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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
最終章:神様、お仕事やめるってよ
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第一話:永遠の観測者と、最後の決意


100年の歳月が、まるで夢のように過ぎ去った。

ルナ・サクヤは、神域のテラスで、空になったメインコンソールを、ただ、ぼんやりと眺めていた。

そこには、もう、さくやアサヒくんの、賑やかで温かい日常は映らない。小野寺さんたちの、奮闘の日々も、もうない。

彼らの物語は、皆、美しく、そして完全に、完結してしまった。


傍らには、いつもと変わらず、ゼノンがいる。アリアやレイも、時折、顔を見せに来てくれる。

孤独ではない。幸せなはずだ。

なのに、どうしてだろう。

彼らの、あまりにも人間的で、輝かしい人生の軌跡を見届ければ見届けるほど、自分の心の、ぽっかりと空いた、巨大な「空白」が、どうしようもなく、浮き彫りになっていくのを感じるのだ。


(……私には、なかった)


友達と、他愛ないことで笑い転げた、放課後。

好きな人に、勇気を出して声をかけ、胸を高鳴らせた、帰り道。

親に、理不尽なことで叱られて、口を尖らせた、夕食の時間。

進路のことで悩み、眠れない夜を過ごし、そして、自分の力で、未来を掴み取った、卒業式。

人間として、誰もが経験するはずの、あの、不器用で、面倒くさくて、しかし、かけがえのない、多感な時期の「心の成長」。


私には、それがなかった。

人間不信に陥り、六畳間に引きこもり、そして、気づけば、神になっていた。

否応なしに、神としての力を手に入れ、それで、全てを解決できてしまった。

でも、それは、私が本当に歩みたかった道じゃなかった。


彼女は、神として、全てを見守り、全てを救った。

だが、その心は、まだ、あの六畳間で、時が止まったままの、不器用で、人を信じられない、ひとりぼっちの少女のままなのかもしれない。


「…良い、物語だったな。朔」

隣で、ゼノンが、静かに言った。

「……ええ。本当に…」

ルナは、力なく、頷いた。


そして、ぽつりと、呟いた。

その声には、100年分の諦観と、そして、最後の、たった一つの、純粋な願いが込められていた。


「……ねえ、ゼノン。私、やっぱり、神様、やめるわ。…今度こそ、本当に」


ゼノンは、驚かなかった。

ただ、静かに、ティーカップを置いた。

「…君が、それを望むのなら」


「私、もう一度、やり直したいの」

ルナは、立ち上がり、テラスの縁に立った。その小さな背中は、どこか、途方に暮れた子供のように、か弱く見えた。

「神様としてじゃなくて。普通の、ただの女の子として。私が、スキップしてしまった、あの時間を、もう一度、この足で、歩いてみたい。…それが、私が本当に欲しかった『幸せ』だったんだって、今、やっと、本当に分かったの」


彼女は、くるりと振り返り、ゼノンを真っ直ぐに見つめた。

その瞳には、涙はなく、ただ、全てを手放す覚悟を決めた者の、澄み切った、そしてどこか懇願するような光が宿っていた。


「だから、お願いがあるの。…私の『お父さん』になって、私のお世話と、私のいなくなった、この宇宙のあれこれを、あなたに、任せてもいいかなぁ?」


それは、彼女の、神としての、最後の、そして、一人の少女としての、最初の「わがまま」。

ゼノンは、その、あまりにも健気で、そしてあまりにも愛おしい願いを、どうして、断ることなどできようか。

彼の、何十億年も静寂に満ちていた心に、温かい、そして少しだけ切ない光が、確かに、灯った。

彼は、彼女の「父親」になることを、そして、彼女の「本当に欲しかった物語」を、最高の形で始めさせてあげることを、静かに、そして固く、誓うのだった。


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