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ひとりぼっちの最終防衛線(ラストライン)  作者: 輝夜
第十四章 宇宙の黄昏と、神様の在宅勤務

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第三話:宇宙の新生と、気まずい帰還


創生の祭壇。

宇宙の法則そのものが、目に見える光の奔流となって渦巻くその場所で、ルナ・サクヤは、静かに、そして深く、息を吸い込んだ。

テラスカフェに残された仲間たちは、ただ、言葉もなく、彼女の小さな背中を見つめている。アリアは、レイの腕の中で、声を殺して泣いていた。小野寺は、固く拳を握りしめ、その肩は、悔しさと無力さに微かに震えている。


「――これより、私の全てを、この宇宙に捧げます」


ルナの、静かな宣言と共に、その神々しい体が、足元から、ゆっくりと、美しい黄金色の光の粒子となって、解けていき始めた。

彼女の銀色の髪が、その瞳が、その笑顔が、そして「月詠朔」という存在そのものが、光の奔流となって、宇宙の中心核へと、吸い込まれるように、溶け込んでいく。

やがて、彼女の姿は、完全に光の中に消え、後に残されたのは、宇宙全体へと広がっていく、途方もなく、そして温かい、黄金色のエネルギーの波動だけだった。

――そして、時が、止まったかのような、静寂が訪れた。

仲間たちは、息をのんで、宇宙の変化を待った。

一秒が、一分のように。一分が、一時間のように、長く、長く感じられる。

だが、宇宙は、変わらない。

星々の光は、依然として弱々しく、黄昏の色を帯びたまま。

大静寂グレート・サイレンス」の進行は、止まっていないように見えた。

「……だめ、だったのか…?」

小野寺が、絶望に染まった声で、呟いた。

「うそよ…朔ちゃんが…朔ちゃんが、いなくなったのに…何も、変わらないなんて…!」

レイが、悲痛な叫びを上げる。

アリアは、もはや泣くことすらできず、ただ、虚空を見つめていた。

時間だけが、無情に過ぎていく。

仲間たちの心は、希望から、焦りへ、そして、徐々に、どうしようもない絶望へと、塗り替えられていった。

彼女は、その尊い犠牲を払っても、この宇宙を救うことはできなかったのか。

我々は、彼女を失い、そして、世界も失うのか。

誰もが、そう思い、俯いた、その時だった。

宇宙の、遥か彼方の、一点から。

ぽつり、と、一つの、新しい星が生まれたかのような、力強い光が灯った。

その光は、次の瞬間、さざ波のように、宇宙全体へと広がり始めた。

それは、まるで夜明けの最初の光。

死にかけていた星々が、その光に触れた瞬間、長い眠りから覚めるように、再び、力強い輝きを取り戻し始めたのだ。

弱々しかった光は、鮮やかな生命の色を取り戻し、黄昏に覆われていた宇宙は、新たな生命の息吹に満たされ、まるで生まれたての朝のように、希望の光で満ち溢れていく。

「大静寂」の進行が、完全に、止まった。いや、逆行し始めたのだ。

「……やった…のか…?」

「朔ちゃんは…成功したんだ…!」

仲間たちは、その、あまりにも美しく、そしてあまりにも荘厳な「宇宙の夜明け」を、涙ながらに見上げていた。

彼女は、本当に、逝ってしまった。

だが、その身と引き換えに、この宇宙を、確かに救ってくれたのだ。


「……朔ちゃん…」

レイは、その場に両膝をつき、嗚咽を漏らした。アリアも、彼女の胸で、子供のように泣きじゃくっている。

「朔さん…あなたは…最後まで、本当に…」

小野寺もまた、こらえきれずに、その目から熱い涙を流していた。


その、深い悲しみに包まれた神域に、ゼノンの、静かで、しかし確信に満ちた声が響いた。

「――顔を上げなさい。彼女は、やり遂げたのだ。この宇宙の未来は、確かに、彼女によって守られた。…そして、彼女は、我々の想像を、常に遥かに超える、最高の女神なのだから」


その言葉の意味を、仲間たちが理解するよりも早く。

彼らの悲しみが、最高潮に達した、まさにその時だった。


彼らがいるテラスカフェの、テーブルの真ん中に。

ぽすん、と、何の前触れもなく、一つの、見慣れた、ふかふかの巨大なクッションが、唐突に出現したのだ。


一同が、そのあまりにも場違いな出現物に、涙も忘れ、あっけにとられて見つめていると、クッションの上には、一枚の、小さなメモが、ひらりと置かれているのに気づいた。


『ちょっと疲れたから休憩中。起こさないでね。 P.S. ケーキまだ?』


「「「…………は?」」」

全員の、思考が停止する。

感動的な雰囲気は、一瞬にして、宇宙の彼方へと吹き飛んだ。


そして、そのクッションの陰から、ひょこっと、いつものフードとサングラス姿の、ちんちくりんな少女が、最高に気まずそうな顔をして、姿を現した。


「……んー……んんー……」

彼女は、何かを言おうとするが、言葉にならない。

仲間たちの、泣き腫らした目、信じられないものを見る目、そして、徐々に「お前、さては…」という疑念の目に変わっていく視線に、耐えきれなくなったようだ。


「……だ、だって! みんな、あんな、しんみりした空気だったじゃない! あんなところで、ひょっこり出ていけるわけないでしょ! 出にくいったら、ありゃしないわよ!」

ルナは、完全に逆ギレした。


「あ、いや、その…なんていうか…ご心配おかけしました?」

彼女は、ポリポリと頬を掻きながら、しどろもどろに言った。

「いや、だって、考えてみてよ」

彼女は、急に、いつもの得意げな調子を取り戻した。

「私が『宇宙の核』になるって言っても、別に、私の『本体』が、ずっとそこにいなきゃいけないってわけじゃないでしょ? 要は、私の『存在情報』と『エネルギー供給システム』のメインフレームが、宇宙の中心核として機能してさえいれば、問題ないわけじゃない?」

「だから、サンクチュアリ・ゼロをさらに拡張して、『宇宙管理用・超並列自動思考AI(コードネーム:ルナ・マキナ)』を構築して、私の代わりに、24時間365日、宇宙を管理させることにしたの。私の思考パターンを完全にトレースしてるから、実質、私がいるのと同じよ。これで、宇宙も安定するし、私も好きな時に好きな場所に行ける。完璧な効率化じゃない?」

「私の『心』と『意識』は、こっち。この体にあるんだから。宇宙を救うっていう『お仕事』は大事だけど、だからって、さくの恋の行方を見逃したり、お姉ちゃんの冒険にハラハラしたり、アリアと一緒にお昼寝したり、ゼノンに美味しいケーキをおねだりしたりするっていう、私の『プライベート』を犠牲にするなんて、それこそ非効率的でしょ? 公私混同こそ、神の嗜みよ!」


その、あまりにも彼女らしい、壮大な屁理屈。

それを聞いた仲間たちは、一瞬、ぽかん、とした。

そして、次の瞬間。


「「「まったく、もうーーーーっ!!!!」」」


レイが、アリアが、そして小野寺さんまでもが、一斉に彼女に駆け寄り、わしゃわしゃと、あるいはぎゅーっと、もみくちゃにした。

「心配させないでよ、この馬鹿妹!」

「お姉さまの、お馬鹿さん!」

「朔さん! 私の感動を返してください!」


その、温かくて、ちょっとだけ手荒い歓迎に、ルナは、顔を真っ赤にしながらも、心の底から、幸せそうに、笑うのだった。

宇宙の黄昏は、一人の神様の、究極の「在宅勤務」宣言によって、最高の形で、終わりを告げた。

しばらくして、ようやくもみくちゃの嵐が収まった頃。

ゼノンが、いつの間にか用意していた、温かい紅茶と、山のようなケーキを、テーブルに並べた。

「…まあ、何はともあれ、だ。祝杯をあげようじゃないか。宇宙の新生と、そして何よりも、我らが女神の、無事の帰還に」

その言葉に、誰もが頷き、それぞれのカップを手にした。

その、和やかな空気の中で、ルナは、ふと、真顔になり、小さな声で、ぽつりと呟いた。

「……でも、本当に、上手くいくかなんて、分からなかったんだからね」

その場にいた全員が、彼女へと視線を向ける。

「私のあの『プラン』、理論上は完璧だったけど、成功する確率は、正直、五分五分以下だったと思うわ。一歩間違えれば、ルナ・マキナの構築に失敗して、私の意識も、魂も、本当に宇宙の塵になって、みんなのことも、救えなかったかもしれないんだから。…だから、その…」

彼女は、少しだけ俯き、頬を染めながら、もごもごと、言葉を続けた。


「……心配、してくれて、ありがとね。…嬉しかった」


それは、いつも強がっている彼女が、初めて見せた、素直な感謝の言葉。そして、自らの「覚悟」が、決して軽いものではなかったことの、はにかんだ告白だった。

その、あまりにも健気で、愛らしい一言に、仲間たちは、再び、目頭を熱くした。

そして、今度こそ、本当の意味で、彼女を、力いっぱい、もう一度、抱きしめるのだった。


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