幕間Ⅱ:星霜のアルバム ~30年後の、受け継がれる世代~
ルナ・サクヤが、宇宙に新たな秩序をもたらしてから、30年の歳月が流れた。
神にとっては、午後のティータイムが終わる程度の時間。
しかし、人間にとっては、一つの世代が育ち、そして、新しい世代へと、その想いを繋いでいくには、十分な時間だった。
神域のメインコンソールには、少しだけ大人びた、そして新しい役割を得た「家族」たちの、誇らしい姿が映し出されている。
【地球:オアシス・トーキョー、国際会議場】
「――以上が、ギャラクシー・ギルドニア銀河との、文化交流協定に関する、我が地球側の最終草案です」
国際会議場の壇上で、一人の青年が、堂々とした態度でプレゼンテーションを行っていた。
その理路整然とした語り口、そして、異星の代表者たちを前にしても、一歩も引かない真摯な眼差しは、若き日の、彼の父親の姿を彷彿とさせた。
アサヒ――彼は、今や、地球統合政府の、最も若く、そして最も優秀な「銀河交渉官」として、その名を知られるようになっていた。彼の誠実な人柄と、公平な判断力は、多くの異星の神々からも、厚い信頼を寄せられている。
その会議の様子を、客席の後ろの方で、一人の女性が、スケッチブックを片手に、静かに見守っていた。
月詠さく――彼女は、今や、その温かい物語と、独特の優しい絵柄で、子供たちから絶大な人気を誇る、著名な絵本作家となっていた。
彼女の描く物語は、いつも、種族や星の違いを乗り越えて、手を取り合うことの尊さを、子供たちに優しく語りかける。
今、彼女のスケッチブックには、真剣な眼差しで、星々の平和のために働く、愛する夫の姿が、優しいタッチで描かれていた。
そして、その夜。
二人が暮らす、ささやかな家の、子供部屋。
さくは、ベッドの上で、一人の小さな女の子に、自らが描いた絵本を読んで聞かせている。
「…それでね、ひとりぼっちだったお姫様は、遠い星から来た王子様と、たくさんの優しい仲間たちに会って、もう、ひとりぼっちじゃなくなったんだって。めでたし、めでたし」
「…お母さん。そのお姫様って、もしかして…」
女の子が、眠そうな目をこすりながら、尋ねる。
「ふふ、どうかしらね。でも、きっと、どこかの宇宙で、今も、みんなのことを見守ってくれているんじゃないかな」
さくは、そう言うと、娘の額に、優しく口づけを落とした。
その、あまりにも幸せで、温かい光景を、神域のルナは、目を細めて見つめていた。
【ファンタジーゾーン:ギルドマスターの執務室】
「――だから言っただろうが! ドラゴンの逆鱗は、ただ斬りつければいいってもんじゃねえ! もっと、こう、相手の呼吸を読んで、一瞬の隙を突くんだよ!」
オアシス・トーキョーの冒険者ギルド。そのマスターの執務室で、壮年期を迎え、さらに凄みを増したケンジが、若手のトップ冒険者たちに、熱血指導を行っていた。
その向かいのソファでは、すっかり白髪頭になった、しかし、その眼光だけは少しも衰えていない老人が、腕を組み、ふてぶてしい態度で、その様子を眺めている。
ドン・ヴォルガ――今や、ファンタジーゾーンの全てのモンスターの生態と弱点を熟知し、「ご意見番のドンさん」として、ギルドで知らぬ者はいない、伝説的な存在となっていた。
「ふん、今の若い者は、なっておらん。ワシがレベル1だった頃は、ゴブリン一匹倒すのにも、三日三晩、策を練ったものだぞ」
彼の口癖は、もはやギルドの名物詩となっていた。
【ギャラクシー・ギルドニア銀河:新生の神殿】
アリアは、慈愛の御子として、そして銀河の若き女王として、その威厳と優しさを、星々の隅々にまで及ばせていた。
彼女の治世の下、争いの火種は消え、かつてドン・ヴォルガの圧政に苦しんでいた星々は、驚くほどの速さで、その輝きを取り戻している。
その日、神殿では、一つの、歴史的な調印式が行われていた。
それは、ギャラクシー・ギルドニア銀河と、天の川銀河(地球統合政府)との間で結ばれる、初の「恒久的友好条約」。
アリアの隣には、地球側の代表として、若き日の面影を残す、銀河交渉官アサヒが、緊張した面持ちで立っている。
二人の若き指導者が、手を取り合い、二つの銀河の、新しい未来を、ここに誓う。
その光景を、エルダとゼピュロスは、まるで我が子の成長を見守る親のような、温かい眼差しで、見つめていた。
【ルナ・サクヤの神域】
「……みんな、本当に、立派になったわねぇ」
ルナは、コンソールに映し出される、それぞれの世界の「今」を眺めながら、満足げに、そして、ほんの少しだけ、誇らしげに、呟いた。
胸に広がるのは、温かい、しかし、どこか切ない感情。
みんな、自分のいない世界で、自分の時間を、力強く生きている。
自分だけが、この、永遠の時間の中に、取り残されていく。
「…素晴らしい物語だ。君が、蒔いた種が、見事に、それぞれの場所で、美しい花を咲かせている」
隣で、ゼノンが、静かに言った。
「……そうね。でも、花は、いつか散るものよ」
ルナの声には、彼女自身にも気づかないほどの、微かな寂しさが、滲んでいた。
時は、流れ、世代は、受け継がれていく。
その、どうしようもない、摂理。
神としての、永遠の孤独が、彼女の心に、再び、小さな影を落とし始めていた。




