使って、砂の粒子を原子レベルで結合させ始めた。瞬く間に、ゴシック様式の、あまりにも荘厳で、緻密すぎる砂の城が、そこにそびえ立つ。
「まあ、善さん。お城も素敵ですけれど、女の子は、やはり『美味しいもの』ですわ。雫、わたくしが、この浜辺に、一日限りの『海の家・アリア』を開店いたします。GG銀河直送の『人魚の涙サイダー』に、ドラゴニアの『クラーケンの足焼き』、いかがかしら?」
アリアおば様は、ぱちん、と指を鳴らすと、浜辺に、海の家とは到底思えない、白亜の神殿のような、瀟洒なパラソルとテーブルセットを顕現させた。
「二人とも、形から入りすぎよ! 海の楽しさっていうのは、もっとこう、原始的なものなの! ほら、雫! この『大精霊の加護付きビーチボール』で、一緒に遊ぶわよ!」
レイおば様は、魂体のまま、決して沈まず、投げれば必ず相手の胸元に吸い込まれるという、チート性能のビーチボールを、雫に向かって、ぽーんと投げた。
雫は、その、あまりにも過剰な「おもてなし」の数々に、嬉しさと、そして少しだけの困惑を感じながらも、最高の笑顔で、夏の海を満喫する。
【ラウンド2:水着選びと、父の試練】
昼下がり。
雫は、クラスメイトの朝日くんと、偶然(もちろん、アリアとレイが仕組んだ、完璧な偶然だ)ビーチでばったり出会った。
「あ、朝日くん! 来てたんだ!」
「うん。雫こそ。…その、水着、すごく、似合ってるよ」
朝日くんの、少し照れたような一言に、雫の頬が、カッと赤くなる。
その、甘酸っぱい光景を、少し離れたパラソルの下から、一人の父親が、鬼のような形相で、睨みつけていた。
(……むぅぅぅ……! あの、朝日とかいう小僧め…! 我が愛娘の、その眩しすぎる水着姿を、な、何だ、その目は! 純粋な称賛の眼差しではない! そこには、微量ながら、確かに、思春期の男子特有の『下心』の波動を、私が感知したぞ…!)
ゼノンパパの周囲の空間が、嫉妬のオーラで、ぐにゃり、と歪む。海の水が、一瞬だけ、沸騰しかけた。
「まあまあ、善さん、落ち着いて。子供たちの、可愛らしい青春ですわ」
「そうよ、善さん。あんまり娘の恋路に口を出すと、嫌われるわよ? …まあ、あの朝日くんって子、なかなか骨がありそうだし、私としては、ちょっと応援したくもあるけどね!」
アリアとレイが、呆れながらも、楽しげに彼を諌める。
結局、ゼノンパパは、二人の間に、物理的に割り込むことはできなかった。
だが、その代わり、彼は、朝日くんがけしかけられたビーチバレーの試合で、相手チームのボールにだけ、ごく微量の「逆ベクトル重力」をかけ続け、朝日くんチームを圧勝に導く、という、神として、そして父親として、あるまじき「ちいさな嫌がらせ」に、終始するのであった。
【ラウンド3:夕暮れの約束】
日が傾き、空と海が、美しいオレンジ色に染まる頃。
雫と朝日くんは、二人きりで、波打ち際を歩いていた。
「…今日は、楽しかったね」
「うん。…また、来年も、一緒に来れるといいな」
朝日くんが、ぽつり、と呟く。
「え…?」
「あ、いや! その、もし、よかったら、だけど…!」
二人の間に、甘酸っぱくも、じれったい空気が流れる。
その、最高の瞬間を、三人の保護者たちは、パラソルの下から、固唾をのんで、見守っていた。
「…行きなさい、朝日くん! 今よ!」(レイ)
「頑張って、若人よ…!」(アリア)
「…………(ゴクリ)」(ゼノン)
そして、朝日くんは、意を決して、雫の、その小さな手を、そっと、握った。
「……来年も、俺と、一緒に来てくれるか?」
その瞬間。
ゼノンパパの、長年の忍耐が、ついに限界を超えた。
「――許さんっ!!!!!」
彼の、魂からの絶叫と共に、二人が歩く波打ち際の、ほんの数センチ先に、天から、巨大な雷が、ズドーーーーーンッ!!!!と、落ちた。
もちろん、二人には当たらない、完璧なコントロール。
しかし、その衝撃で、砂浜には、巨大なクレーターができ、海水が、間欠泉のように、天高く噴き上がった。
「「きゃああああああああああああっ!!」」
雫と朝日くんは、抱き合ったまま、その場にへたり込む。
「ぜ、善さん! あなた、一体、何を!?」
「やりすぎよ、この親バカ!」
アリアとレイが、慌てて彼を羽交い締めにする。
「は、離せ! 私は、まだ、認めん! 娘を嫁にやるなど、あと10億年は早い!!!!」
ゼノンパパの、愛に満ちた(そして壮絶に迷惑な)親バカっぷりは、夏の終わりの、美しい夕焼け空に、虚しく、響き渡るのであった。
雫の、初めての夏の恋は、どうやら、宇宙最強の「ラスボス」という、あまりにも高すぎる壁に、阻まれそうである。
皆様、こんにちは!
いつも「ひとりぼっちの最終防衛線」を応援いただき、誠にありがとうございます。作者の〜かぐや〜です。
長らく続いた、我らが朔ちゃんの、壮大で、そしてどこか賑やかな物語も、先日、ついに、最高の形で最終回を迎えることができました。
六畳間の片隅で、孤独に震えていた一人の少女が、宇宙を救い、そして、最後には、かけがえのない「家族」と「普通の日常」を手に入れる。
この結末を、皆様と共に見届けることができたこと、作者として、これ以上の喜びはありません。
ここまでお付き合いいただき、本当に、本当に、ありがとうございました!
…と、まあ、そんな風に、大団円で締めくくったはずだったのですが。
実を言うと、本編を書き終えた後、私の中で、ある種の「プレッシャー」から、ふっと解放されたような、不思議な感覚があったのです。
「宇宙の存亡を、どう描こうか」「神々の戦いの、壮大なスケールを、どう表現しようか」…そんな、物語の根幹を支えるための、重くて、大きな責任感。それが、すーっと、肩から下りたような。
そうしたら、どうでしょう。
あれほど苦労して、頭を悩ませて、一言一句を選び抜いて書いていたのが嘘のように、今度は、何のプレッシャーもなく、ただただ、幸せになった雫ちゃんたちの「その後」が、頭の中に、次から次へと、浮かんできてしまうのです(笑)。
「あの子たち、運動会では、きっと、こうだろうな」
「リンゴ狩りに行ったら、絶対、あのパパは暴走するに違いない」
「花火大会なんて、最高の舞台じゃないか!」
まるで、プレッシャーから解放された朔ちゃん自身が、思う存分、自分の「好き」を追求し始めたかのように。
本編を完結させるという、大きな「お仕事」を終えた今だからこそ、何のしがらみもなく、ただ、愛するキャラクターたちが、幸せに暮らしている、その何でもない一日を、心の底から、楽しく描くことができるのかもしれません。
というわけで、しばらくの間、そんな「ひだまりの中の、ささやかな物語」を、もう少しだけ、皆様にお届けできればと思っております。
本編のような、壮大な展開はありません。宇宙の危機も、もう訪れません。
ただ、そこにあるのは、宇宙一、過保護な家族に囲まれた、一人の女の子の、どこまでも甘くて、どこまでも賑やかな、幸せな日常だけです。
もしよろしければ、そんな彼女たちの「その後」の物語にも、もう少しだけ、お付き合いいただけますと幸いです。
それでは、また、次の「ひだまり」でお会いしましょう!
〜かぐや〜