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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第一章 孤独な戦域
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第十一話:秩序の守り手たちの苦悩


第二次大襲撃の爪痕が生々しく残る都市の一角。

黒煙の跡が壁に残り、ひしゃげたガードレールが散乱する路上で、一人の警察官が険しい顔で指示を飛ばしていた。

警視庁警備部所属、田畑耕作たばたこうさく巡査部長。彼は、第一次、第二次と、連続して怪異襲撃の最前線で対応にあたってきたベテランだ。


「おい!そこの区画、まだラビットの残党がいるかもしれん!民間人の立ち入りを絶対に許可するな!」

「了解!ですが田畑部長、我々の装備では、ラビット・ホーンの突進は防ぎきれません!応援はまだですか!?」

若い隊員が、不安げな声を上げる。

彼らの手にする拳銃や警棒は、牙を剥く怪異に対してはあまりにも無力だった。

「自衛隊と、応援の能力者チームが向かっているはずだ!それまで何としても持ちこたえろ!我々警察官の仕事は、市民の安全を確保し、パニックを抑えることだ!たとえ相手が化物だろうと、やることは変わらん!」

田畑は檄を飛ばすが、その声には隠しきれない疲労と焦りが滲んでいた。


警察組織は、この未曾有の事態に、まさに疲弊しきっていた。

通常の治安維持活動に加え、避難誘導、救助活動、そして、時には直接的な怪異との戦闘。人員も装備も、全てが圧倒的に不足していた。

さらに厄介なのは、能力者の存在だ。

一部の能力者は、警察や自衛隊と協力して怪異と戦ってくれる。それは非常にありがたいことだ。

しかし、中には「ワイルドハント」のような、力を過信し、法を無視して暴れ回る者たちもいる。彼らは、怪異だけでなく、一般市民にとっても新たな脅威となりつつあった。

政府は能力者の登録と管理を急いでいるが、現場の混乱は収まらない。


「…また、あの『空からの援護』でもあればな…」

ふと、田畑の口からそんな言葉が漏れた。

第二次大襲撃の際、彼が担当していた地区も、最初は絶望的な状況だった。だが、突如として、どこからともなく飛来する見えない攻撃が、ラビット・ホーンの群れを瞬く間に殲滅していったのだ。

おかげで、彼の部隊と管轄内の市民の被害は、奇跡的に最小限に抑えられた。

誰がやったのか、何が起きたのか、今でも全く分からない。ただ、「何かとてつもない力」に救われたという事実だけが残っている。

上層部も、その「何か」の正体を躍起になって探しているようだが、今のところ成果はないらしい。


「…もし、あれが本当に人間の仕業なら、一度礼を言いたいもんだがな。まあ、そんな暇もなさそうだが」

田畑は自嘲気味に呟き、再び現場の指揮に戻った。

彼らにとって、正体不明の救世主の詮索よりも、目の前の秩序を守ることの方が、はるかに重要だった。


同時刻、自衛隊・臨時駐屯地


一方、都市郊外に急設された自衛隊の臨時駐屯地では、陸上自衛隊一等陸尉、佐伯孝宏さいきたかひろが、モニターに映し出された戦闘記録映像を、厳しい表情で見つめていた。

彼は、新設された「対怪異特殊戦術研究班」のメンバーの一人だ。


「…やはり、このキルゾーンの形成パターンは異常だ。まるで、上空から極めて高精度なピンポイント攻撃が、連続して行われたとしか思えない」

映像には、第二次大襲撃時の〇〇市南々東エリアの戦闘記録が映し出されていた。

空から落下してくるラビット・ホーンの群れが、地上に到達する前に、次々と空中で爆散していく。その正確無比な攻撃は、もはや人間の技とは思えなかった。


「佐伯一尉、例の『スカイフォール・スナイパー』の件ですが、やはり特定には至っておりません。レーダーにも反応はなく、熱源探知も空振りでした」

部下の報告に、佐伯は眉間の皺を深くする。

「我々の最新装備でも、これほどの隠密性と殲滅力を両立させるのは不可能だ。もし、これが単独の能力者によるものだとしたら…その人物は、既存の戦術概念を根底から覆す存在だと言える」


自衛隊もまた、この新たな脅威と、そして突如として現れた「能力者」という存在に、組織全体が揺さぶられていた。

従来の兵器体系では、進化する怪異(特に今回のラビット・ホーンのような強化型)に対して、有効な打撃を与えきれない場面が増えてきている。

そのため、一部の能力者と連携した部隊編成も試みられているが、練度も装備もまだまだ発展途上だ。

そんな中、この「スカイフォール・スナイパー」の存在は、彼らにとって大きな謎であり、そして、ある種の「希望」でもあった。


「…もし、この力を制御下に置き、我々の戦術に組み込むことができれば、対怪異戦における圧倒的なアドバンテージを得られる。だが…」

佐伯の脳裏にも、政府上層部と同じ懸念がよぎる。

これほどの力を持つ存在が、やすやすと組織の傘下に入るとは思えない。

むしろ、その存在を刺激することは、予期せぬリスクを生む可能性すらあった。


「…我々は、まず自分たちの足元を固める必要がある。能力者との連携強化、そして、対怪異用の新型兵器の開発。それと並行して、この『スカイフォール・スナイパー』の情報収集は継続するが、決して深追いはするな。下手に刺激して、敵に回られるのだけは避けねばならん」

佐伯は、部下にそう指示を出した。

彼らは、秩序を守る最後の砦としての自負がある。だが、その自負だけでは、この理不尽な現実に立ち向かえないことも理解し始めていた。

未知の力、正体不明の存在。それらとどう向き合っていくのか。

自衛隊という巨大な組織もまた、大きな岐路に立たされていた。


警察も、自衛隊も、それぞれの立場で、この未曾有の事態に必死に対応しようとしていた。

そして、彼らの多くは、まだ気づいていない。

自分たちが追い求める「希望の光」あるいは「未知の脅威」が、たった一人の引きこもりの少女によってもたらされているということを。

そして、その少女が、今まさに、六畳間の片隅で、次の「効率的な狩り」のための準備を、着々と進めているということを。


「この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。また、特定の思想・信条を推奨するものでもありません。」

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