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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
その後のエピソード
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宇宙一の運動会


秋晴れの空の下、オアシス・ネオ・トーキョーの市立ひだまり小学校のグラウンドは、子供たちの元気な歓声と、保護者たちの熱い声援で、朝からごった返していた。

今日は、年に一度の運動会。

小学4年生になった天野雫も、少し緊張した面持ちで、赤組のハチマキをきりりと締め、自分の出番を待っていた。


「雫ー! 頑張るのよー!」

「雫ちゃーん! こっち向いてー!」


保護者席の一角から、ひときわ大きく、そしてどこか浮世離れした声援が飛んでくる。

見ると、そこには、雫の「家族」が、一大応援団を結成していた。


中央には、ビデオカメラ(もちろん、4Kどころか、魂の輝きまで記録できるというシステム製の超高性能モデルだ)を、真剣な顔で構える、ゼノンパパ。その隣では、アリアおば様が、手作りの「必勝」と書かれた巨大な応援うちわを、満面の笑みで振っている。そして、レイおば様は、なぜか魂体(精霊モード)のまま、雫の頭の上をふわりと漂い、「大丈夫よ、雫! 私がついてるから、転びそうになったら、風でそっと支えてあげるわ!」と、不正行為スレスレの応援をしていた。


「もー! みんな、静かにしてよ! 恥ずかしいじゃない!」

雫は、顔を真っ赤にしながら、小さな声で抗議する。

周りの友達が「雫ちゃんちの家族って、いつも賑やかでいいねー」と、羨ましそうに(そして少しだけ面白そうに)見ているのが、余計に恥ずかしい。

最初の競技は、50メートル走。


雫は、スタートラインに立ち、緊張で心臓がドキドキしていた。運動は、あまり得意ではない。

「位置について…よーい…」

ピストルの音が鳴り響く、まさにその瞬間。

雫の足元の地面が、ほんの、ほんのわずかだけ、前に向かって「押し出される」ような、不思議な感覚があった。


(え?)


気づけば、彼女の体は、まるで追い風に乗ったかのように、ぐんぐんと加速していく。

「いっけー! 雫ー!」

ゴールテープを切ったのは、なんと、雫だった。人生で、初めての一等賞。

きょとんとする雫。沸き立つ赤組。そして、保護者席では、ゼノンパパが「おお…! 我が娘の、秘められたる才能が、今、開花した…!」と、感涙にむせんでいた。

もちろん、その「才能」が、彼自身が、娘を想うあまり、無意識のうちに発動させてしまった、ごく微細な「重力制御」の賜物であることに、彼は気づいていない。


次なる競技は、障害物競走。

平均台、網くぐり、そして、最後は麻袋に入ってジャンプする、という、なんともアナログな競技だ。

雫は、平均台で少しふらつきながらも、なんとかクリア。

問題は、網くぐりだった。狭くて、暗い網の中を進むのが、少しだけ怖い。


その時、網の出口の向こう側から、きらきらと、美しい光の蝶が、ひらひらと舞っているのが見えた。

「わあ、きれい…」

雫は、その光に誘われるように、夢中で網をくぐり抜けた。

もちろん、その光の蝶が、アリアおば様が、雫を元気づけるために、こっそり創り出した「慈愛の幻影」であることは、誰も知らない。


そして、午後のメインイベント、クラス対抗リレー。

アンカーを任された雫は、バトンを受け取った時点で、二位と、かなりの差をつけられていた。

(もう、無理かも…)

諦めかけた、その時。


『雫! 前だけ見て、走りなさい! あなたなら、できる!』

脳内に直接、しかし、とても懐かしくて、力強い、レイおば様の声が響いた。

その声に、背中を押されるように、雫は、前だけを見て、無我夢中で、腕を振った。

足が、もつれそうになる。息が、苦しい。

でも、不思議と、体は、どんどん軽くなっていく。

まるで、優しい風が、彼女の体を、後ろから、そっと支えてくれているかのようだ。


ゴールテープの、ほんの数センチ手前で、彼女は、見事、一位の選手を追い抜いた。

赤組の、割れんばかりの歓声。

雫は、ゴールテープに倒れ込みながら、信じられない、という気持ちと、達成感で、胸がいっぱいになった。


その日の夜。

天野家のリビングでは、ささやかな「祝勝会」が開かれていた。

テーブルには、陽菜ママが腕によりをかけて作った、豪華なご馳走と、ゼノンパパが「お祝いだ」と言って、GG銀河から取り寄せた、食べると体が七色に光る(無害)という、不思議なケーキが並んでいる。


「いやー、それにしても、今日の雫は、すごかったじゃないか! まるで、風の精霊が宿ったかのようだったぞ!」

ゼノンパパが、上機嫌で、何度も、何度も、高性能ビデオカメラの映像を再生している。

「うふふ。雫は、やればできる子ですもの。わたくし、信じておりましたわ」

アリアおば様も、嬉しそうに微笑んでいる。

「まあ、私の『応援』も、少しは効果があったみたいね!」

レイおば様が、得意げに胸を張る。


雫は、その、三人の、あまりにも過保護で、そして愛情に満ちた「不正応援」に、薄々気づいてはいた。

でも、それを、何も言わずに、ただ、はにかんで、笑った。

(…みんな、ありがとう)

一等賞を取れたことよりも、みんなが、自分のことのように、喜んでくれている。

その事実が、何よりも、嬉しかった。


彼女の、普通の、しかし、宇宙一、賑やかで、温かい日常は、こうして、たくさんの笑顔と、ほんの少しの「奇跡」に彩られながら、続いていくのだった。


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